イタリア選挙で存在感を見せる五つ星運動とは

 イタリアで2018年3月5日に実施された国会選挙の結果、中道左派連合は与党から陥落。新興インターネット政党の五つ星運動が大きく票を伸ばしました。選挙戦動向は「イタリア2018年度総選挙結果を振り返る」で詳細に触れていますが、五つ星運動の勢いは何に起因しているのでしょうか。結党から2018年国会総選挙戦までの流れに辿ります。

インターネット政党とE-デモクラシー

 五つ星運動はイタリア国内だけでなく、世界初のインターネット政党と言われています。そもそも、インターネット政党の定義とは何なのでしょうか。根幹をなす考えとして、E-デモクラシーという政治プロセスを知る必要があります。

 E-デモクラシーとは、エレクトリック・デモクラシーを略した造語です。簡単に言えば、インターネットを活用して、市井の人々の意見を政治へより反映させ易くしよう。という、ネット社会の広まりによって生まれた民主主義の新たな概念です。これまでの政治プロセスでは、一度権力を持った政治家やメディア王が世論を誘導するリスク。独裁化による、汚職が発生する潜在的可能性が拭えませんでした。対してE-デモクラシーは、ネット上の人々がサイトなどで議論を重ね、政治家へ直接課題を明示する考え。開放的な姿勢で政策の透明化を図り、正当性が高い政治運営を目指すことを柱としています。個人のプライバシー認証などの課題はありますが、世界中で既存政治の限界が叫ばれている近年。旧来の左右議論から距離を置き、多様な意見をより反映し易いインターネット政党は注目されているのです。

創設者 グリッロの歩み

 E-デモクラシーとインターネット政党の考えを抑えたところで、五つ星運動の話に戻りましょう。創設者であるベッペ・グリッロが、五つ星運動を起こすまでの経歴に触れます。

 イタリア北西部ジェノヴァで1948年に生まれたグリッロ。高校卒業後、たまたま受けたグリッロはオーディションに受かりコメディアンの道へ。その後、イタリア放送協会を代表するテレビ番組「Fantastico」放送開始時から司会を務めるなど、キャリアを重ねます。その後80年代に関わった番組で、アメリカやブラジル文化に触れたことを転機にイタリア政治の批判を強めます。当時政権与党だったイタリア社会党を強烈に非難し、1987年にはイタリア放送協会から出入り禁止に。以後10年ほど表舞台から身を引きました。しかし、映画や討論会、はたまた曲のリリースなど、腐敗するイタリア政治へ警鐘を鳴らし続けます。

 21世紀に入ると、グリッロはブログ上での発信を活発化させます。2003年末に明るみとなった、イタリアの大手食品会社パルマラットの巨大粉飾会計事件をブログで事前に予測。破たん後、パルマラットの財務体制を痛烈に批判しました。グリッロは以後、情報拡散力の高いインターネットへ強い興味関心を持つことになります。2005年には、ブログ読者から寄せられた資金を使い、イタリアの新聞へ意見広告を発信するなど。五つ星運動を結党する地盤が着々と築かれるのです。

五つ星運動の創設

 ブログを拠点に活動して支持層は固めたグリッロは、2006年から腐敗政治へのクリーンキャンペーンを開始。政治活動を本格化させます。2007年9月には汚職政治家の辞職要求のため、署名集めを目的としたデモ大会「Vの日」をボローニャで開催しました。同時に、政治結社「Vの日の祝祭」を組織します。この「V」とはVaffanculo(イタリア語で「クソったれ」の意)の頭文字を取ったもの。一回目の「Vの日」ではデモの主旨に沿って、汚職などで有罪判決を受けている政治家へ辞任を迫りました。続いて、2008年4月に二回目の「Vの日」をトリノで実施。汚職議員の非難だけでなく、イタリア政府から擁護されているマスメディアを大々的に批判しました。

 政党活動の準備も進め、2009年3月にフィレンツェで初の全国大会を開催した際。軸とする政策方針を「フィレンツェカード」として取り決めます。同時に、時期が迫っていた欧州議会選挙でも一部候補者を支援することを表明。支援候補が当選を果たしました。ネット上では「Vの日の祝祭」を支持する声が高まり、グリッロの活動を支える人々も急増します。これを踏まえグリッロは、共に政治活動を推し進めたジャンロベルト・カザレッジョの助言により、2009年10月に「五つ星運動」の結党を宣言。2010年度の地方選挙参加を表明しました。

五つ星運動が掲げる政策

 グリッロのブログ発信や大規模デモの主導などで、大きな支持基盤を得た五つ星運動。結党準備段階を通じ「フィレンツェカード」をベースとして、社会で守られるべき五つの柱を策定しました。党名である五つ星の由来でもある概念を挙げていきます。

発展

 環境を重んじた、直接民主主義による社会発展を指します。グリッロは旧来体質の政治へ難詰していましたが、環境問題にも強く懸念を持っていました。インターネット技術の進展に合わせた、環境への負荷をかけない社会作りをグリッロは掲げていたのです。この考えは、五つ星運動の活動理念の根幹となっており、他の概念にも強く影響を与えています。

水資源

 現代社会の生活において水資源は欠かせないもの。ですが、イタリア国内では上下水道処理網の開発が遅れている地域が数多くあります。衛生的な上下水道環境の整備は、イタリアにとって喫緊の課題でもあるのです。安全な水資源確保のため、五つ星運動は民間上下水道処理施設を設立後に公共財として寄付すること。水源を育てる山林の植樹を促すなど。社会貢献の一環として推し進める重要課題として位置付けています。

持続可能性のある交通

 出生率が死亡率を下回る状況が続くイタリアにとって、少子高齢化社会へ合わせた交通網整備は急ぎの課題。世論では、障がい者への配慮も兼ね備えた車両や施設の導入も必要だと叫ばれています。五つ星運動はこれらの意見を尊重しつつ、環境へ配慮した都市循環交通を広めていくよう活動するとしました。具体的には、ノンステップバスなどのユニバーサルデザイン車両の導入。無公害公共交通計画の策定などを掲げています。

環境主義

 創設者グリッロがネット環境以外で、最も重きを置いているのが環境問題です。特段、工業技術に関連した施策を多く打ち出しています。家屋や工場のリノベーション工事の推奨、フードロスなど人為的廃棄物のゼロ化、地方自治体ごとに再生可能エネルギー施設の開発支援など。産業活動における環境負担を減らす考えを打ち出しています。加えて、都市の緑化事業にも積極的に働きかけるとしました。

インターネット社会

 E-デモクラシーが五つ星運動の政策を支える概念であるのは、ここまでの内容からお分かりいただけるでしょう。政策議論は元より、五つ星運動は世の中へより根付く形でネット社会を作っていこうと訴えています。代表的なものとしては、コワーキングスペースの普及が挙げられます。ネット上で仕事をするテレワーカーやフリーランサーの増加が見込まれる今後。オフィスの役割を補完する作業場所の普及支援は、旧態依然した政治では出てこない着眼点と言えるでしょう。

地方選挙から国政政党へ

 ネット上で国民と政策を議論し、環境配慮と社会貢献活動を党の是とする。イタリア政治史上初のインターネット政党は、地方選挙で存在感を際立たせます。2010年のピエモンテ州やエミリア・ロマーニャ州の議会選挙では、推薦候補が次々と当選しました。これを皮切りに2011年、全国の自治体へ候補を立て選挙に臨むと、ボローニャ県議会などで議席を獲得します。さらに2012年には、パルマ市長選挙ほか主要都市の首長選挙での勝利。シチリア州議会及び州知事選挙では、議会比較第一党と州知事の座を掴みました。

 勢いそのままに五つ星運動は2013年の国会選挙にも出馬します。ただ、五つ星運動内の候補者予備選挙では実に20,000人以上が立候補しました。これには党内外から統制が取られているのか。問題視される見方が相次ぎ、民主党など対立政党からも槍玉に挙げられています。一方、党首グリッロはテレビ討論に参加しない代わりに「ツナミツアー」と称し、全国を遊説しました。選挙は民主党率いる中道左派連合の勝利となりましたが、元老院で中道右派連合に惜敗します。五つ星運動はそれに次いで、総議席数第3位の国政政党となりました。民主党は単独での政権樹立が難しくなり連立を模索しますが、五つ星運動は早々に連立を否定します。これにより、左右両派が入り混じった旧来的見方では歪な内閣が誕生し、連立各党で内紛状態へと陥りました。

 同じくして、グリッロなど五つ星運動幹部に対する風当たりも強くなります。政権の空洞化を招き、政界を混乱させていると見られたのです。とは言え、既存政党の批判を長年続けてきたグリッロにとって、既存の他党と連立するのはもっての外。筋違いだと考えていたのでしょう。ですが2014年に欧州議会で議席を獲得した際、方針転換を迫られました。各国の政党で構成される政党同盟への加入が、イデオロギーの違いがネックとなり進まなかったのです。交渉の末、EU懐疑主義を掲げる自由と直接民主主義のヨーロッパへ加盟しました。これを踏まえ、五つ星運動は中立路線を維持しながらも右寄りの政策を維持せざる負えなくなりました。

勢いそのままに政権与党へ

 中道とは言え、ネット上で革新的政策を進めようとしてきた姿勢は左に近く見えた五つ星運動。EU懐疑主義の右寄り政党と関係を持ったことで、党内でも波風が立ちます。また、候補者選定でも揉め、立候補予定の選挙に候補を立てられない事態も発生しました。それでも、新興勢力としての勢いは十分保っていました。2016年の統一地方選ではローマやトリノなど、イタリア主要都市首長選挙で軒並み勝利します。さらに、2017年のシチリア州議会選挙では、既存政党を抑えて単独第一党に。五つ星運動がイタリア南部の支持基盤固めに成功したことを指し示す出来事となりました。

 首相もグリッロが一線から退き、後任として元フリーターで当時31歳のディマイオがウェブ投票で当選。若返り策を図り、来る2018年度の国政選挙に備えました。対して既存政党は五つ星運動の勢いを警戒し、選挙直前に制度を変更します。五つ星運動による、単独政権与党の誕生を防ごうと動いたのです。その影響で五つ星運動は議席を大きく伸ばしたものの、中道右派連合に議席が届きませんでした。加えて、選挙制度が変更された弊害として、どの政党連合も議席の過半数を獲得できなかったです。選挙後、五つ星運動は連立政権樹立を目指し、既存政党と交渉に入っています。

 腐敗政治批判の受け皿として躍進した五つ星運動は最初、既存政党との共闘を否定し続けていました。ですが欧州連合の政党同盟へ加入後、ある程度の寛容に既存政党と向き合わざるを得なくなったのです。創始者グリッロが追い求めた理想が綻び始めた五つ星運動。政権を担う立場となり、方針転換を迫られています。

インターネット政党としての挑戦

 イタリアでは長年続いていた派閥政治によって財政は貧弱化し、失業者が増える悪循環が続いていました。創設者のグリッロは腐敗した政治の危うさを察知し、直接民主主義を重んじる五つ星運動を立ち上げたのです。イタリア放送協会からの出入り禁止通告を受けてから30年弱。五つ星運動が政権与党を担うまでに拡大したのは、グリッロと支援者達の執念が一丸となった表れでしょう。ただし、今後は既存政党と歩調を合わせつつ、インターネット政党として立場を明確化しなければいけません。世界初のインターネット与党として、その真価が試されようとしています。