水爆実験の放射能・経済制裁の影響に苦しむ北朝鮮国民達

 長年、水爆実験やミサイル発射など。核開発に注力してきた北朝鮮。最大の敵対国だったアメリカとの初首脳会談が実現し、今後の動向に注目が集まっています。一方、放射能による健康被害が豊渓里(プンゲリ)周辺で発生していること。経済制裁の影響で、困窮する国民の生活状況は大きく報じられません。北朝鮮の国民は、どのような状況下に置かれているのか。

金正恩体制後の経済ダメージ

 北朝鮮の核実験の歴史は「北朝鮮の水爆実験・核ミサイル開発をアメリカ会談前に確認する」でまとめた通り。ソ連崩壊の予兆に反応した北朝鮮は、ミサイル開発を始め、今では水爆を持つ核保有国となりました。特に金正恩体制となってから実験回数は格段に増え、水爆実験の成功は世界へ衝撃を与えました。産業基盤が弱い小国が巨大国家へ。核というカードで外交できる強みを持ったとも見て取れるでしょう。その代償として、国際社会からの経済制裁が北朝鮮経済へ重くのしかかってきたのです。

 初の水爆実験以前にも、国連は北朝鮮に関連する個人や団体の資産凍結措置など。核実験やミサイル発射が行われる度、経済措置で締め付けてきました。しかし初の水爆実験からわずか一ヶ月後、人工衛星発射と謳って北朝鮮はミサイルを打ち上げました。以降、2016年から2017年末まで。北朝鮮は、水爆実験やミサイル発射を過去に例のない頻度で断行していきます。国連も経済措置で止めようとしますが、北朝鮮は水爆実験などで反論する格好を執りました。制裁を軍備で応える状況は、平昌五輪の融和ムードが盛り上がるまで続いたのです。

 当然、北朝鮮経済への影響は、時を経るごとに大きくなりました。初めは、航空燃料の輸入禁止、不正を働いた北朝鮮外交官の国外追放など。水爆やミサイルに関わる制裁に限られていました。ですが2回目の水爆実験による影響で、国内重工業に使われる銅、銀、ニッケルの輸入禁止。北朝鮮の稼ぎ頭である、中国向け石炭輸出も従来の約38%に抑える措置が発令されたのです。

 にも関わらず、北朝鮮は2017年に入ってから、ミサイルの打ち上げ回数を増やす動きに出ました。グアムやアメリカ本土攻撃を想定した大陸間弾道ミサイルの打ち上げ、3回目の水爆実験など。軍備開発を推し進める姿勢を貫いたのです。度重なる軍事挑発は、国連の経済措置をより厳格な内容へと変化させていきました。石炭、鉄鉱石、繊維製品、海産物の輸出禁止。北朝鮮からの食品、木材、電子機器の輸入禁止。北朝鮮籍の出稼ぎ労働者の就労禁止に加え、国内へ強制送還させることなど。国民生活へ大きく影響する経済制裁が、北朝鮮経済の停滞を招くことになったのです。

 事実、今回の米朝首脳会談で、北朝鮮側がホテル宿泊費を支出できないなど。国連や各国からの制裁が、北朝鮮財政へ影響を与えている事実は否定できません。金正恩がアメリカへ歩み寄りを見せたのも、国内の財政を打開するためと言われています。中央政府でさえ財務的余裕が無い現状からも、北朝鮮国民の生活環境悪化は想像し難くないでしょう。

放射能による健康被害「鬼神病」

 水爆実験などによる代償は、経済的側面だけに留まりません。核実験場がある豊渓里周辺。咸鏡北道・吉州群(ハムギョンブクド・キルチュグン)では、放射能の影響で地元住民に健康被害が続出しています。一方で北朝鮮政府は、水爆による放射能漏れは無く、安全な実験を行っていると主張し続けています。しかし、吉州郡脱北者は一貫して放射能漏れによる影響を世に訴えてきました。

 北朝鮮が初の水爆実験に成功を発表してから、「鬼神病」を報じるメディアが増えています。吉州郡から脱北した人々の証言では、住民が頭痛、不眠症、体重低下の末、死亡する場合など。現地の医師が原因不明とする健康被害が年々増加していたと言います。若い世代でも、結核や、生まれた子供の性別が分からないケースなど。放射能の影響を匂わせる症例がいくつも見られたと語りました。

 水爆の影響は健康面だけでは収まりません。水爆実験の地震により建物が崩壊し、多数の死傷者を出したこと。地元の名産だった松茸やヤマメが姿を消して、農家が収入源を失ったこと。地元住民を引き連れ、水爆実験の前に実験場の地下トンネル掘削を強要させたなど。水爆による地震被害だけでなく、放射能のよる農産物への悪影響。ひいては、放射能汚染のリスクを背負って強制労働させられた住民も多くいたのです。さらに、吉州郡の人々は豊渓里から流れてくる、放射能が含まれた川の水を生活用水として利用しています。普段から飲み水として飲用している訳ですし、住民は放射能汚染を回避できません。

 対して水爆実験の直前、豊渓里周辺の軍関係者は放射能の影響を懸念してシェルターへ避難していたと。吉州郡の脱北者は話しています。現地住民は軍から放射能について説明を受けておらず、むしろ実験成功で喜ぶ住民もいたと証言していました。加えて、放射能による病で平壌の大病院への入院を希望しても、平壌へ入ることすら許されなかったと言います。放射能の悪影響を知らせず、現地住民を隔離する方針は、今の金正恩体制を象徴する話だとも取れるでしょう。

 日本の原発政策でも同じですが、放射能の影響を最初に懸念するのは、いつも地方住民です。水爆実験の悪影響をもみ消そうとする北朝鮮政府の対応は、悪質で無責任な事例と言って差し支えありません。豊渓里近くの住民は、放射能の影響と知らないまま、今日も苦しみ続けているのです。

日本海へ漁に出た北朝鮮の人々

 吉州郡の放射能問題について書きましたが、北朝鮮の日本海側でも、水爆実験の余波は広がっています。国連は経済制裁として2017年8月、北朝鮮は稼ぎ頭である石炭や海産物などの輸出販売を禁止しました。その影響は、日本の漁業にも打撃を与えているのです。

 2017年の秋ごろから、日本海側には北朝鮮船籍の木造船が多く流れ着いています。以前からも、北朝鮮の漁船が不法に日本の排他的経済水域(EEZ)でイカを釣る光景は確認されていました。遺体を乗せた木造船が流れ着いていたのも、今回が初めてではありません。ですが、経済制裁のしわ寄せで、無理をして日本のEEZへ出向く船は増加しています。

 食糧難に喘いでいる北朝鮮では、2013年12月に「漁師は戦士」として。年間300日の出漁を目標とし、荒れ狂う海であろうと船を出すよう命じる方針を打ち立てました。外貨を稼ぐための生命線として、海産物の輸出を北朝鮮が重要視していたことが良く分かるプロパガンダです。しかし、この時期に北朝鮮は、中国へEEZ内漁業権の切売りを始めています。中国から多額の収入を得る代わりに、自国民がEEZ内で操業するハードル。設備の整った中国船へ、良質な魚介類を独占する権利を売ったのです。EEZの切売り範囲は年々広げられ、老朽化した小型船しか持たない北朝鮮の漁民達は満足に漁ができない状況に。仕方なく日本のEEZまで、危険を冒してでも出漁する状況に陥ったのです。

 さらに、水爆実験による制裁の影響で海産物の輸出販売が禁止になると、日本のEEZへ向かう漁船は急増しました。食料の獲得はもとより、2017年12月の制裁を受けるまでは、密輸ルートもまだ生きていたと考えられるためです。家計がひっ迫して、国の方針により仕方なく漁へ出た。海を知らない人々が漁師なったケースも少なくないでしょう。加えて、石油の輸入制限が影響して、十分に燃料を積まず出航した漁船も多いと考えられます。リスクを抱えての操業は、冬場に荒れる日本海で遭難者を増やし、大量の木造船が流れ着く形で現れたのです。

 国連が2017年12月に発動した制裁の影響で、北朝鮮は自国の食品輸出を全面禁止される事態に。ようやく、水爆実験やミサイル発射を中断しました。ですが、度重なる制裁の影響で犠牲になった漁民達の存在を忘れてはいけません。人体を蝕む放射能ではなく、漁民達はプロパガンダという放射能で犠牲になったのです。

制裁の責任

 歴史的会談で、水爆をはじめとする北朝鮮が持つ兵器の処遇はどう転ぶか。そして、これまで貧困に喘いできた国民を救う経済支援策が盛り込まれるのか。注目したい要点ではあります。ただ、水爆実験による放射能被害に苦しむ人々、無謀な出漁で遭難者となった人を持つ家族など。一度の会談では解決できないであろう、金正恩の方針によって犠牲となった一般人は数え切れません。仮に、北朝鮮が国際社会との関係を改善する動きを見せたとしても、人道的な問題が山積しているはず。圧力を強めてきた国連も、経済的な悪影響を与えた責任として。支援体制を築いていく義務を果たしていかなくてはなりません。