ポーランドの反EU右傾化を先導する法と正義

 政権与党である法と正義によって。ポーランド政府は急速な反EU姿勢の右傾化が進み、ヨーロッパ各国で懸念が広がっています。西欧の労働市場へ若い人材を供給してきた。成長著しい新興国に今、どのような社会変化が起きているのか。法と正義と市民プラットフォームの対立に注目しつつ、右傾化の要因を探っていきます。

ポーランド議院内閣制度

ポーランドの議会選挙

 法と正義による強硬な右傾化姿勢を追う前に、ポーランドの議会制度について触れておきましょう。ポーランド国民議会は上院のセナト(定数100)、下院のセイム(定数460)の二院制です。両院とも任期は4年ですが、セイムで議会解散決議の賛成票数が2/3に達したとき。両議会は解散され、45日以内に大統領が総選挙の投票日を設定。国会選挙はセナトが小選挙区制、セイムが非拘束名簿式比例代表制で実施されます。日本の国会選挙と仕組みは似ていますが、同じ議会で2つの選挙制度を併用せず。セナトは小選挙区制、セイムは比例代表制が採用されています。また、少数政党が乱立しているポーランドの国内事情から。ドイツ少数民族以外の政党には、比例票で5%以上獲得出来ないとセイムの議席が配分されません。

 社会主義体制が崩壊した後、ポーランド政界は少数政党が乱立して。政権も90年代は安定せず、最大の課題だった経済問題にも満足な対策を打てずにいました。中道右派の市民プラットフォーム、大衆強硬右派の法と正義。2つの政党が頭角を表すと、国内情勢は落ち着きをみせます。しかし、法と正義が政権を奪還した2015年以降。急速に反EU右傾化政策が進められ、ポーランド国内外から非難が挙がっています。

ポーランドの内閣制度

 続いて、ポーランドの内閣制度にも触れておきましょう。国家元首の大統領は、国民からの直接投票で過半数を得た人物が就任します。任期は5年ですが、1度のみ認められている再選を含めると最長10年職務を全うできます。ポーランドの大統領職務は、セイムの信任を通して首相を任命すること。国民議会が可決した法案を否決し、憲法裁判所やセイムで再審議を要請することなど。任命された閣僚、決議された法案の責任を負うポストです。

 セイムの投票で過半数以上の信任を得た首相は、ポーランド閣僚評議会議長として。国務大臣の指名、政策方針や国内自治の責を負うなど。政治的責任を担い、隣国ドイツと同じく。実質、首相が国の代表者として責任を担う仕組みとなっています。セイムで採決を通すため、再選規定は特に決められていません。

 大統領の権限を縮小し、首相や内閣の権限を充実させる。市民プラットフォームによる、EUとの協調を重んじた政権運営によって。ポーランドは欧州圏内で、存在感を際立たせることになりました。ですが、予てから強硬な右傾化政治を是とする。法と正義を支持する声が、シリア難民危機の悪化で高まり始め。2015年の国民議会選挙で、法と正義が勝利すると。大統領に就任したアンジェイ・ドゥダは、反EUの姿勢を押し出しました。首相のベアタ・シドゥウォも、最高裁判事の職務期間を管理する法案を提出するなど。過度な司法介入に対する懸念が、EU圏内全体で広がりを見せています。

強硬な右傾化を掲げる法と正義

 さて、議会選挙の項目で記した通り。国民議会のセイムで議席を得るには、全得票の比率中5%以上を獲得しなくてはなりません。ですが、00年代初頭まで。ポーランド議会内では、選挙得票比率10%代の少数政党が乱立していたのです。21世紀に入ると、社会主義体制を打ち破った政党連合。「連帯」の分裂が始まり、法と正義や市民プラットフォームが結党されました。そのため、保守勢力の弱体化をよそに、民主左翼連合が政権与党を担いますが、膨れ上がる国債を抑えられないなど。国民の不満を噴出させた末、2005年に法と正義が政権を担うことになります。

 法と正義は結党当時より、一貫して強硬な右傾化を謳う。連帯内でも、ポーランド・ファーストを目指していた議員が集まった政党でした。創設したカチンスキ兄弟は、ポーランド企業とカトリック保守志向を破壊しかねない。前政権下で実現したEU加盟には、以前から複雑な思いを抱えていた様です。政権を担ってからも、ロシアから供給管を伝って西欧諸国へ輸入されている天然ガス貿易の仲介を規制するなど。反EU姿勢とも取られかねない外交策で、周辺諸国に緊張感を走らせています。ですが、閣僚の汚職疑惑が明るみになると。途端にセイムの解散に追い込まれ、わずか2年で市民プラットフォームに政権を譲ることになりました。

市民プラットフォーム政権は反EUではなかった

 反EUとポーランド・ファーストの右傾化方針によって。法と正義政権は、旧共産体制時代の膿を出そうと画策しました。ですが、周辺国との軋轢を生んだ挙句、過度にアメリカとの関係を深めていく姿勢に。国民は違和感を持ち、官僚の汚職という分かりやすい大義名分によって、政権交代を許したのです。その後、親EUの立場である。市民プラットフォームのトゥクスが首相となり、ポーランドは東欧諸国の優として発展することになります。

 あからさまに右傾化を押し出さない。中道右派の市民プラットフォームは、寛容な自由主義政策を重んじるトゥクスらによって。2001年に結党された政党です。隣国ドイツの様な権力分散モデルを目指し、政権を担ってからは国営企業の民営化を積極的に実施するなど。合理的な政治家として、トゥクスは国民から厚く慕われました。また、大型公共事業の発注や、社会保障改革、西欧諸国で働く自国民を呼び戻す政策など。リーマンショックにより、更なる悪化が懸念されていた経済問題に対しても、巧みな舵取りで回避しています。こうした、法と正義が掲げる強硬な右傾化とは異なる。臨機応変な政治姿勢によって、EU内でポーランドの地位を盤石に固めたのです。

 安定した政府運営はEU加盟国からも評価され、特にドイツのメルケル首相からは感心を寄せました。トゥクスは2014年にメルケルの後ろ盾もあり、EU大統領へ就任。首相職をセイム議長のコパチに引継ぎ、EU圏内全体の舵取り役を担うことになります。しかし、カリスマ的首相が国内政治から離れた影響で。ポーランド国内では、再びリーマンショック規模の国難を乗り切れる政策を打ち立てられるのか。不安の声が挙がり始めました。その淀みは間もなく、ポーランド政界に影響を与え、反EUによる右傾化風潮を助長することになるのです。

シリア危機による右傾化の流れ

 トゥクスの親EU方針によって、ポーランドは東欧諸国随一の経済大国となりました。同時にトゥクス政権による経済政策は、輸出依存度を低下させるなど。自国産業の発展に大きく寄与し、欧州債務危機のダメージを最小限に食い止めました。ですが、トゥクスがEU大統領に就任すると、今度はシリア難民危機がヨーロッパ全体を震撼させ。反EUの謳う政党が、欧州各国で支持を拡大していきます。トゥクスの望みに反して、ポーランド世論も右傾化が進み。政権奪還を狙う、法と正義の勢いを吹き返すキッカケとなったのです。

 シリア内戦が激化し、バルカン半島や地中海を経由して流入する難民に。EU加盟国内では受け入れの議論が活発に行われましたが、フランスの国民前線、イタリアの北部同盟(現:同盟)など。G7メンバー国家の世論が、揃って右傾化になびくと。イギリスの保守党内でもテリーザ・メイ率いる反EU派の発言力が強まり、ヨーロッパ各国の足並みは乱れました。東欧各国でも難民の受入れ割当人数の議論は紛糾し、国民もシリア難民に対する反発を顕わにしました。ハンガリーのオルバン政権は早々に受入れ反対を表明し、チェコ、スロバキア、ルーマニアも同調します。

 ポーランド世論も、法と正義の反EU指針による政権運営を望む声が大となりました。任期満了による大統領選挙、国民議会選挙の実施が2015年に迫り。市民プラットフォームも実績を持ち出して欧州結束の重要性を説きますが、両選挙とも敗戦。法と正義による、反EU右傾化政権が誕生しました。そして新大統領のドゥダに任命された、シドゥウォ元首相によって。親米反EU政策の舵が切られるのです。

法と正義による急激な政策転換

 シリア難民がEU圏内に流れ込み。欧州各国の右傾化が助長された結果。ポーランドでは、法と正義による右傾化政権が再誕しました。市民プラットフォームとは違い、大統領と政府へ権力集中させる政治改革を狙う法と正義は、政権交代後。様々な規制を設け、市民プラットフォームが築いてきた寛容な体制を大きく崩していきます。市井の人々の権利を侵す規制も導入され、ポーランド国内では反対集会が盛んに実施されました。以下に、代表的な政策転換や導入規制を挙げます。

司法権への介入

 法と正義が政権を担い。EUが最も懸念しているのが、裁判所などの司法権力への介入です。政権交代後、法と正義は現行の司法制度が旧共産主義時代の名残で、判決に要する時間が長いなど。問題点を指摘し、ポーランド憲法裁判所や全国裁判所評議会の人事にテコ入れを図りました。しかし、政府の忖度によって裁判官が選出されかねない仕組みに。国民からも、EU諸国からも、懸念の声が沸き上がりました。過度な司法制御によって、右傾化した準独裁的な司法機関が創設させる可能性があったのです。

 強引な政府主導の司法改革は、市井の人々の怒りを買い。ポーランド各地で、大規模なデモが実施されました。これにはたまらず、ドゥダ大統領も既に可決されていた法案に対して拒否権を行使。法と正義内で動揺が走ると同時に。司法への人事介入はいったん、流れることになりました。ですが、シドゥウォ元首相から変わった。モラヴィエツキ政権は2018年3月。再び司法への政府介入案をセイムへ提出し、市民プラットフォームとの対立を深めています。

公共放送の集中管理

 ハンガリーのオルバン政権が実施したメディア規制を参考に。シドゥウォ政権は発足後すぐ、公共放送であるポーランドテレビとポーランドラジオの人事を指図。左翼的なメディアだとして、経営陣の総入れ替えを図りました。さらに、民間企業形式を取っていた組織運営を、受信料徴収形式による国営体制へ転換しようと画策するなど。言論の側面からも右傾化を促そうとする動きを加速させます。これに懸念を懐いた人々は、国民議会議事堂前で抗議デモを展開するなど。言論の多様性を損ないかねない事態に、ポーランド全国で反発の声が挙がっています。

親米的な軍事増強

 シリア難民危機が本格化すると同時に。ポーランドの隣国、ロシアは強引なクリミア併合に踏み切りました。「ポーランド独立回復123年の歩み」でも触れた通り、ポーランドはかつて。ロシア帝国によって抑圧された歴史を持ち、冷戦期間もソ連の衛星国として監視下にあった過去を持ちます。近隣国の軍事介入が問題視される状況に、シドゥウォ政権は若年層へ予備役訓練を推奨するなど。国民感情を右傾化させる軍事増強策に注力し始めます。さらに、反EUの立場を共有する。アメリカのトランプ政権とも協力関係を築き、アメリカと利害を共有する形で国防費の増大に努めるなど。積み重ねた西欧諸国との関係を崩しかねない。安全保障政策に突き進んでいるのです。

見方次第では共産時代の再来とも

 ポーランドがEU内で確固たる地位を確立できたのは、トゥクス政権はじめ。市民プラットフォームの政策方針によるものです。一方、シリア難民危機の長期化は、法と正義の支持基盤を再び勢いづける。大きな原動力となり、反EU右傾化意識を国内に呼び覚ます要因ともなりました。しかし、司法制度の掌握へ踏み切ったり、言論統制に走ったりする姿勢は。かつて国民を縛り付けていた、共産党独裁時代のポーランド人民政府と似通っています。政治的思想の違いはあれど、ポーランド政府は旧東側諸国時代へ逆戻りしているとも見て取れるのです。肥大化したポーランドが与える国際社会への影響は、かつてないほど大きな規模となっています。世界的な政治経済の均衡を保つためにも、法と正義による反EU右傾化概念は危険視されている。大きな問題なのです。