法と正義によるポーランドメディアと抗議デモの言論統制

 「左翼的な意見ばかり発信している」。法と正義による右傾化政権が誕生し、ポーランドではメディアやデモ対する言論統制が進行しています。公共放送の人事介入を皮切りに。国民議会に置かれている特派員記者を減らす措置や、ネット上の投稿にも規制を定めようとするなど。ポーランド国内では、言論の自由が侵される危機に瀕しています。

法と正義を躍進させた右翼化の流れ

 そもそも、法と正義の反EU右傾化思想を支持したのは、他でもないポーランド国民です。シリア難民危機を発端とした民族コミュニティ崩壊の懸念は、伝統的なカトリック思想を重んじる保守層。地方の農民や貧困層を中心に支持を拡大していき、法と正義を政権与党へ押し上げる原動力となったのです。

 他方、2010年代に突入してから。市民プラットフォームによる柔軟な中道右派政策によって、ポーランドは東欧随一の経済大国となりました。しかし、市民プラットフォームを率いてきたドナルド・トゥクスが首相を辞任し、EU大統領へ就任すると。ポーランドの政治家が、他国の政策運営を優先する姿勢に疑問符を投げかける。保守層が現れ始めます。また、ポーランドのマスメディアも揃って。トゥクス政権の親EU方針を評価する報道を続けたため、保守層の不満は一層高まっていきました。さらに、シリア難民危機が深刻化していくと、自らの社会保障などの生活基盤が脅かされない意識から。右傾化する保守層が急速に増加。法と正義による政権交代の実現を後押しました。

 ですが、瞬時に湧き上がった右傾化風潮は、言論統制はじめ。国民を縛り付ける歪みとして返ってきます。「ポーランドの反EU右傾化を先導する法と正義」で記した通り、法と正義政権は過度な司法介入を企てるなど。強力な政府主導体制を構築するため、独裁を思い浮かばせる統制を敷き始めたのです。メディアに対しては政権交代後すぐ、公共放送であるポーランドテレビとポーランドラジオの経営陣を総入れ替えさせる。強引な手法を足掛かりに、言論統制に取り掛かりました。

言論統制へ突き進む法と正義

 公共放送の経営人事に手を出した与党、法と正義の動きに。かつて、独裁政治を肌で体験した知識層は危機感を懐きました。国内外のメディアから非難されながらも、法と正義のシドゥウォ政権はメディアへの言論統制を強めます。反EU右傾化を支持する右翼媒体を優遇し、第二次大戦後の在留ドイツ人の虐殺事実を政府見解として否定するなど。明らかな歴史修正主義に基づくメディア改革に着手します。法と正義が裁量権を掌握した公共放送も、伝統的なカトリック愛国心を重んじる。国営放送へと転換する案がセイムへ提出されましたが、市民プラットフォームの猛反対によって否決されました。

 これにネット上。特にSNSでは、右傾的な言論統制を非難する投稿が日を追うごとに増加。リベラル系の知識人が集会を呼び掛けるなど、ネット利用者は法と正義のメディア言論統制へ反対を示したのです。そして2016年10月、カトリック保守思想に基づいた。人工中絶禁止法がセイムへ提出されてすぐ。女性の権利侵害だとして、ポーランド国内60以上の都市で喪服を着て抗議する運動が大々的に実施されます。

 2ヶ月後、法と正義は人工中絶禁止法の反対デモに対する、実質的な報復措置を設けました。共和国新聞やポーランド最大の民放局であるPolsatなど。主要メディアの記者に対して、国民議会議事堂への出入り人数を制限。記者席からの写真動画撮影を禁止する。言論統制へ踏み切りました。これに国内メディア各社は、共同で声明文を発表。年末の議会中継をボイコットし、抗議活動に専念することを公表したのです。

 以来、国内ではメディア各社の姿勢を推す声がリベラル層を中心に高まっていきました。しかし、法と正義政権は言論統制の姿勢を曲げず。ついには、野党を蚊帳の外にした議会審議を実施することになります。

野党議員の締め出しから抗議デモに

 EUはじめ、海外の政府機関、報道機関、自国民ですら非難をしているにも関わらず。言論統制の一環として、都合の悪いメディアに情報を与えないよう画策するなど。シドゥウォ政権は、徹底的に右傾化思想を浸透させようと躍起になっていました。ですが、その思惑は2016年末。民主主義擁護委員会(KOD)のデモに参加した議員を不当に扱い。一歩後退せざるを得なくなります。

 国民議会では市民プラットフォームを中心に。メディアの言論統制を撤回するよう、法と正義へ突きつけました。しかし、市民プラットフォームのシュチェルバ議員が、メディアの取材規制を痛烈に非難したことを発端に。法と正義は、シュチェルバを議場から退場させようと動きます。これに野党は反発してセイムの審議阻止にかかり、セイム議場を占拠。法と正義の議員団は、別室で審議を再開して年間予算案など。重要法案を与党のみで可決し、国民議会は荒れる様相となりました。

 これに、市民プラットフォームの支持団体でもあるKODが同調。国民議会議事堂前で大規模なデモを夜通し行い、セイムの議場は野党議員らによって年明けまで占領が続きました。さすがの法と正義も譲歩し、メディア側の意向を踏まえて。取材体制の変更は白紙となりました。ただし、法と正義の創設メンバーである。ヤロスワフ・カチンスキ党首は、「クーデターの試み」と発言し、野党を牽制しました。

 それに、法と正義は言論統制を諦めた訳ではなかったのです。政権を担って、すぐ計画を進めていた、政府直轄のメディア諮問機関。国立メディア評議会創設については、12月のセイム占拠が終わった後も準備が続けていたのです。ポーランド憲法裁判所が一部違憲と判断しながらも、進行していくメディア介入に。リベラルな国民も、メディアも、危機意識を持ち続けていました。

国民議会の占拠を経て

 野党によるセイム議場の占領が終わり、国民議会は落ち着きを取り戻したものの。法と正義による、右傾的な歴史修正主義は幅を利かせるようになります。シリア難民に対しては、EUから制裁されようと受け入れない方針を固め。ホロコーストなど、ポーランドが二次大戦中に抱えた不名誉な歴史に触れるSNS投稿を罰則化しただけでなく。建国記念日に法と正義支持者たちが、「欧州は白人の地」と訴えながらデモを行うなど。依然、右傾化の流れは止まる様子を見せません。

 大手メディアに対する言論統制は、セイム占拠の一件から。膠着状態が続いていますが、懸念されていた国立メディア評議会の設立が実現。KODをはじめとする、民主主義保護運動を助長したとして。SNSなど個人の見解を発信できるサイトへ言論統制を行うようになりました。これには、百科事典サイトなども言論統制の対象として含まれており。法と正義政権が長引けば、ウィキペディアなどのフリー百科事典がポーランド国内で閲覧できなくなる可能性もはらんでいます。

 とは言え、法と正義の政権運営が安定している訳でもありません。2017年12月にセイムで、シドゥウォ政権の内閣不信任案が提出されました。法と正義が議席の過半数を抑えていたため、議案は否決されたものの。シドゥウォ自身、これ以上持たないと判断してか。議決後、すぐ首相職の辞任を表明。ドゥダ大統領が急ぎ、財務相のモラヴィエツキを次期首相に指名する事態となりました。

 度重なる抗議デモ、メディアの抵抗によって。リベラルな市井の人々は、右傾化を推し進めるシドゥウォ首相を辞職に追い込みました。ですが、言論統制に向けて国立メディア評議会が始動するなど。与党、法と正義のメディアを抑える動きも着々と進行しており、次回の国民議会選挙まで。大きな構図の変化は期待できないでしょう。

メディアは貧困層の声を拾わない?

 法と正義による急激な右傾化方針は、カトリック保守層が多い地方の農民、貧困に喘ぐ労働者から支持を得ました。生活基盤が弱い彼らにとって、自らの私生活を侵しかねない。イスラム難民は危険だと捉える人は多くいます。強く、右傾化した政府を望む人々が一定数現れるのは必然とも言えるでしょう。一方で都市部の知識層は、手に入れたEU内の明確な立場を揺らしかねない事態に。KODを結成し、政府の言論統制に立ち向かっています。ポーランドの国内メディアも同じで、進めてきた時計の針を戻しかねない。法と正義の政策に真っ向から反発しているのです。

 それでも、法と正義の支持率が一定以上保たれているのは、西欧諸国に比べて経済発展が遅れている。紛れもない現実が、ポーランドに突きつけられているからでしょう。法と正義がメディアを制御しようとするのは、経済格差による将来不安を払拭する。言わば、国家アイデンティティを人々の拠り所にしようと願っての行動なのです。