法と正義によるポーランドのホロコースト法成立に広がる懸念

 ポーランドで2015年から政権を担っている。与党、法と正義が歴史修正主義に基づいたホロコースト法を制定し、物議を呼んでいます。とりわけ、SNSが抗議集会の呼びかけを助長したとして。ネット上でアウシュヴィッツなどに触れる投稿の規制に乗り出しました。法と正義はなぜ、第二次大戦時代の暗い歴史を払拭するのに躍起となっているのでしょう。

ポーランドの右傾化を促す

 シリア難民危機をキッカケに、ヨーロッパ各国では右傾化政党が支持を拡大していきました。ポーランドもその例に漏れず、反EUを掲げる急進右翼の法と正義が政権を担い。ポーランド民族の国益を守る政治方針に切り替わります。しかし、「ポーランドの反EU右傾化を先導する法と正義」でも記した通り、政権交代前に与党だった市民プラットフォームによって。ポーランドは以前よりも西欧諸国と密につながり、良好な関係を築きつつありました。法と正義による右傾化推進は、積み重ねた発展の軌跡を踏みにじる。過去の独裁政治へ回帰する行動として、周辺国から警戒されます。

 とは言え、法と正義が支持されるのは、市民プラットフォームが進めた国際化の波に乗れなかった。地方農民や都市労働者が、自らの生活と国益を守る意識から。シリア難民流入の恐れと相まって、右傾化を明確にする法と正義に希望を託している表れでもあります。対して、市民プラットフォームを筆頭とする親EU派は支持層と結託。人工中絶禁止法の全国反対運動など、再三抗議デモを実施しました。「法と正義によるポーランドメディアと抗議デモの言論統制」で取り上げたように、国民議会の議場占拠と連動して。夜中、抗議デモを実施することさえありました。

 法と正義も、国の立法機関の異常事態に慌てて。市民プラットフォームと和解に応じましたが、その後も右傾化の骨子を曲げることはありませんでした。特にナショナリズムも基づいた歴史修正主義は甚だしく、ムスリムのシリア難民に向けた差別発言など。国内外のメディアやネット界隈では、問題が発生する度に非難が沸き立ちました。これを由としない法と正義は、SNSなどネット上の言論統制に向けた法案の作成に取り掛かります。その規制対象として引き出されたのが、アウシュヴィッツをはじめ。ホロコーストに関連するSNS上の投稿でした。

第二次大戦後の在留ドイツ人虐殺

ワルシャワ蜂起で尋問を受けるユダヤ人

 政権を担う以前から、法と正義は強硬なポーランド・ファースト政党として認識されていました。歴史的な見解でも、予てからポーランド人が過去に犯した戦争犯罪を否定する発言が見られています。アウシュヴィッツに代表される。ユダヤ人の大量虐殺劇、ホロコーストに対しても同じく。ポーランド人が戦中戦後、アウシュヴィッツの運営に関わった事実について。法と正義の創設者、ヤロスワフ・カチンスキ党首は公の場で否定しています。

 ホロコーストやアウシュヴィッツという言葉に対して。皆さんが最初の連想されるのは、ナチスドイツでしょう。ですが二次大戦中、占領下だったポーランドに建設された。アウシュヴィッツ収容所は、ポーランドの歴史において切り離せない。国民アイデンティティに関わる施設なのです。

 また、ナチスドイツのユダヤ人迫害の影響を受けたポーランド人は数え切れず。二次大戦の開戦時より、ユダヤ人に対して暴力を振るうもの。ナチスドイツ体制に協力するもの。抵抗蜂起するものなど。時代に翻弄され、戦争犯罪に手を汚したポーランド人の存在は否定できません。

 戦時中、ナチスドイツがポーランド領内へ侵攻し、ポーランド人を差別対象として冷遇しました。特にナチズムに反感を持つポーランド人の知識層は、真っ先にホロコースト対象者となり粛清されています。しかし戦況がドイツ不利に傾くと、アウシュヴィッツ周辺だけでなく。入植していたドイツ人は、地元民からの報復を恐れて本国へ大移動を始めました。ポーランド現首都ワルシャワのユダヤ人隔離地域から始まった蜂起の影響も大きく。虐げられてきた仇を虐殺という形で、ポーランド人達はドイツ人へやり返し始めます。

 二次大戦が終わると、ソ連の後ろ盾を受けたポーランド当局が在留ドイツ人への食糧提供を禁止するなど。共産党体制に組み込まれた他の国家と同様、ドイツ人追放を本格化させました。さらに、虐殺を免れたユダヤ系ポーランド人達はソ連軍より協力を打診されて。アウシュヴィッツなどの強制収容所に在留ドイツ人を収容。拷問、強姦、暴力を経て収容者を殺害するなど。ナチスによるホロコーストが終焉しても、アウシュヴィッツでの殺戮劇は続いたのです。1947年に博物館化が決議されるまで、アウシュヴィッツはホロコーストに対する逆襲の地となりました。

 以来、ポーランド国民は、アウシュヴィッツやホロコーストという言葉に対して。良い心証を持たず、神経を尖らせているのです。アメリカのオバマ元大統領が、ホロコースト研究の第一人者であるヤン・カルスキに勲章を授与した際。アウシュヴィッツを「ポーランドの収容所」と発言したことに、ポーランド政府が遺憾を示して。オバマ元大統領が訂正の上、謝罪する事態にも発展しました。この話からも、ナチスドイツが生み出した歪みによって、戦争被害者となったと捉える。ポーランド国民の感情が伺えるでしょう。

ホロコースト法成立へ

 アウシュヴィッツなどの強制収容所でホロコーストの被害者、加害者。双方の立場を経験したポーランド人達にとって、ホロコーストは非常にシビアな問題だと。ご理解頂けたと思います。ホロコーストについては、できれば触れられたくない。不名誉かつ複雑な歴史と考えるポーランド人は相当数いるのです。

 ですが、法と正義はアウシュヴィッツの惨劇を否定して封じ込める。強引な言論統制を強行しました。2018年に入り、法と正義はホロコーストに関連する発言を規制する。ホロコースト法をセイムへ提出、与党の賛成多数で可決させます。これは、「ポーランド死の収容所」、「ポーランドのアウシュヴィッツ」など。ホロコースト関連用語に、「ポーランド」の国名を付けることを罰則化するもの。外国人でも違反した場合、罰金刑、または禁錮3年以下の刑を科す。ユダヤ人の怒りを買うような法案だったのです。

 2月に入って上院であるセナトで可決され、正式にホロコースト法が成立すると。ユダヤ人国家であるイスラエルは声明を発表。「戦争犯罪を隠蔽するものだ」として、法と正義政権の方針に遺憾の意を示しました。また、親ユダヤ政策を執っているアメリカのトランプ政権はじめ。国際秩序を乱しかねないと、各国から非難が殺到する事態に。法と正義所属のドゥダ大統領は「歴史の真実を守る」と発言して、国際社会を牽制しました。国内外の事実に基づいた議論ではなく、歴史修正主義を重んじる考えを示したのです。

 法と正義がホロコースト法の制定を急いだ理由の一つには、ネット上で広がり続ける。政権に批判的な議論を締め付ける目的も含まれています。政権を担ってからの法と正義は、幾度となく大規模な抗議デモに悩まされ、一度は国民議会議場も占拠されました。都合の悪い言論を罰則化し、政権運営の安定化につなげたいと。法と正義幹部は考えを巡らせているのです。

 ただし、ホロコーストという人類史上に残る虐殺劇を持ち出した代償は大きく。軍事的な関係を強化してきたアメリカ他。政権交代後に距離を近づけた国々との関係にも、ヒビが入りました。国内世論を引き締めた反動で、法と正義政権は自らの首が絞まりかねない。危ない外交策を自ずと選択することになったのです。

国際的な禁じ手に触れた

 ポーランド国内ですら、受け止め方に差異があるホロコースト。それを政権の安定化、右傾化を推し進める大義名分によって。アウシュヴィッツにおけるユダヤ人、在留ドイツ人の大量虐殺を否認する。ホロコースト法の成立は、国際社会より非難されて当然でしょう。他方、政党支持率として第1位の面目を保ちながらも、国民に右傾化を強要する。法と正義の政策はポーランドの民主主義を後退させ、国内外から危険視されつつあります。

 歴史の上でも、ポーランド社会はユダヤ人を含め。多様な移民の存在によって支えられてきた節は大いにあります。アウシュヴィッツで行われたジェノサイドを否定することは、ポーランド国家の成り立ちを否定する。つまり、右傾化を推進する法と正義の指針を否定しかねない。矛盾した行為と捉えることも可能なのです。他民族融和によって発展したポーランドにおいて、民主主義の危機は国民アイデンティティの危機とも形容できるでしょう。