トップ逮捕の危機に緊張走るサムスン電子と怯える韓国市場

 韓国経済をけん引してきたサムスン電子が、創業以来の危機に陥るのではと騒がれています。朴槿恵政権の贈収賄に関わったとして、李在鎔(イ・ジェヨン)副会長が拘置所へ収監された後。トランプ政権による輸出規制導入や、スマートフォン事業の苦戦など、数々の危機を乗り切れるのか。新経営陣を不安視する声が広がっているのです。

サムスン電子の歩み

 はじめに、サムスン電子。もとい、サムスングループの沿革について触れておきましょう。韓国が日本統治下だった1938年、創業者である李秉喆(イ・ビョンチョル)がサムスン商会(現:サムスン物産)を大邱で設立。食料品を扱う商社としてスタートしましたが、第2次大戦が開戦したため。1942年に知人へ経営権を譲って疎開しました。朝鮮戦争が開戦する頃には、サムスン物産公司の経営者として砂糖の流通に携わっていましたが。戦争による食料難によって、会社は倒産の危機に瀕します。命からがら大邱へ逃げ延びた李秉喆は、経営権を譲った知人の助けを借りて。1952年にサムスン商会と経営統合し、今日におけるサムスングループの礎を築きました。

 その後、第一製糖(現:CJ第一製糖)、東洋放送(現:JTBC)の設立に関わり、李秉喆は韓国財界の第一人者となります。さらに、三洋電機の創業者である井植歳男との深い交流がキッカケとなり、1969年にサムスン電子工業が創業されました。漢江の奇跡による高度経済成長期に突入していたこの頃、国内の家電需要も高まっていたため。韓国政府の後押しもあり、サムスングループの基幹事業は商業から工業へシフトしていきます。そして、李健熙(イ・ゴンヒ)が主導となって。1977年、韓国半導体富川工場を買収に乗り出し、半導体事業への本格参入を開始するのです。

 富川工場で当時生産されていたのはICチップですが、日本やアメリカの物と比べると質の悪さは歴然でした。それでも、日本がオイルショック危機を乗り切った原動力は、半導体技術の強さにあると読み。李一族は、韓国が国際競争で打ち勝つための重要産業として。半導体産業を押し上げようと、工場や研究施設の新設を急ぎ。社名をサムスン電子に改名した時期からは、海外に散らばっていた韓国人研究者の召致を積極的に行いました。その結果、1992年にサムスン電子は世界で初めて64メガDRAMメモリの開発に成功。半導体の世界シェアを伸ばしていく足掛かりとして、世界に衝撃を与えるのです。

 90年代のアジア通貨危機、ITバブル崩壊といった。数々の経済危機も、携帯電話に代表される半導体を応用した事業に注力していき。00年代に入る頃には、世界を代表する半導体メーカーとして。サムスン電子の地位は確固たるものにしていました。

李健熙の贈収賄は問題視されていた

 韓国経済が幾度となく危機に陥りながらも、李健熙体制による機転の速さによって。サムスン電子は世界規模の企業として君臨し、韓国経済もサムスン電子の存在で支えられるようになりました。ですが、「いつでも韓国は経営破綻の危機 ~財閥形成からヘル朝鮮まで~」の中で取り上げた様に。韓国政府は主要産業を重工業へシフトする過程で、財閥企業との癒着関係を強固にしていきました。李健熙も例に漏れず、90年代に入ってから数々の贈収賄容疑で訴えられることになります。

 そもそも、李健熙がサムスングループのトップに至った経緯も汚職抜きでは語ることができません。李秉喆の次男を筆頭に、サムスングループの社員が複数人関わった。サッカリン密輸事件が1966年に明るみとなり、サムスンに対する非難の声が韓国中で盛り上がりました。会長だった李秉喆は引責辞任し、急きょ長男の李孟熙(イ・メンヒ)が事業を引き継ぐ事態となります。しかし、当時の朴正煕(パク・チョンヒ)政権の汚職払拭キャンペーンに、李孟熙が手を貸したとして。李秉喆は経営に復帰すると、李孟熙を左遷し、三男だった李健熙を次期トップに据える方針を固めたのです。

 李秉喆の判断は、サムスン電子躍進の大きな起爆剤となりました。早くから半導体へ目を付けていた李健熙は、韓国政財界の有力者に近付き。支援金を巻き上げ、半導体の研究費へ投入。サムスン電子の名を世界に轟かせる礎を築いたのです。同時に政財界の癒着関係は着実に築かれ、不正疑惑は何度も持ち上がりました。盧泰愚(ノ・テウ)元大統領へ賄賂を贈ったとして、1995年に執行猶予判決を受けたことを皮切りに。2005年のサムスンXファイル事件、2007年の不正な経営権譲渡など。度々、弾劾裁判を受けてきました。

 にも関わらず、毎度のように逮捕されることはなく。2008年事件の際は、平昌五輪の招致委員会に必要な人物として。時の李明博(イ・ミョンバク)政権によって、特別恩赦を受けてサムスン会長職に復帰しました。国民から忌み嫌われながらも、国際オリンピック大会スポンサー企業のトップに居座り続けたのです。

崔順実ゲートが招いた創業最大の危機

 サムスン電子が巨大企業として韓国財界を駆け上がっていく過程で、いかに後継者争いが二転三転したか。長となった李健熙の不正献金が、何度もお咎めなしとされてきたか。先の項目だけ読んでもご理解いただけると思います。しかし、韓国史上に残る大統領経験者の不正癒着事件は、これまでの免罪符を根こそぎ剝ぎ落した上。サムスン電子を創業最大の危機へ陥れるキッカケとなるのです。

 李健熙が経営へ復帰した頃、すでに会社の舵取りは息子の李在鎔に委ねていました。ですが、李健熙は会長職を息子に譲ることなく。脳卒中で倒れて寝たきり状態になっても、役職上のトップを退くことはありませんでした。ほどなく、朴槿恵(パク・クネ)元大統領が友人の崔順実(チェ・スンシル)と長年の癒着関係にあった大事件。崔順実ゲート事件が2016年に明るみとなり、芋づる式にあらゆる不正が暴かれることとなりました。サムスングループも2015年、サムスン物産を再編する際に朴槿恵陣営へ賄賂を渡したとして。組織の実質ナンバー1である李在鎔が逮捕される騒動に発展します。

 サムスン電子筆頭格の逮捕は史上初で、保守系メディアは韓国経済の危機を叫び始めました。事実、サムスングループの生産高は韓国の国内総生産のうち2割を占めており、経済への大きな打撃を避けられない。危機的な事態だと報じたのです。さらに同時期、李健熙が売春に関わったニュースも話題となったことも相まって。予てからの財閥企業に対する韓国世論の嫌悪感が、一気に増幅されるキッカケとなりました。

洗濯機関税対策ではなく半導体を優先か?

 崔順実ゲートが発端となった李在鎔の逮捕劇は、サムスングループのトップ不在という。前代未聞の事態を招き、経営危機が訪れるとメディアから騒がれる様相となりました。同時にサムスン電子は、国内世論だけでなく。海外、北米市場からも貿易圧力をかけられ、苦しい状況へ追い込まれます。

 朴槿恵元大統領が弾劾されるか注目されていた時期、アメリカではトランプ政権が発足。閉鎖的なブロック関税の導入を進め、自国外のメーカーにアメリカへの工場新設を促します。特に、洗濯機の輸入関税を最大50%上げる方針に対し、サムスン電子も重要な北米市場の販売コスト増大を避けるため。2017年7月、アメリカのサウスカロライナ州で工場建設を発表します。人件費の安いタイやベトナムの工場で、北米向け白物家電を製造していたサムスン電子にとって。緊急に対応せざるを得ない状況へ追い込まれたのです。

 一方で、李在鎔が逮捕された余波により、サムスングループは経営層の刷新を実施しました。白物家電事業が赤字の危機でも、半導体が好調のため。景気の良いうちに世代交代を済ませようと動いたのです。さらに、新経営層は「安定した経済成長率が予測されても不況を恐れる韓国」で挙げた通り、半導体工場の拡張方針を発表する。思い切った行動へ舵を切りました。かつて、アジア通貨危機の際に李健熙が半導体事業へ注力して、事態を乗り越えた様に。サムスン電子の新経営層は、白物家電事業の危機対応を優先するのではなく。主力の半導体事業に力を注ぐ選択をしたのです。

バロメーター銘柄の下落

釜山にある韓国取引所
※Wikipedia,韓国取引所のページより

 トランプ政権による洗濯機の関税問題を急ぎ応じながらも、半導体事業への更なる入れ込みを鮮明にした。サムスン電子の動向に、経済市場は敏感に反応します。なんと、最高収益を更新する4半期決算をたたき出しながらも、株価は下落していったのです。

 アジア通貨危機を経ても大きなダメージを受けなかったサムスン電子は、いざという際の「保険」銘柄として。韓国の株式市場では人気が高く、安定した配当を受け取れる銘柄と認識されてきました。そのため、サムスン電子株が下がると韓国経済も不況となり、逆に上がると活性化する。言わば、韓国経済のバロメーター銘柄として機能していました。ですが、このところ苦戦しはじめて、先行き不透明な半導体事業へ注力するサムスン電子の動きに。市場関係者の間では不安感が募っているのです。

 元来、半導体市場は需要と供給の波が激しく。不安定な市場として世界的に認識されてきました。にも関わらず、新経営層はシェア率維持のため。生産拠点の拡大を図ろうと、過剰な生産体制が敷かれかねないリスクを取る賭けに出たのです。これには、アメリカの関税問題だけでなく。近年、力を付けてきた中国勢にスマートフォン事業が苦戦している事情から。半導体事業への一点集中を試みようと判断したのではと、投資家達からは見られているのです。

 つまり、半導体事業に深く関わるスマートフォン事業で苦戦しているのに。半導体の生産体制を強化するだけで穴を埋めようとする姿勢には無理があると。投資家達は判断しているのです。特に外国人投資家の視線は冷たく、早々にサムスン電子株を売り払い。外資頼みの韓国経済が冷え込む主要因と作っているのです。サムスン電子の強みを伸ばす選択が、韓国経済を危機的状況へ突き落すかもしれない。崔順実ゲートの余波は、サムスン電子の内部騒動を通して、韓国経済へ2018年に入ってから襲来しているのです。

一族経営からの脱却を証明せよ

 長野五輪以降、サムスン電子はオリンピックのスポンサー企業として。自社ブランドの国際的な知名度向上、及び韓国開催の冬季五輪を招致しようと画策してきました。その矢面に立っていたのが李健熙でした。何度も弾劾裁判で有罪判決を受けても、恩赦を許されたのは、政府と癒着して平昌五輪の開催を呼び込んだ。張本人として、歴代大統領もぞんざいな扱いが出来なかった点も理由に挙げられるでしょう。皮肉にも、その冬季五輪開催を前にして、実質トップが逮捕される。企業体としての危機が、サムスン電子へ襲い掛かったのです。

 また、順調に増益してきたサムスン電子の勢いにも、陰りが見えはじめ。アメリカのブロック経済に、中国企業への対抗など。新経営陣は、厳しい経営環境の変化に応じていかなくてはなりません。一方、創業一族の影響力が薄まり、サムスングループの親族運営体制にはヒビが入りました。その意味でサムスン電子は、国民の信頼を取り戻すチャンスを手に入れたと言っても差し支えありません。半導体事業への過剰投資に対する危機も囁かれていますが、サムスングループが清廉潔白な企業として。生まれ変わったこと証明する好機だと。捉えることも可能でしょう。