崔順実ゲートによる財閥弾劾によって停滞する韓国経済

 韓国史に残る政治スキャンダル。崔順実(チェ・スンシル)ゲート事件に関連した財閥実業家たちの逮捕劇が影響してか。経済協力開発機構(OECD)は2018年に入り、韓国経済が景気後退期に突入したと発表しました。韓国の国内総生産(GDP)のうち三分の四を占めるトップ10に名を連ねる大財閥のお家騒動が、韓国経済へ悪影響を及ぼしています。

崔順実ゲートとサムスン筆頭の逮捕

 朴槿恵(パク・クネ)元大統領と崔順実、2人の蜜月関係が注目されてからの経過を軽く触れておきましょう。崔順実の不審な動きが騒動となったキッカケは2016年10月のこと。韓国の民間放送JTBCが、独自入手した崔順実の廃棄パソコンから。大統領演説に関連する草稿文データが複数見つかったと報道。これを受け、韓国検察は大統領府へ家宅捜索に入り、崔順実の逮捕へ踏み切った事件が全ての始まりです。

 韓国政界史上類を見ない現役大統領のスキャンダルに、市井の人々が抗議デモを繰り返す裏で。朴槿恵と財閥幹部との癒着関係を問題視した検察は、サムスン、SK、ロッテの各グループ本社へ家宅捜索を続けて行い。韓国国会も呼応し、特別調査委員会の聴聞会で崔順実ゲートに関わった疑いが持たれている。財閥幹部を含んだ対象者を追求するために、聴聞会への出席を促します。しかし、対象者のうち半数もの人物が欠席したため。委員会が同行命令を決議し、対象者の参加を強制する場面も見受けられました。

 年が明けると。韓国最大の財閥企業、サムスングループの実質トップ。李在鎔(イ・ジェヨン)副会長の調査が本格化します。そして「トップ逮捕の危機に緊張走るサムスン電子と怯える韓国市場」で取り上げた様に。2017年1月、収賄、横領、偽証罪で李在鎔は逮捕されました。同時に、組織の舵取り役が逮捕された影響で、サムスングループは経営層の刷新を急ぎ進めることになります。他の財閥も例外ではなく、検察は経営層の弾劾訴追に向けて捜査を続けました。

起訴された財閥一族

 サムスンの一族運営体制が瓦解し、韓国国内では財閥企業に対して。募り積もった嫌悪感が増長されることになり、財閥幹部への取り調べを支持する声が高まりました。崔順実ゲートによって明るみとなった不正が、検察による正義の鉄槌で下される。ある意味、国民の宿願が叶えられたとでも言える調査が進展していったのです。ただし、GDPの四分の三を占める10大財閥企業幹部への弾劾は、韓国経済の景気後退を助長する。大きなキッカケとなった事実は否定できません。

サムスングループ

李在鎔サムスングループ副会長
※李在鎔,Wikipediaページより

 「トップ逮捕の危機に緊張走るサムスン電子と怯える韓国市場」でも触れた通り、サムスングループの李一族は長年。韓国政財界との癒着関係を築いていき、韓国の半導体産業を世界規模のブランドへと成長させました。李在鎔の父親でサムスングループ会長の李健熙(イ・ゴンヒ)によって主導された。サムスンの事業規模拡大は、韓国における経済成長の軌跡そのものなのです。崔順実ゲートで発覚した贈収賄の数々も、長きにわたる癒着関係が如実に反映されているものでした。

 サムスン物産と第一毛織の合併が強行されたのは、その主たる例と言えるでしょう。両企業が合併計画を公表した2015年、サムスン物産の株価下落が止まらない様相を見せていました。対して第一毛織の株価は上昇を続け、サムスン物産株の3倍程の高値で取引されていたのです。当然、サムスン物産の個人株主、株主総会で議決権顧問を務めるアメリカ企業ISSは、市場を乱す行為だとして反対しました。ですが合併は、大株主の韓国・国民年金公団が賛成に回ったことで成立。李在鎔の経営権掌握に絡む出来レースだったのではと、噂が広まりました。

 程なく、崔順実ゲートの調査によって。サムスン物産が意図的に株価を下げる動きを取っていったこと。大統領府が国民年金公団幹部に合併へ賛成するよう根回しに動いていたことなど。疑いが証明されると、李在鎔はサムスングループの経営統括組織である。未来戦略室の解体を宣言し、財閥体制が事実上崩壊することになりました。

 未来戦略室の実態調査も進められ、崔順実が運営していたミル財団やKスポーツ財団へ。多額の贈賄が繰り返されていたことも明るみになりました。日本のワイドショーで連日報じられていた様に。崔順実は受け取った資金を活用し、国民体操の不正な選定、娘の乗馬競技に関する費用の捻出など。各財閥から流入した金銭を使って、権力を振りかざしていました。サムスンと崔順実陣営の蜜月は、韓国政財界の癒着を象徴する事例として。韓国メディアは2018年に入っても、引き続き崔順実ゲート裁判の動向を大きく報じ続けています。

SKグループ

 巨大財閥サムスンの不正に目が向きがちですが、贈収賄問題は他の財閥企業も例外ではありません。サムスン、現代自動車に続く。第3位の規模を誇るSKグループも、崔順実ゲートに関わったとして検察の家宅捜索を受けています。経営トップである崔泰源(チェ・テウォン)会長も検察の事情聴取に協力し、崔順実が運営する財団への賄賂を認めました。

 崔泰源は過去、SKに対するデモに参加した人物へ暴行を加えたり、グループ内の資金を横領したりするなど。犯罪行為を繰り返してきましたが、2015年に朴槿恵政権により恩赦を受けて経営に戻っています。これは、韓国最大の通信会社であるSKテレコムを抱える実業家として。朴槿恵や崔順実が、崔泰源の復帰を望んだためだと考えられています。サムスンと同様、SKも不正な資金流入を政府や崔順実へ送る見返りに。崔順実ゲートで槍玉に挙げられた、免税店の新規出店などを許されていたのです。

ロッテグループ

 免税店の新規出店問題で注目されたのは、SKグループだけでなく。韓国最大の免税店販売網を持つ、ロッテグループも同じです。会長の辛東彬(シン・ドンビン<日本名:重光昭夫>)が2016年早春、朴槿恵と個人面談した後。突如として、ソウル市内にロッテ免税店が新設されることが決まりました。これも崔順実が運営に携わる財団へ出資する見返りとして、認可されたのではと見られています。

 とは言え、ロッテ免税店が長年積み重ねてきた実績は代えがたく。崔順実ゲート後に実施された。ソウル市内における免税店開業の審査にロッテ免税店は通過し、落選したSKとは対照的な結果となりました。ですが、ロッテグループは韓国で実権を握る弟の辛東彬、日本法人を指揮する兄の辛東主(シン・ドンジュ<日本名:重光宏之>)で派閥争いが続き。崔順実ゲートの事後策として講じられた。ロッテグループの持ち株会社移行も、辛東主の影響下にある企業は再編の対象外となりました。ただ辛東彬は崔順実ゲートの一件で、懲役2年6ヶ月・追徴金70億ウォンの刑が確定。すぐに収監されたため。韓国ロッテの経営が揺らぐ事態は避けられず。日本でも、辛東主が弟の会長解任決議案を株主総会で提出するなど。経営権を巡る争いは激しさを増しています。

韓国経済界へのダメージ

 名だたる財閥企業が崔順実ゲートに関わり、サムスングループの財閥体制が崩壊し始め。韓国経済は不安定な状況に陥ります。韓国世論で一瞬沸き立った財閥断罪の空気も、経済悪化という現実が突き付けられ、間もなく鎮静化しました。さらに、中国との関係冷え込み、進まない雇用情勢の改善、文在寅(ムン・ジェイン)政権の無謀とも思える経済政策など。財閥に支えられている韓国経済の縮図を国民は、まざまざと実感することになりました。

中国との関係悪化

2017年開業したロッテワールドタワー
テナントの空室が目立つ

 崔順実ゲート裁判が進むのと並行して、韓国は隣国。北朝鮮の核ミサイル発射の脅威へ対応しなくてはなりませんでした。「北朝鮮の水爆実験・核ミサイル開発をアメリカ会談前に確認する」でも記した通り、2017年に北朝鮮が発射したミサイルの数は16発にも及びます。そのため、韓国軍はアメリカ軍と連携して、国内各所にミサイル迎撃システムTHAADの配備を決定しました。

 これに領土がレーダー圏に入る中国は反発を強めます。その後、「安定した経済成長率が予測されても不況を恐れる韓国」と取り上げた。禁韓令を報復措置として発令、韓国経済を潤してきた中国人観光客の渡航に制限をかけました。これに大損を食らったのが、免税店を事業収益の柱に据えているロッテグループです。禁韓令発令から4ヶ月後には月売上が発令前の2割、半年が経つ頃には4割も減り、店舗数削減の検討を迫られました。

 さらに、ロッテが運営するゴルフ場にTHAADが配備されたことを理由に。中国政府は、領内にあるロッテ系列のスーパーマーケット。ロッテマートの営業停止措置を実行、2018年5月に運営するロッテショッピングは事実上の撤退を決定します。中国に建設中だった瀋陽ロッテワールドも建設が中断され、2兆ウォンもの経済損失を被りました。

 暗礁に乗り上げた中国事業だけでなく。主力の免税店事業もひどく売り上げが落ち込み。挙句、経営権争いが深刻化するロッテの様相に。経済市場も敏感に反応しており、ロッテ株は2018年3月から7月にかけて平均10,000ウォン前後も下落しました。外国人相手の小売業不振が、韓国経済の景気後退を促しているのです。

雇用不安の助長

 ロッテの事業体制へ大打撃を与えた小売業の不振だけでなく。予てから警戒されている非正規雇用の問題も悪化するのではと、韓国経済界では危惧されています。朴槿恵政権による住宅融資の規制緩和に加え、平昌五輪の公共施設建設ラッシュによって。2015年頃から韓国の建設業界は多くの非正規労働者需要を生み出し、経済成長の原動力となっていました。

 しかし、崔順実ゲートの追及が始まった2017年頃から。建設需要は頭打ちとなり、文在寅政権も公共投資の大幅な削減を公約で掲げていたため。135万人にも膨れ上がった失業者数の更なる増加が懸念されているのです。これに文在寅大統領は、公務員の採用枠を増やす方針を固め。失業対策へ乗り出していますが、民間の問題と考える高級官僚があまりにも多く。財閥経営層の弾劾を進めてしまったことも影響し、満足な雇用対策が進まない。失業者に厳しい状況が続いているのです。

 韓国世論も文在寅の思いとは裏腹に、本当に公務員の枠を増やす気があるのかと。首を傾げている国民は数知れず。延々と続く雇用不安はじわじわと、悪い経済循環を促しているのです。

非現実的な経済対策

 文在寅政権に代わり、政府は雇用対策に力を入れているものの。なぜ官僚は動かず、対策を民間任せにしようと考えているのか。それは、韓国政府が実際に雇える公務員数の限界が近く。なおかつ、2011年から2016年の5年間で公務員の平均月収が約10万ウォンも上昇しているため。国家財政が破綻すると、懸念を示す高級官僚が多数を占めているためです。一方、若者の公務員人気は過去に類を見ないほど高まっているも事実で。採用枠が増えたとしても、過度な採用競争を勝ち抜かなければいけない。安定した雇用創出と矛盾した様相を呈しているのです。

 人件費インフレを問題視しているのは、公務員だけではありません。文在寅政権は、韓国の国内所得水準をG7各国並みに上昇させようと躍起になっていますが。その余裕を持つ企業は、幹部が弾劾裁判を受けている財閥企業のみで、中小企業は高騰する人件費に苦しんでいます。特に町の小売業には深刻な影響が出ており、人員を維持するため。夏場でもエアコンを付けず、営業するコンビニが全国で増加するなど。市井の人々が視認できるまでに、経済政策の負の部分が顕となっています。

 「安定した経済成長率が予測されても不況を恐れる韓国」の冒頭で、韓国の経済成長率が安定していると記述しましたが。実態は、財閥企業や高級官僚の生産力に引っ張られて。3%という経済成長率を維持できているだけで、中小企業や非正規労働者にとっては逃れられない苦行が続く。収入格差が反映されている数値に過ぎないのです。

経済不況への不満をぶつけられる財閥

 「いつでも韓国は経済破綻の危機 ~財閥形成からヘル朝鮮まで~」でも挙げたように、韓国の雇用不安は今に始まったことではありません。アジア通貨危機以来、韓国では非正規雇用が急増し、若者を中心に「七放世代」「ヘル朝鮮」など。皮肉なスラングが共有される経済環境に、国民は不安を感じているのです。他方、崔順実ゲートに関わった財閥幹部は、自らの特権を振りかざし、数々の理不尽極まりない行動から。韓国経済の国際的な信用を落とし、雇用の不安定さを伴う景気後退期を招いたのです。

 政府も雇用対策に乗り出す傍ら、税収を国の貯蓄へ回す動きを見せています。2017年度の国庫貯蓄率は36.3%となり、アジア通貨危機時代に迫る数値を記録しました。対して、崔順実ゲートに関わった財閥の追及が影響してか。民間貯蓄は減少し、政府にお金が集まる仕組みが構築されつつあります。リスクに備える意味も伺えますが、文在寅が真に目指す雇用体系を実現するためには今後。貯められた税収をいかに低所得層へ反映していくかによって、韓国経済の命運も変わるでしょう。