Jノミクスに暗雲立ち込める韓国経済

 韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領が大々的に打ち立てた経済戦略。Jノミクスが行き詰まりつつあります。就任間もなく取り掛かった雇用情勢は、朴槿恵(パク・クネ)前政権時代よりも悪化しただけでなく。急激な賃金水準の上昇などを筆頭とする。数々の不安定要素によって、国民は景気回復を実感できずにいます。

Jノミクス発案の流れ

 「崔順実ゲートによる弾劾裁判によって停滞する韓国経済」でなぞった様に。2017年前半の韓国政財界は、混乱の最中にありました。朴槿恵(パク・クネ)元大統領の友人、崔順実が政府と財閥の関係者を丸め込み。様々な癒着行為に手を染めていたことが発覚したのです。この影響でサムスンなどの財閥幹部が軒並み訴えられた末。国内ではデモが頻発し、国民の政財界へ向けた信頼は揺らぎました。

 さらに、「いつでも韓国は経済破綻の危機? ~財閥形成からヘル朝鮮まで~」でも触れた。悪化を続ける若者の就職難問題だけでなく。禁韓令による対中貿易収入の激減、アメリカ・トランプ政権による保護関税導入の懸念など。輸出産業に偏重する韓国式経済では対応できない。国内市場に目を向けた経済改革が早急に望まれたのです。これは、広がり続ける財閥企業と中小企業の所得格差に対する不満の現われでもあったため。朴槿恵の後任を選ぶ2017年の韓国大統領選挙では、雇用問題は大きな争点となりました。その際、一候補者だった文在寅がマニュフェストとして掲げたのが。積極的な財政出動による経済成長を狙う施策案、Jノミクスだったのです。

Jノミクスの概要

 崔順実ゲート事件で与党だったセヌリ党の分裂にも後押しされ、文在寅は大統領に当選。公約のJノミクス実行に移ります。人材育成への投資に注力して企業競争力を高め、韓国経済を盛り立てる。Jノミクスの基本コンセプトは、それまで黙認されてきた政府と財閥の癒着による経済構造からの脱却を目指す。国民が求めた経済システムとして選挙期間中、有権者に受け入れられていきました。また、年間予算中の新規投資比率を平均3.5%から7%前後に引き上げ、公共サービスも充実させる。富の分配に着目した投資案は、所得格差が広がる韓国社会の現状を改善する。経済基盤の底上げ策として期待されたのです。

 以下、Jノミクスの投資計画によって示された。雇用創出策と所得拡大策、2点に焦点を当てます。

官民問わない雇用創出

 Jノミクスの目玉策として発表されたのが公官庁81万人・民間50万人にも及ぶ雇用の創出です。90年代後半のアジア通貨危機から這い上がる過程で韓国は、非正規労働者が爆発的に増加した挙句。恵まれた職に就けない若者の間で「ヘル朝鮮」というネットスラングが広く定着するほど。暗い雇用情勢が長く続いてきました。

 この課題に文在寅政権は、非正規雇用の正規化だけでなく。正規雇用の増進を図る公約を全面に打ち出して選挙戦に臨み。非正規労働者から広くJノミクスの支持を集めることに成功したのです。特に近年、公務員の志願者数増加で全寮制の予備校に通っても公官庁へ進めない。若い学生や就職浪人生は多く。軍隊さながらの生活を続ける予備校生にとっては、就職への間口が広げてくれる吉報だと受け取られました。

 加えてJノミクスは、人材の育成難に喘いできた中小企業向けに。公費からの財政出動によって、企業の財務基盤を固め。若者のスキルアップと正社員化を促し、生産性を向上させる。零細企業から始まる経済サイクルを実現しようと試案しており、財閥と絡まない実業家にも光明が当たる。Jノミクスの方針へ関心を寄せる地方の企業経営者は少なくなかったのです。

所得拡大と公共サービスの充実化

 Jノミクスでは雇用政策だけでなく。給料水準を向上させ、国内の内需拡大を狙う。政府主導の所得拡大策も明示されました。外貨収入に依存してきた経済構造の脱却を目標とするJノミクスでは、「落水効果」と題される。韓国で生産したものを、韓国で消費し、韓国内の経済を潤す。言わば、地産地消によって従業員の給料水準引き上げる方針を発表したのです。

 そうした内需拡大によって生まれた資金は、半導体事業などの財閥が注力していた事業ではなく。成長が期待される第6次産業や文化芸術の他、深刻化する大気汚染対策など。これまで、十分な資金が集まっていなかった分野への投資を活発化させ。新たな市場分野を育成することが、Jノミクスの目標だと文在寅大統領は発表したのです。事実、韓国経済は輸出産業による外貨収入による循環で成長してきたため。21世紀に入っても給料水準が上昇したとは言え、主要因は国内の地場産業に起因するものではなかったのです。

 社会福祉の側面でも、やり玉に挙げられている経済基盤の貧弱さを見受けることができました。韓国社会は元来、儒教による年長者を敬う考えが浸透している国ですが。若者の就職難=無収入状態が続くことで、高齢化する親の面倒を経済的に支えられない若年層が増加。親類から支援が望めない高齢者が貧困層へ陥る現象が社会問題となっているのです。また、韓国の年金制度は受給額が低く。コンビニなど、自営業へ手を出さなければ生活できない高齢者は大勢います。これに対し、内需を刺激して生まれた資金を活用していき。高齢者の貧困化へ歯止めをかけようと、Jノミクスでは試案されたため。就職難に喘ぐ若者同様、生活が苦しい高齢者からもJノミクスには期待がかけられることになりました。

急激な改革による歪み

 非正規雇用で路頭に迷う労働者を正規雇用とし、収入を増やし、財閥に頼らない内需拡大循環を目指す。韓国経済が抱える膿を取り除く施策として、好意的に受け止められていたJノミクスですが。他方、外貨収入に頼る。韓国の経済構造がすぐに変わる訳でもなく。財政出動に必要な財源をどこから工面するのか。Jノミクスが発表され間もなく、韓国の各メディアは問題視する見方を強めました。

 Jノミクスへ期待を寄せた国民も次第に無理のある政策だと身を持って体感したため。発表から1年経つJノミクスに失望する動きは加速しており、韓国経済の先行きが増して暗くなったと嘆く。元Jノミクス支持層は増加傾向にあります。

限界が見えた雇用創出

 選挙戦でJノミクスが掲げられ、大きく注目された公務員への雇用計画ですが。国会本会議が始まると、法案はすぐに暗礁へ乗り出しました。韓国納税者連盟がJノミクスの計画で雇われる公務員17万4,000人分の人件費を試算したところ。国の立法機関、国会予算政策処が試算した推計費用と比べて倍近い費用が必要だと発表したのです。

 ですが、財閥への既得権益に対する国民の怒りがJノミクス支持を後押ししたため。文在寅政権は、近年稀に見る高支持率を維持しただけでなく。平昌五輪開催や南北会談など。経済以外に大きな動きが続いたことも相まって、雇用問題に関する非難の声は埋もれがちとなりました。その間、政府周辺の経済関連ポストがミクロ経済の専門家。つまり、国内経済に注目し、韓国経済の成長を率いてきた国外経済への対応がおざなりとなりかねない。組織体制の変化も忘れられつつあったのです。

 Jノミクスの問題点が再び注目されるようになったのは2018年5月のこと。国家財政戦略会議で2018年1月~3月までの家計所得動向が発表されると。朴槿恵政権時代より、雇用情勢が悪化した事実が顕わとなりました。これには文在寅自身も、公約不履行の責任も含めて陳謝する事態となり、その後はJノミクスを懐疑的に見る。冷ややかな世論が盛り上がりを見せています。政治的重要な局面の国家元首として、国際社会で存在感を示す文在寅ですが。最大限尽力すると明言した雇用対策に黄色信号が灯り、Jノミクスには厳しい意見が飛び交い始めています。

所得拡大による国民の悲鳴

 多大な期待されながらも、Jノミクスの動向になぜ暗雲が立ち込めているのか。最大の要因は、無理な最低賃金の引上げにあります。特に「韓国のコンビニ店主が店舗運営に苦しんでいる?」でも取り上げた様に。年金だけで暮らしていけない。高齢の自営業者達は、上昇する最低賃金を従業員に払えず。店舗サービスにも支障が現れるほど、経営状態の悪化に苦しんでいるのです。

 最低賃金の上昇率を数字で挙げれば、その速すぎる賃金上昇率がよく分かります。2016年の最低賃金は6,030ウォン、2017年度は6,470ウォンと。それまで韓国は年7~8%ペースで最低賃金の賃上げを実施してきました。しかし、Jノミクスが始まった2018年、前年比16.4%となる7,530ウォンもの急激な賃上げが断行されたのです。加えて、2019年度には8,350ウォンへの引き上げが発表され、自営業者の反発は高まり続けています。

 あまりにも急激な最低賃金の上昇で、失業者が増えかねない状況に。国際通貨基金(IMF)も韓国経済に損傷を与えかねないと警告しています。その上で、フランスが就労者の中位賃金と比べ最低賃金水準が6割に達した際に実施した。賃金上昇率の大幅な鈍化を行い。全国一律の最低賃金ラインを強要するのではなく。日本と同様に、地域ごとの現状を踏まえた最低賃金水準を導入するべきと声明を発表しました。国際機関からの忠告からも、雇用拡大と賃金上昇の相容れない政策を推し進める。Jノミクスに対し、世界的に警戒感が強まっていることが分かります。

夢物語とも揶揄されはじめたJノミクス

 稼げる財閥の輸出事業ばかり集中投資し、国内の人材教育を怠ってきた韓国財界の因習を払拭した先。国内市場だけでも経済成長に寄与できる韓国市場とするのが、Jノミクスが目指す究極の目標とも言えるでしょう。しかし、現状の国家財政では耐え切れない公官庁職員を大量採用しても。無理強いした最低賃金の引上げを続けても。韓国経済が青息吐息となる未来が見えており、Jノミクスが八方塞がり状態に陥っているのは明らかです。

 サムスン電子製の家電不良事故や、韓国ゼネコンの手抜き工事によって。韓国企業の外貨収入激減への危機対応も叫ばれているものの。ブルジョア階級や富裕層以外からすれば、自らの生活に強く関わる。Jノミクスの行き詰まりへの危機感は、より広く共有されつつあるのです。