ドイツからの難民送還を推し進めたいCSU

 難民の聖母として、慈悲深い姿勢を貫いてきた。ドイツのメルケル首相が方針を転換し、難民の強制送還を進める声明を発表しました。シリア難民危機以来、イスラム系移民が度々事件を起こすドイツの現状に。連立政権を組むCSUから、移民流入を大きく制限するべきとする意見に圧された末。メルケルは自身の意に反する政治判断を迫られたのです。

イスラム移民受け入れのベンチマークだった

 「サッカー選手エジルの代表引退から考えるドイツのトルコ移民」で記述した様に。旧西ドイツは第二次大戦から復興する過程で、トルコを中心とするイスラム国家から。多くの出稼ぎ労働者を受け入れてきた歴史を持ちます。旧西側陣営のヨーロッパ諸国は長年、移民流入のベンチマーク国家として。東西ドイツ崩壊後も、難民や移民を受入れるドイツの動向に注視してきました。そのため、シリア危機直後にメルケルが110万人規模の難民受け入れを表明した際。旧西側のEU加盟国は、欧州へ流れる難民を移民として数多く許容してきたのです。

 他方、キリスト教文化圏を守らんとする右翼活動家やキリスト教会など。EUもとい、メルケルが重んじる移民への懐柔姿勢を快く思わない個人や組織も多く。イスラム系移民が増加するにつれ、難民の本国送還を求める声も高まっていき。移民問題が泥沼化していくと、欧州全体で移民排斥運動が盛り上がりはじめました。ドイツ国内でも2013年、難民送還などの考えを掲げる極右政党。ドイツのための選択肢(AfD)が立ち上げられ、「第四次メルケル大連立政権にドイツ国民は不安視する」でも触れた通り。2017年の国政選挙では、第三党となる94議席を獲得する一大勢力となりました。

 さらに、連立政権を組むドイツキリスト教社会同盟(CSU)のゼーホーファー党首もAfDの勢いを警戒しつつ共鳴。流入が続くイスラム圏からの移民や難民が、他のEU加盟国で既に難民登録されているにも関わらず。ドイツ移民として国内に受け入れるのは、欧州圏の難民処遇を定める。ダブリン規約違反だとして、連立与党から離脱する考えを宣言したため。メルケルは自らの本心を曲げてまで、イスラム系難民の送還を進めことになったのです。

CSUが難民送還を推し進める理由

 極右野党AfDだけでなく。連立与党CSUの強い働きかけから、ドイツ政府はイスラム系難民を締め出す道を歩み始めました。ただし、シリア危機以降に入国したイスラム系難民が2010年代後半に入ってから、移民として定住し始めているため。ドイツ国内におけるイスラム系住民の人口は、過去に例のない速さで増加しています。

 メルケルが寛大な移民受け入れ姿勢を打ち立ててから。イスラム系移民や難民の絡んだ事件が跳ね上がっている事実も否定できません。時の内務大臣だったトーマス・デメジエールが2017年8月に発表した。2016年度のドイツ犯罪統計によれば、外国人容疑者の人数が2015年度比の52.7%と飛躍して上昇しています。さらに、ドイツ人による事件件数が前年比よりも減少していたため。シリア難民受け入れ政策が、ドイツ国内の治安情勢を大きく揺らがしている現実が明白に示されたのです。特に、バルカン半島や地中海を経由する難民の入国地域に当たる。ドイツ南部で発生する犯罪は、流入する難民・移民の影響が如実に現れていました。

 2016年統計の前年比で。オーストリア他と国境を接するバイエルン州では、難民・移民による事件が倍増。その約3分の1は強盗や傷害など、暴力犯罪に分類される事件でした。さらにバイエルン州に西隣で、イタリアと国境を接する。バーデン=ヴュルデンベルク州では、逮捕された容疑者のうち。約10分の1が難民、または難民申請者だったのです。統計発表時、トーマス・デメジエール内務大臣は全ての難民が犯罪者ではないと言付けしていますが。この現状に敏感に反応したのが、バイエルン州で一大支持基盤を持つCSUでした。

 そもそもバイエルン州は第一次大戦まで、州のほぼ全域が国家だったため。地域住民の純血思想は強く。CSUはバイエルン州民の総意を代表する右翼政党として、ドイツ連邦議会に存在感を示してきたのです。故に、シリア危機によるイスラム系難民の流入によってバイエルン州の治安が悪化している事態には耐え難く。CSUがバイエルン州民の意思として、メルケル連立政権の関係を崩しかねない。難民の強制送還を連立与党に求める動きは、ある種自然な事とも見て取れるのです。

沈黙の女は密かに動かされる

 イスラム系移民や難民による事件増加と比例し、バイエルン州でも事件が急増したため。バイエルン州の地域政党CSUは、州内に住む強大な支持層からの意見を鑑み。流入する難民の送還へ本腰を入れ始めたのです。そして議論は、メルケルの所属するドイツキリスト教民主同盟(CDU)内で賛否両論分かれる事態に陥ります。

 ただCDUは、元来CSUと同じく旧西ドイツ時代から続く右翼本流の政党です。CSUの考えを汲み。同調するCDU議員の存在は無視できず。リベラル寄りの考えを持つメルケルも最初は難民排斥に否定的だったものの。2017年2月に入ると、メルケル政権が16の計画に則って難民送還に動き出していると。ドイツを代表する週刊誌、デア・シュピーゲルが報じたのです。記事で明かされた計画によれば、難民の早期送還を実現するため。メルケル政権が難民の母国送還に特別予算を組んでいること。既存の連邦難民センターとは異なる、強制送還専門の難民審査センター新設を急ぐといった。従来のメルケル政権が執っていた政策から方針転換したと言わざるを得ない。隠密な動きが世間へ知れ渡ったのです。

 折しもメルケル首相は、記事が報じられた当時。就任間もないアメリカのトランプ大統領による移民排斥発言に苦言を呈したばかりで。表立っては難民の聖母を演じながらも、裏では増えすぎた難民の強制送還に向け。連立政党の各会派に圧される形で動いている事実が浮き彫りとなったのです。「アンゲラ・メルケルが若い頃に身に付けた沈黙術」でも触れた様に。メルケルは政治的な一大事であっても、直前になるまで口を割らないことがよくある人物です。包み隠したかった難民送還計画が、特ダネ記事によって世に発表された後。政権の難民政策に疑問符が付いたことは否定できず。その後、死に体とさえ揶揄されるほどメルケル政権の支持基盤が崩れる1つの要因ともなりました。

トランジットセンター設置案の論争

CSU党首のホルスト・ゼーホーファー
※Wikipediaより

 難民の強制送還計画が浮上したことで、メルケル政権の勢いは大きく減速したものの。2017年の総選挙ではCDUが第一党を維持し、政権与党の面子を保ちました。ただし、CDUとCSU、そして伝統的な左翼政党のドイツ社会民主党(SPD)の3党が大幅に議席を落とした様と対比して。AfDの躍進は印象強く、警戒を強めた3党は6ヶ月にも及ぶ交渉の末。結束力の弱い大連立政権を発足させる運びとなりました。

 ですが、本音では自らの移民政策を維持したいメルケル。地元の治安悪化を鑑み、難民送還を急ぎたいゼーホーファー。連立与党トップ同士の対立で、大連立政権は崩壊に危機に直面しました。その急先鋒の議題となったのが、16の計画でも挙げられた。難民送還センター、CSUが呼称するところのトランジットセンター設置議論です。EU加盟国で難民認定された人々の入国を水際で阻止する。新たな難民収容施設の在り方に、メルケル首相は以前から眉をひそめ。組閣で新たな内務大臣となったゼーホーファーが、トランジットセンターの議論を前進させると。メルケルは首相権限を用いて、ゼーホーファーを辞任させる可能性をちらつかせました。これに怒り心頭となったゼーホーファーは、自らの大臣辞職と引き換えに。CSUの連立離脱を高らかに叫び、メルケルの心中を追い詰め。感情も絡んだトランジットセンター設置論争は3週間にも及びました。

 結局、メルケルやSPDなどの譲歩によって。難民送還に注力するものの、トランジットセンター新設は見送られることとなりましたが。メルケルとゼーホーファーとの関係には亀裂が生じ、政権運営に禍根を残しました。さらに、バイエルン州に隣接するオーストリアなども、国境で難民を門前払いする。ドイツのトランジットセンター設置に難色を示しており、周辺国との関係悪化も鮮明になりつつあります。

脆いメルケル連立政権への失望

 難民送還に舵を切りながらも、メルケルは2018年8月。ドイツ東部のドレスデンで会見を開いた際に。難民送還に注力はするが、移民申請に関する資料を揃えるための助力もする主旨の発言をしました。この発言からも、メルケルがCSUの要求に渋々答えて難民送還へ動き出している心積もりが図れるでしょう。一方、トランジットセンター設置論争でメルケルと火花を散らしたCSUも2018年10月。地元のバイエルン州議会選挙を控えており、勢いあるAfDから議席を死守したい。党利党略に絡んで、トランジットセンター論議を進めたかった本音も浮き彫りとなりました。

 連立政権への見苦しい対立に、ドイツ国内では失望する声が増大する一方。揉め事を抱える右翼政党に嫌気が差した人々は、難民に対して明確な指針を打ち出している。AfDを支持する動きに拍車をかけています。ただし、AfDの勢力が拡大すると、ドイツの移民政策が根底から覆る事態につながりかねず。政権の低空飛行が今のまま続けば、欧州全体の難民政策に大きく影響を与えかねません。受け入れるか、排他するか。CDUと CSUは難民政策の迷走に陥った先、ドイツを迷走に突き落とす墓穴を掘り続けているのです。