孫興慜とBTSの徴兵から考える韓国の兵役制度

 サッカー韓国代表の孫興慜(ソン・フンミン)の兵役免除が韓国で物議を呼んでいます。先にアメリカ・ビルボードチャートで初登場1位を獲得したBTS(旧:防弾少年団)を推し抜き。2018年アジア大会で優勝した韓国サッカー代表の実績を評価する。政府の兵役免除方針に、韓国内で賛否が分かれているのです。

サッカー選手とK-POPアーティストの徴兵

 兵役免除の話題が盛り上がったキッカケは2018年8月。インドネシアのジャカルタとパレンバンで開催された。2018年アジア大会にて、韓国代表が野球とサッカーの2競技で優勝したことです。韓国の徴兵制度では、国際大会で優勝する(五輪のみ3位以上になる)と兵役が免除される。芸術体育要因制度が存在し、事実上28歳までに条件を達成できなければ適応されないため。今回のアジア大会でも、選手キャリアを賭けて臨む韓国代表選手は大勢いました。

 特に、徴兵免除の対象として注目されたのが。韓国サッカー界を代表するストライカーの孫興慜でした。FCソウル直属の高校サッカー部で頭角を現し、留学制度利用してドイツ・ブンデスリーガでプレーする機会を掴み。アジア人史上最高の移籍金額で、イングランド・プレミアリーグのトットナム・ホットスパーへの移籍を決め。韓国代表選でもエースとして活躍する。孫興慜の兵役免除は、韓国サッカー界だけでなく。トットナムサポーター、そして韓国国民から切実に望まれていた願いでした。そして、アジア大会決勝で韓国が日本を下し、孫興慜の兵役免除が確定すると。韓国国内だけに留まらず、世界中から兵役免除を称賛するコメントがSNS上で飛び交いました。

 これに敏感に反応したのが。アメリカのビルボード総合アルバムチャートで、アジア人初の初登場1位を獲得したBTSのファン層です。欧米文化にも受け入れられるラップ調を含んだ楽曲を次々と発表し、ネットメディアへの発信方法に工夫を重ね。韓国芸能界の海外進出を切り開いてきたBTSは、今や世界に注目されるアーティストとして。韓国芸能界の象徴的な存在と化しているのです。当然、兵役によって芸能活動が中断されると、BTSの勢いに陰りが出る可能性が大いにあり得るため。若い世代を中心に、孫興慜を筆頭とするアジア大会の優勝メンバーが兵役免除を受けたにも関わらず。なぜ、大衆文化面に多大な実績を残しているBTSの徴兵免除が認められないのか。真剣に協議される機運が韓国全体で盛り上がり始めました。

韓国の徴兵文化

忠清南道・論山市にある韓国陸軍訓練所正門
※Wikipediaより

 朝鮮戦争の勃発で国土と財政が疲弊した先。ベトナム戦争の派兵によって、アメリカから得た支援金から経済発展した韓国にとって。徴兵制度は安易に廃止できない必須の制度として、韓国社会に大きな影響を与えています。初対面の男性同士が親交を深める手段として、徴兵期間中の思い出を語り合うのは韓国では珍しくない。日常会話として定着している点からも、いかに徴兵文化が韓国社会に浸透しているのかを伺わせます。

 最低21ヶ月の兵役を務めることは、韓国男子としての通過儀礼と考えられている節は根強く。むしろ、2年前後は軍人身分が保証されつつも、社会人となってから使える技術力や資格を取得できると踏み。固有のスキルを磨こうと、専門兵としての徴兵を狙う若者の数は少なくありません。そうして身に付けた専門性が、企業に入っていから活かされるため。韓国企業からすれば、徴兵が人材育成の一端を担っていると判断しているのも事実です。しかし軍隊文化の定着は、年長上司の指示に抗うことなく従う。悪しき風習の定着を促し、権力を持った人物の横暴を許す社会風潮を生み出しているため。韓国企業の思いやりのない業務姿勢に。海外からは辛辣な目線で見られている主要因も生み出しているのです。

 そのため、余計な軍隊思考を身に付けないため。韓国人でありながらも他国籍へ乗り換える人も多く。過去にサッカー選手で、海外での永住権を獲得して徴兵を回避した選手もいました。ですが、大半の一般人が徴兵に応じているにも関わらず。兵役から逃れる行為は、孫興慜やBTSなど。象徴的な存在でない限りは非国民扱いされるため。徴兵逃れによって批判の的となった事例は、枚挙にいとまがありません。

 2018年アジア大会でも、野球の韓国代表が優勝して徴兵免除を勝ち取りましたが。決勝で対戦した日本代表がプロ野球選抜ではなく。社会人野球選抜だったため。まやかしの日本代表に勝って兵役を逃れた卑怯者達だと、韓国内で総批判されたのです。この話からも国民から脚光を浴びない人物に対し、徴兵を免除するべきでない。野蛮な兵役逃れだと考える韓国人は相当数いることが分かります。

時代錯誤の兵役免除制度

 元来、韓国の優秀な芸術家やスポーツ選手などの育成を妨げないため導入されたのが。芸術体育要因制度という兵役免除システムの骨子でした。ですが、次第に韓国人スポーツ選手の活躍が国際的に目立ちはじめると。団体競技を中心に、試合出場時間が短いにも関わらず。兵役免除対象となる場合が多発し、都度世間から非難の声が湧きました。

 さらに、時流が大きく変容していながら。依然として体育競技選手やクラシック音楽、古典芸能など。制度が定められた70年代には、環境が整えられていた分野で活躍した人物のみ制度の対象者としているため。新たに活躍の場が広がっているeスポーツ選手、K-POPアーティストは兵役免除対象者とならず。招集される若い世代からは、不満の声が漏れ続けているのです。

 アジア大会を終えた後の韓国国会でも、現行の徴兵免除制度へ苦言が呈されました。野党・新しい未来党の河泰慶(ハ・テギョン)議員が国防委員会の全体会議にて。世界に冠たるアメリカ・ビルボードチャートで初登場1位を獲得したにも関わらず。BTSに兵役免除が適応されないのはおかしいと指摘しました。これに、名指しでBTSを徴兵論争に巻き込み誤解を生むと。BTSファン層が憤慨し、河泰慶は釈明に追われることになりましたが。孫興慜をはじめ、スポーツ選手が徴兵免除を認められているのに。BTSなど、大衆芸能で際立つ実績を残している若者への徴兵免除が認められないのは不公平だと。世論が盛り上がる1つのキッカケにもなったのです。

少子化で顕著となる兵士不足

 他方、徴兵制度を管轄する韓国兵務庁は少子化によって、兵役による入隊者が年々減少しているため。徴兵免除制度そのものに眉をひそめつつあります。「韓国人学生が日本企業へ就職する理由」でも取り上げた様に。韓国の若者が置かれている社会的立場は生易しいものではありません。大学在学中に兵役を終えても、激しい就活戦線で勝ち抜かなければ恋人はおろか。家庭を作り、子育てすら叶わない。残酷な社会環境が固定化しつつあるため。大学卒業後に海外へ就職し、韓国へ戻らない若者が増えつつあります。

 事態を重く置けとめる兵務庁は、国の純然たる兵力を支えるため。これまでにも、芸能人の受入れ部隊だった国防広報支援隊を2013年に廃止するなど。南北関係の緊張感が二転三転する過程で、歩兵を増員しようと計画してきました。2018年5月には、兵役を終えていない男性に対する規定を兵役法で改正。海外旅行の許可期間を半年以内、海外滞在の許可期間を2年以内とし、総じて許可回数を5回にまでと制限したため。スポーツ選手や芸能人にも、海外への出国回数が制限される状況となりました。孫興慜の徴兵免除で話題となった点を差し引いても、ジャカルタアジア大会へ臨む。選手、関係者、観戦者としての国民の思いは、これまでと違う面持ちを漂わせていたのです。

 とは言え、国の分断状態が続く韓国にとって、有事の戦力維持は無視できず。韓国兵務庁は今後とも規定改正などを通じ、若い歩兵人員を保持する方針を明らかにしています。つまり、優秀なスポーツ選手でも、人気ある芸能人にしても。兵役を強要しなければ韓国軍の現行体制が持たないと、暗に明示しているのです。一方、ゼネコンの杜撰な管理体制などで世界から不評を買っている。韓国企業の尻拭いをK-POP人気で洗い流しているのも事実は否定できません。韓国全体の国益で考えれば、広報大使として役割を担う若者たちを無理強いして徴兵するのは得策なのか。政府と軍は膝を突き合わせ、議論していかなくてはなりません。

象徴を徴兵する必要があるのか?

 孫興慜やBTSといった、国民から熱烈な支持を受ける。彼らの徴兵免除が叫ばれるのは、ひとえに軍務以上の価値を韓国にもたらした。英雄として韓国社会が認めている点が強くあります。その反面、取り立てた結果を残さず。チームスポーツの国際大会で優勝した選手などには、容赦なく罵声が浴びせられるのです。徴兵制度は韓国社会に文化として根付いている現状が、よく理解できます。ただし、少子化によってスポーツ選手やK-POPアーティストの将来を潰している。徴兵免除制度の悪しき部分に見直しが必要なのは、国内でも喫緊の課題として捉えられています。

 加えて韓国では、徴兵を終えて就職する大学生が多いため。軍隊に似た社風が形成されている韓国企業は数知れません。「SK建設が施工したダム決壊により追及される韓国とラオス」で取り上げた様な、企業上層部への実績作り。お伺い立てに終始するあまり、国際訴訟問題に発展している事件も発生しています。そして、損ねた国家の信頼を取り戻そうと奮起しているのが。他でもない、孫興慜やBTSといった著名人なのです。韓国兵務庁も少子化を睨んで、兵役対象を広げようと動いていますが。韓国全体の国益について考えるならば、スポーツ選手や芸能人を無暗に徴兵するのではなく。以前の様な広報要員として、兵役を務めさせるなど。今一度、検討し直す点は多々あるはずです。