バチカンと中国の暫定合意で波風立つ台湾の国交

 対立が続くバチカンと中国が2018年9月22日。北京にて、暫定的な関係改善要件をまとめた合意書にサインしました。バチカンは中国内のキリスト教徒に対する弾圧の抑止へ動くため。中国は国内のキリスト教徒を統制するため。双方が譲歩し、国交締結へ歩み寄ったのです。これに、バチカンとの国交関係を重要視する台湾は動向を注視しています。

中国史から見るキリスト教弾圧

 歴史を振り返れば中国とバチカン。もとい、漢民族の明王朝とカトリック宗派のイエズス会は良好な関係を築いていました。16世紀にポルトガル人の居留地としてマカオが指定され、マテオ・リッチを筆頭とする。イエズス会のカトリック布教士が入国すると。儒教思想を重んじた布教方針が確立され、カトリック宗派は中国南部で天主教の名で信徒を増やしていきました。しかし、17世紀に明が滅び、満州族による清王朝が起きると。カトリック信仰は禁止されたため。イエズス会の解散と共に、中国のキリスト教文化は荒廃していきました。

 その後、中国におけるキリスト教の評価を地に落としたのが。イギリスなどのプロテスタント派国家による不平等な国交樹立でした。マカオ経由で流入した中国文化は、欧州圏で物珍しく関心を懐かれた反面。歴代の中国王朝が、理数分野の学問研究を疎かにしていた史実が広まると。中国周辺の人々は欧州人よりも劣った民族だという共通認識がヨーロッパで形成されたため。アヘン戦争に代表される侵略戦争によって清王朝は著しく衰退し、中国は列強各国に分割されました。同時に、パリ外国宣教会によるカトリック布教が再開されましたが。中国社会に不利な国交を結んだ。キリスト教社会に対する中国人の恨みは根深く。反キリストを掲げる集団が、教案という排斥暴動を中国全土で度々展開しました。

 ヨーロッパ人宣教師による中国での布教活動に限界を感じた。バチカンのローマ法王庁は、現地教会の統括役となる司教を中国人で固める方針に切り替えたものの。第二次大戦後、無神主義を掲げる中国共産党によって中国が統一されたため。バチカンは国交を築いていた中華民国政府が台湾へ亡命するのと同時に、共産党政府との関係を断絶。台湾に大使館を構える現在の状況が生まれました。一方で、中国本土に残されたカトリック信者は共産党が管理する。中国天主教愛国会に組織再編され、共産主義思想に絡んだ信仰のみ許される環境が整備されました。

バチカンと中国の狙い

 共産党の息がかかった司教による。歪んだカトリック信仰が浸透していくにつれ、中国本土では愛国会に対峙する。家の教会などの地下宗派が生まれ、純然たるキリスト教信仰を望む動きがくすぶり続けました。バチカンと国交が結ばれている台湾を窓口に、愛国会と距離を置く司教も現れます。もちろん、無神論を説く。マルクス・レーニン主義国家の中国共産党が、これを許すわけもなく。中国は国家体制に与しない宗教団体を建国以来、長年に渡り弾圧対象としています。

 特段、習近平体制が確立してから。愛国会などの共産党系団体に属さないキリスト教徒への非人道行為は、目に余るほど酷くなっています。当然、反発の声が中国内外で広まっている上。過度な信仰弾圧により、共産党の統制に支障を来し始めているため。予てよりバチカンが求めていた。カトリック教団の司教任命権と絡んで、中国はバチカンとの暫定合意書に署名をしたのです。

バチカンの救済意識

 キリスト教カトリックにおける司教は本来。バチカンのローマ法王庁によって任命されなければなりません。しかし中国では、ローマ法王庁に認可されず。愛国会が独自に認めた司教がいるため。バチカンは長く、適切な任命プロセスを踏んで愛国会の司教を選定させるよう中国へ求めてきました。

 その一方でバチカンが任命していながらも愛国会が認めず。中国で迫害を受けているカトリック司教も少なくありません。また、家の教会などに代表される。中国系宗派の教会が破壊され、信者も虐待を受けている現状に。バチカンは以前より懸念を示しています。中には、年老いてなお地下教会で中国政府に抵抗しながら。カトリック信仰を曲げない司教もいるため。バチカンは人道的側面から。一刻も早く中国との国交改善を念頭に、弾圧されている司教を救うべきと考えているのです。

 そのためにも、2018年3月末の交渉で一度破談となった。共産党の差し金で選ばれた、愛国会の司教を正式に迎え入れる要求は認めざるを得ず。ヨーロッパ社会からは非難の声が挙がろうとも、法王フランシスコをはじめ。ローマ法王庁は迫害されている司教の権威回復に臨もうとしているのです。

中国の内外統制

 そして中国政府も、法改正で宗教への弾圧を強めつつ。異端とするカトリック教会の考えに譲歩する姿勢を示したのには2つの狙いがあります。1つは、中国内で勢いを増しつつある各宗教の中国化に反対する国内世論へのけん制。もう1つは、実質的な独立国家の台湾を国際社会から孤立させる外交的な策略です。

 中国では約1億人ものキリスト教徒が住んでいるとされ、カトリック教徒だけでも約6000万人もの信者を抱えています。加えて、イスラム、ユダヤ、ヒンドゥー、仏教を含めた世界5大宗教の信者は2億人を超えているため。共産党政府は激増する宗教信者への統制に追われています。特に改正宗教事務条例を2018年2年に施行してから。各宗教団体を取りまとめる、国家宗教事務局が共産党中央政府の直轄組織化されるなど。愛国心を絡めた宗教信仰を強要しようとする流れが加速しているのです。そして共産党の方針に従わない宗教関係者を懐柔するため。中国は存在感が際立つカトリック教徒の司教任命軒問題の解決から誠意を表し、他宗教の統制を敷く腹積もりでいるのです。

 暫定合意の署名は中国だけでなく。バチカンと国交を結んでいる、台湾の国際的な立場にも影響を与えかねません。チャイナビジネスが世界を席捲している昨今。台湾を独立国として承認していた国々が、中国との経済関係を理由に足並みを揃えて国交を断絶しつつあります。ただし中国が、台湾との国交を維持するバチカンを疎ましく。目障りな関係と見る理由は、ビジネスに由来するものではなく。中国のカトリック教徒を刺激し、共産党へ歯向かうキッカケを作ることさえ容易い。宗教国家バチカンの恐ろしさを盾に、台湾が国際的立場を維持している点にあります。故に、今後バチカンとの正式合意に向けた擦り合わせた先。展開によっては、バチカンと台湾との国交を断絶させることも可能だと。中国共産党は鼻息を荒くしています。

両国の接近に緊張感走る台湾

 対立する巨大な経済大国の宗教統制策によって、台湾ではバチカンの国交が維持されるのか。大きな関心事になりつつあります。とは言え2018年に入り、既に3ヵ国もの国々と国交が失われている現実から。このままバチカンとの国交も断絶させるだろうと考える声が、台湾世論の大勢を占めつつあります。

 それでも台湾との国交を維持する。グアテマラを除く16の国々は暫定合意を踏まえ、2018年10月3日に国際社会へ訴えを起こしました。12ヵ国は国連の政治問題担当事務次長宛に連名で、3ヵ国は個別に国連事務総長宛に。それぞれ、台湾の国連機関参加を認める書簡を提出したのです。また、暫定合意の当事国であるバチカンは書簡への署名は避けたものの。連名書簡の提出に同行し、政治問題担当事務次長との面会を果たしています。さらに書簡提出前に行われた。国連総会における各国の一般討論演説でも、12ヵ国は揃って台湾支持を表明。残る4ヵ国も文書などで台湾の独立を認めるなど。数少なくなった台湾を承認する国家間の連携が密になりつつあります。

 キリスト教の基本精神は博愛思想で、人々を等しく愛することを重んじます。奇しくも、その博愛を国是とするバチカンの暫定合意によって波及した。台湾の国交断絶危機は、16ヵ国の台湾承認国家による博愛によって結束が固められつつあるのです。

2つの中国と国交を築けるか?

 宗教弾圧を一層強めている中国の要求を呑むのは、バチカンとしても本望ではありません。ですが、カトリック教徒だけでなく。キリスト教全般が中国化しつつある現状をローマ法王庁は看過できないのです。他方、司教任命権を餌にバチカンへ暫定合意条件を呑ませた。中国の外交手法は横暴ながらも、陰では増え続ける宗教信者に恐怖心を抱き。反乱を未然に防ごうと急いている様子も伺えます。台湾への直接統治への野望を暗に示したのも、その綻びと言えるでしょう。

 しかし、国連に宛てられた連名書簡の一件から。台湾は少なくとも16ヵ国の国々と結ばれた国交関係をより強固にしたのです。そういった意味では、中国が当初。暫定合意後に思い描いていた絵とは異なる状況が生まれていると言っても差し支えありません。今回の暫定合意で妥協したとは言え、バチカンが連名書簡の動きを重く受け止め。今後の中国との国交回復交渉を有利に運べれば、台湾との関係にヒビを入れることなく。2つの中国と国交を持つことも不可能ではないでしょう。