2018年モルディブ大統領選挙と一帯一路の影

 モルディブにて2018年9月21日に実施された大統領選で新印派のイブラヒム・ソリ当選し、中国の一帯一路政策に待ったがかかりました。強権的な親中政策を敷いてきたアブドラ・ヤミーン政権によって、中国企業によるインフラ開発が進んだ結果。モルディブは自国GDPの3割に迫る借金を抱え、国民が政権の方針へ敏感に反応したのです。

他国依存と強権政治の歴史

 インド洋に浮かぶモルディブは、古くから海上貿易の拠点として重要視される係争地でした。ポルトガルの支配に始まり、オランダが統治した後、イギリス保護下から独立するまで、モルディブは農水産物輸出を柱とする経済体制を堅持しました。ですが、第二次大戦の影響を懸念したフーラ王朝が貿易事業を国有化すると、モルディブ国内の経済は食糧事情と合わせて急速に悪化します。次第に国民の不満は民主化運動という形で現れ、南部ではスバディバ連合共和国を名乗ってイギリス依存の国家を築こうとする動きが活発化。国家樹立は防いだもの、1968年にフーラ王朝は崩壊しました。

 変わって初代大統領となったイブラヒム・ナシルによって、モルディブ経済を支える農水産業と観光業の基盤化が達成されるも、次第に政敵を抹殺する権威主義へ傾倒したため、2代目大統領となるマウムーン・アブドル・ガユーン一派によって、ナシルは国外亡命を余儀なくされます。しかし、大統領に就任したガユーンも下地として残った権威主義を利用し、30年にも及ぶ独裁政権を築き上げ、政治腐敗や人権侵害を助長してきました。その後、強権的な国家体制を打倒しようとモルディブ民主党(MDP)を結党した、モハメド・ナシードが2008年に大統領へ就任しますが、諸外国からは借金返済に迫られ、リーマンショックによる大不況の打開策も見いだせず。ガユーン支持者たちによる軍事クーデターにより、ナシード個人がイギリスへ亡命する事態に発展。2013年にガユーンと腹違いの弟に当たる、モルディブ進歩党(PPM)のヤミーンが大統領となりました。

 他国との交易で築かれた海外依存の経済体制、そして共和制草創期に定着した強権的な政治風潮。この2点を抑えれば、モルディブ治世がいかに国家元首の横柄さによって混乱してきたか理解できると思います。そして、中国の一帯一路政策によって生まれた借金も、強権政治を受け継ぐヤミーン政権によって作り出されたと言わざるを得ません。

一帯一路の推進とMDPの懸念

 政権を掴んだヤミーンは例に漏れず、就任間もなく政敵と目される人物を次々に逮捕していきました。そして、伝統的にインドとの国交を重要視してきたモルディブ社会の意に反して、中国へ接近する政策へ舵を取ったのです。周辺地域の均衡を崩しかねない動きに、後ろ盾として支えた元独裁者ガユーンも懸念を示しましたが、ヤミーンは聞き入れようとせず、2018年2月には非常事態宣言を発令してガユーンらを逮捕しました。

 支持基盤を崩してでもヤミーンが中国に取り入る理由は、立ち遅れているインフラ開発を借金してでも推進したい単純明快なものです。ガユーンによる独裁体制によって過去、国連から世界最貧国と評価されるほど経済事情が悪かったモルディブ。インフラ開発の立ち遅れは否めず、なおかつ2004年のスマトラ島沖地震によって既存インフラの脆さが露呈しました。ですが、インフラ再建を託されたナシード政権は社会福祉政策の浸透を優先したため、ヤミーンを支持する右派国民からは不満の声が増していたのです。そこに舞い込んできたのが、中国企業から借金をしてインフラ開発を進める一帯一路の話で、ヤミーン政権は国の命運を対中関係に賭ける判断を下しました。

 インフラ開発はすぐに動き出します。ヤミーンが大統領へ就任した翌年には中国の習近平首相がモルディブを訪れ、中国政府が融資する国営企業によってインフラ開発を進める指針がまとめられた末、空港の拡張、首都と空港を結ぶ鉄橋、病院を含めた複合高層ビルの建設が始まります。以来、中国系企業からの借金は急激に増加し、諸外国に対する借金額のうち8割近くが中国関連の借金となりました。それだけでなく、ヤミーンは長くモルディブの安全保障を支えてきた駐留インド軍の国外退去を命じ、駐留先として使われていた島を中国へ譲渡する方針も打ち出し、進む一帯一路に絡む土地不正取引と絡めてMDPを筆頭とする諸政党から強く非難されます。

 ですが、伝統的に重んじてきたインドとの外交は、モルディブの経済事情を激変させる起爆剤とはなり得ないため、ヤミーンやPPMの方針を称賛する国民は数多く、かつてナシードやMDPが推進した地域調和を望む国民と真っ向から対立した結果。PPMが掲げる一帯一路構想を支持する親中派、MDPが示す借金増加への懸念を案じる新印派、双方の世論がぶつかることとなりました。

スリランカは借金漬け外交の餌食に

中国資本で開発が進むハンバントン港
※Wikipediaより

 インフラの立ち遅れを課題と捉えた強権者ヤミーンによって、モルディブの重要インフラ新設は着々と進行しています。ただし、代償として中国絡みの借金は膨らみ続け、挙げ句不正な土地取引で一帯一路の拠点造りが実行されているのです。ヤミーンは記者会見で全てモルディブ国民の利益になると雄弁に語っていますが、実際のところ状況を楽観視していると言わざるを得ません。

 一帯一路による港湾開発を進めるも、借金返済の目処がたたず。開発地区の租借権を中国へ与える事態に陥っている、隣国スリランカの二の轍を踏む可能性が非常に高いのです。四半世紀にも及んだ内戦のよって荒廃したスリランカ政府もヤミーンの考えと同じく、潤沢なチャイナマネーによるインフラ開発が見込める、一帯一路に魅力を感じて中国へ近付きました。対して中国も、香港やドバイに並ぶ経済都市を築こうとスリランカに迫り、南部ハンバントタ港の拡張工事に2008年から着手します。しかし、2010年の第一期工事が終了して運用が始まると、期待されていたほどの利益と稼働率を上げられず、スリランカ財政を圧迫する規模の借金が生み出しました。

 手持ち無沙汰となった商業港は、次第に軍事色を帯びはじめます。2014年に中国海軍艦船のハンバントタ寄港が確認されると、スリランカと関係が深いインドは警戒感を表し、スリランカ国民も中国によるインフラ開発へ疑念を抱くようになります。とは言え、既に借金として中国から借り入れた額はスリランカ政府がまともに返済できる金額ではなく、2017年6月には中国に99年にも及ぶハンバントタ港の租借権を認めました。

 現地雇用にも悪影響が出ています。かつて、ハンバントタ港は一般市民でも自由に行き来できましたが、一帯一路に基づく開発がはじまると、スリランカ企業は中国系企業に圧されて自由に交易が出来なくなり、働いていたスリランカ人の雇用も不安定となりました。以来、監視が敷かれるハンバントタ港の門でデモ隊行進が実施されるなど、現地住民の抵抗が続いているのです。

反ヤミーン票が集まった末…

 中国資本の開発によって膨大な借金を背負わされ、リース契約の末、結局は中国が主導して開発インフラを運営に当たる。中国政府の策略によって、スリランカは帝国主義の植民地とも揶揄される借金漬け外交の餌食となったのです。それでも、中国との関係強化を推し進めるヤミーン政権の姿勢は、大統領選挙を経て否定されることになりました。

 そもそも、大統領選挙そのものが公平に実施されるのか怪しまれるほど、ヤミーン政権の強権政治は行き届いていました。ヤミーンは2018年1月末に最高裁から無罪を言い渡されたMDP所属の国家議員釈放に反対し、2月5日に非常事態宣言を発令して憲法を一時停止。最高裁長官だけでなく、前出した通り元大統領ガユーンも逮捕するなど、強引な司法介入を実施しました。当然、この非常事態宣言に嫌悪感を覚える国民は多く、中には支持基盤であるはずのPPM支持者もヤミーンの姿勢に恐怖を抱いたのです。そうした歪みが、ヤミーン政権の求心力を低下させ、ナシードの右腕だったソリへの支持を急速に集めるキッカケとなりました。

 選挙当日にMDP本部を警察に抑えさせ、報道規制を加えたにも関わらず。ヤミーンが3万票以上の票数差をつけられてMDP所属のソリに敗北したのは、行き過ぎた独裁体制を貫いたヤミーンに嫌気が差した国民の声と言っても過言ではないのです。ヤミーンは選挙後、票の不正操作があったとして最高裁に訴えたものの、欧米各国は端から今回の選挙を不平等条件下で実施されたものだと強く非難しており、ヤミーンの明らかに恣意的な訴えによって政権交代が妨げられないか。モルディブ国民だけでなく、一帯一路に警戒する欧米やインド、そして借金漬け外交でモルディブの拠点化を狙う中国、それぞれの立場で動向を注視しています。

借金返済は前途多難

 モルディブの民主化を推し進めてきたMDPが再び政権に返り咲けば、インドやサウジアラビアなど周辺国との協調性を重視した政策転換が行われ、亡命を余儀なくされているナシード元大統領も祖国も地へ戻ることも叶うでしょう。それでも、ヤミーン政権下で積み上げられた借金は国家財政に重くのしかかり、ナシードが政権を握った頃の様に社会福祉政策を優先する姿勢は崩していかなくてはなりません。

 特段、一帯一路に絡んだ中国との交易関係を絶つことは実質不可能なため、新たに発足するソリ政権がナシードの圧力に屈せず、いかにインフラ開発で発生した借金を調整していくのか。今後正念場を迎えるでしょう。