旭日旗を禁じた韓国の国威発揚観艦式

 韓国の済州島沖にて開催された国際観艦式において、日本が自衛艦旗として使用する旭日旗の掲揚自粛を求められ、海上自衛隊の艦船が参加を見送る事態に発展しました。一方、韓国で英雄視される李舜臣(イ・スンジン)の象徴とする師字旗が韓国艦船に掲げられ、日本側が嫌悪感を滲ませるなど、日韓の外交関係に緊張が走っています。

なぜ旭日旗はダメで、師字旗はよい?

 事は2018年10月2日、韓国国会外交統一委員会にて旭日旗に関する罰則規定が発議されたことに始まります。第二次大戦以前に旧日本軍が掲げていた旭日旗は、朝鮮が日本に蹂躙されていた時代の象徴する戦犯旗として韓国では忌み嫌われています。折しも2018年に入って南北融和を進展させた与党・共に民主党としては、ナショナリズムを押し上げたい狙いがあり、外交関係を軽視しかねない踏み込んだ議論が展開される運びとなったのです。

 その影響が国際観艦式へ波及したのは言うまでもありません。旭日旗を国際ルールに則り、自衛艦旗として掲揚を義務付けている海上自衛隊としては韓国側の動きを容認できず。事実上、旭日旗掲揚を禁止する条件で観艦式に招待されたことも相まって、海上自衛隊は艦船派遣を見送ることとしました。にも関わらず、韓国政府が李氏朝鮮時代に掲げられていたとする、李舜臣の師字旗を自国船舶に掲揚したため、日本側が激しく嫌悪感を持つことになりました。就任間もない岩屋毅防衛大臣も、「日韓で話し合いができることになれば、先般のことは非常に残念だと思っている(産経新聞記事より)」と失意のコメントを発表しています。

 反日の象徴とされる旭日旗は禁じられ、抗日の象徴と定義されている師字旗の掲揚は許される。外交上不謹慎な扱いを受けた日本政府としては慰安婦財団の解散話も含め、韓国への失望感が高まっているのです。

旭日旗の歴史と文化

在日米陸軍航空大隊のエンブレム
※Wikipediaより

 とは言え日本政府が旭日旗の扱いに対して、なぜシビアな対応をしているのか。よく分からない読者の方々も少なくないと思いますので、旭日旗が誕生した経緯と文化への影響について軽く触れていきます。

 旭日旗は遅くとも江戸時代より縁起物として祀られたのが起源で、元々は軍旗ではなく一般市民の祝いの席で掲揚される旗でした。それを明治維新の際、新政府軍が自らの軍旗を旭日旗と定めたため、そのまま旧日本軍は陸海軍共に旭日旗を軍旗として制定したのです。故に、二次大戦が終結するまで旭日旗は日本各地だけでなく、植民地であった韓国でも日常的に掲げられていました。現在でも漁師の大漁旗や大型トラックのステッカー、スポーツ観戦の応援旗として振られるなど、強さと象徴するデザインとして日本社会に溶け込んでいます。

 海外、特にアメリカでも、旭日旗は勇ましさを示すものとして根強い人気があります。欧米圏へ旭日旗が伝わったのは、浮世絵や日本からの輸入商品によるものですが、敵対勢力の強さに敬意を払うアメリカ独自の文化によって、二次大戦後に旭日旗デザインはアメリカカルチャーへ多大な影響を与えることとなりました。今日では、アメコミ作品、ハリウッド映画、バンドのCDジャケットなどで用いられることもあり、勇ましさの象徴として使われるケースは大半です。在日アメリカ軍の部隊エンブレムも旭日旗を下地に作成されたデザインが目立ち、少なくともアメリカ社会が二次大戦を経て、旭日旗を肯定的に見ている風潮が窺えます。

 それに日本とアメリカは長く、世界の大衆文化に強い影響力を与えてきた2国です。凛々しさを表す旭日旗のブランドイメージは二次大戦後、旧西側諸国を中心にメディアを通じて根付いたと考えても言い過ぎではないでしょう。

韓国における旭日旗

 メディア作品を通じて旭日旗が世界に認められる日本の旗印となったとすれば、長く軍事政権下で強い言論統制が敷かれていた韓国では、燻る抗日感情を含めて余計に旭日旗への嫌悪感が醸成されたと見るのも筋違いではありません。

 李氏朝鮮の崩壊時に清やロシア寄りの立場を執ってきた人々にとっては、なぜ16世紀末に朝鮮の国土を荒らした日本人に近寄らねばならないのか納得できず、大韓帝国が日本へ併合されても支配体制に疑念を持つ朝鮮世論は収束しませんでした。間もなく、日本側が朝鮮文化をないがしろにする同化政策を強行、従わない朝鮮人には容赦なく暴力的弾圧を加えたため、抗日運動は二次大戦終戦後も延々と続きます。こうした流れが朝鮮戦争休戦後の韓国社会に教訓として残り、その後成立した軍事独裁政権は「旭日旗=朝鮮民族を虐げてきた日本人の象徴」として、兵役やメディア規制を通じて国民へ浸透が図られました。

 ただし、韓国でも旭日旗に反感を持っているのは軍政時代を知る中高年が中心で、民主化が達成された韓国社会を生きてきた比較的若い世代は、韓国政府やマスコミが騒いでいる旭日旗問題を白い眼で見ています。昨今のK-POPブームが世界へ伝播していく過程で、芸能人が旭日旗をあしらったアイテムを着用することもあり、旭日旗に好意的な印象を受けている若者も少なくありません。一方、韓国政府やマスコミが煽る旭日旗への悪いイメージを支持しているのは俗に言うネット右翼ばかりで、経済構造を海外へ依存している韓国社会の孤立を促しているとさえ揶揄されています。韓国の若者にとって喫緊の問題は「韓国人学生が日本企業へ就職する理由」で触れている様に、将来安定した生活基盤を築けるかであって、南北融和をキッカケに国威発揚を狙う韓国政府の姿勢に嫌気が差しているのです。

 つまるところ、旧来の「旭日旗=悪」というイメージが刷り込まれている中高年層・政府・マスコミ・ネット右翼が旭日旗問題を悪化させている訳で、若者世代は財政破綻の危機に瀕している韓国経済の実情を踏まえ、面倒な旭日旗問題における韓国政府の姿勢に呆れているのです。

師字旗以外の外交問題

アメリカ軍に持ち帰られた師字旗
※Wikipediaより

 世界的な「旭日旗=勇ましさの象徴」という見方は韓国の若者にも影響を与えており、今回の観艦式で韓国社会を牽引している中高年との認識違いが浮き彫りとなったと言えるでしょう。ただ観艦式では旭日旗に関連する話題だけでなく、韓国政府が英雄・李舜臣の象徴とする師字旗を掲揚したことも槍玉に挙げられています。

 では、韓国における師字旗の扱いはいかがなものかと言うと、本当に李舜臣率いる朝鮮水軍の象徴として掲揚されていたのか疑問視されているのです。師字旗が掲げていた記録が明確に残る最古の記録は1871年、アメリカ船が朝鮮側の砲撃で沈められた報復からアメリカ軍が江華島を攻撃した。辛羊洋擾の際に回収された師字旗で、その戦利品だった師字旗が今回の観艦式で大々的に披露されたのです。ここで注目したいのは、韓国政府の公式見解として師字旗が李舜臣を象徴する旗だったとしている点です。実は師字旗自体、李氏朝鮮が朝貢していた明や清でも掲げられていた旗であり、朝鮮水軍が独自に掲揚した軍旗ではありません。それを英雄が掲げた朝鮮水軍を象徴する旗として、交渉の末にアメリカから取り戻した19世紀の師字旗をクローズアップするのは違和感ある話なのです。

 それだけでなく、韓国は観艦式にて現存する最古の太極旗「デニー太極旗」も掲揚しました。デニー太極旗はアメリカ人外交顧問のオーウェン・デニーが李氏朝鮮の皇帝高宗から賜ったとされる太極旗であり、師字旗の掲揚と揃って明らかな国威発揚として海外メディアから注目されました。しかも、デニー太極旗が掲げられたのが、日韓双方が領有権を主張する竹島(韓国名:独島)の名を冠する強襲揚陸艦・独島で、旭日旗の一件以外にも日本を刺激しかねない式典を韓国は執り行ったのです。日本国内では旭日旗報道が先行して埋もれていますが、独島の名を冠する艦船にて一際目立つ国旗を掲揚した行為に日本政府が抗議したのは言うまでもありません。

 一連の動きから分かるように、今回の観艦式は日本の立場を重んじない。韓国のナショナリズム高揚が優先された観艦式だった事実は否定できません。しかも、掲げられた師字旗そのものが朝鮮固有の旗でないのなら、歴史修正主義だと非難されても仕方がない行為を外交の場で堂々と実施したと、国際社会が判断しかねないのです。

東アジアに不和をもたらす危険

 旭日旗の掲揚禁止だけにとどまらず、固有の旗ではない疑いのある師字旗の掲揚、艦船・独島で最古の太極旗を掲揚した行為など、今回の観艦式で韓国は日本政府に対してあまりにも慇懃無礼な態度を示しました。当然、日本側は黙ってはおらず、2018年内に予定されていた文在寅(ムン・ジェイン)大統領の来日を白紙撤回する報復措置を執りました。北朝鮮問題も山積する東アジアの国際情勢において、日韓に生じた外交上のヒビは地域の安全保障環境に今後じわじわと影響を与えかねません。

 一方、韓国でも旭日旗に対して嫌悪感を抱いているのは責任世代に当たる中高年以上で、若年層は国の不利益に大いにつながる国威発揚に不快感を抱いています。国際的な孤立を深めないためにも、韓国政府は次世代を担う若者の意見も拾っていかなくてはなりません。