バナナ共和国ホンジュラスの歴史

 中米ホンジュラスを起点とする移民キャラバンがアメリカを目指して北上しています。貧困と暴力が蔓延する生活から逃れるため、2018年に入ってから既に2度実施されている移民キャラバンですが、その根源的な原因はアメリカによるバナナやコーヒーの農園開発、中米内戦による軍事支援といった歴史が尾を引いています。

移民キャラバンと治安問題

 「ホンジュラスからアメリカを目指す移民キャラバン」で執筆した通り、移民キャラバンは長年続く貧困から抜け出したいホンジュラス国民と支援者らによって結成されました。ホンジュラスでは2009年、時の大統領マヌエル・セラヤが自身の再選を可能とする憲法改正を目指したことを引き金に軍事クーデターが発生。現職大統領が国外に亡命して間もなく、当時の与党・自由党内の反セラヤ派が暫定政権を樹立したことで国際社会からの非難が相次ぎ、各国との外交関係に亀裂が生じました。

 以来、サンホセ・テグシガルパ合意で一応の事態収束が図られたものの、次に政権を担った国民党のポルフィリオ・ロボ・ソサ政権は失った国際社会との関係修復を優先したため、クーデターによって荒れた内政事情は悪化の一途をたどります。加えて、ロボ政権は腐敗が蔓延していた警察組織の正常化を諦めて軍警察を新たに創設したため、治安維持体制が揺らいで犯罪組織が再活性化しました。2012年には殺人被害者数が7,172人となり、ホンジュラスの治安情勢は過去最悪レベルに陥ります。

 続くフアン・オルランド・エルナンデス政権に変わると、周辺国の資金援助による腐敗撲滅プログラムが推進されて犯罪件数や殺人被害者数は減少したものの、国会審議を経ずに憲法が規定する大統領の再選禁止が違憲だとする訴えを最高裁に認めさせ、ホンジュラス政界に危機意識を広げました。そして2017年12月に実施された大統領選でオルランドが勝利すると、再選までのプロセスが独裁的だとする批判が過熱してホンジュラス各地では抗議デモが実施されます。対してオルランド政権は非常事態宣言を発令、軍警察を出動させてデモを鎮圧しました。

 こうした不安定な政治情勢から、全人口の6割以上を占める貧困層の生活状況はギャングの取り締まりが強化されても変化せず、権力に絶望する国民は年々増加していったのです。これを見かねた野党・自由再建党の元国会議員バルトロ・フエンテスは関係機関と連携して2018年3月、発足間もない第2期オルランド政権へ反発するかのごとくホーリーウィークキャラバンを実施。同年10月にアメリカを目指す大規模移民キャラバンが結成される主要因となりました。

建国期からバナナ共和国まで

 直近の歴史だけ振り返っても、ホンジュラス政界が如何に国民と向き合っていないか。市井の人々が、権力者の腐敗に嫌気が差していたのかうかがえると思います。ただ、政治経済が貧弱となった根本的な理由を探るとなれば、話は建国間もない時期にまでさかのぼらなければなりません。

建国間もなく債務国に

 19世紀の独立闘争期、ホンジュラスは頻発する内戦の戦費を獲得するためイギリスとアメリカより多額の借金を負います。これらの負債は分裂した中央アメリカ連邦共和国名義で締結した契約が多く、旧加盟国は両国の裁量で振り分けられた負債を順次返済していました。しかし、ホンジュラスは振り分けられた借金を一切返しておらず、新たな借入できる状況ではありませんでしたが、交渉団を用いて鉄道建設費名目による新たな借金をイギリスより獲得します。にも関わらず、融資された資金の大半が交渉団員や欧米ブローカーの懐へ着服されたため、ホンジュラスは信用の置けない債務国家の烙印を押されてしまいます。

 1870年代に入るとホンジュラスは慢性的な借金問題を解決するため市場の自由化を敢行、バナナやコーヒー農園の開発を推し進めました。しかしその中身は、欧米企業の進出を促してインフラ開発を推し進める内容で、自国資本で産業を作り出そうと計画する考えではありませんでした。この方針が、後にホンジュラスの歴史を対外債務依存へ突き落す直接のキッカケとなります。

バナナ共和国の誕生

 20世紀に入ると、財力を背景にしてアメリカ企業がホンジュラス政界に強い影響力を持ちます。クヤルメ・フルーツ社をバックに抱える自由党、ユナイデット・フルーツ社が支援する国民党による二党体制の確立は、バナナ栽培に必要なインフラ開発をアメリカ企業へ依存する社会構造を生み出しました。

 中米における大規模なバナナ農園開発へ最初に踏み切ったのがユナイデット社で、鉄道建設の資金難から沿線にバナナを植える戦略が成功して巨万の富を築き、いつしか中米各国の政府が抗えない巨大企業となります。その後、後発のクヤメル社が中米で開発が最も遅れていたホンジュラスへ目を付け、政府のインフラ開発を担う代わりに開発地域の零細バナナ農園を買収、ホンジュラス政界と太いパイプを持つこととなりました。また、バナナの輸出港となる湾岸都市ではバナナ関連企業に勤める社員向けの高級住宅街も建設され、次第に国内の経済格差が目に見えてわかる形で現れはじめます。

 バナナ企業間でも市場競争が激化しますが、最終的にはクヤメル社が事業拡大によってスタンダード・フルーツ社となり、ユナイデット社の筆頭株主となったことで一応の収束を見ます。しかし、組織統一が実現したバナナ企業は国民党に肩入れする態度を示し、自由党支持者が弾圧対象となったことで二大政党制は一度崩壊しました。以後、自由党が再興して政権を担う時期があっても、国民党による強権体制下で構築されたバナナ企業との癒着関係は崩せない強固なものとなっており、政治家が実業家に逆らえないホンジュラス独自の社会風潮が形成されます。

周辺国の内戦による治安悪化

 バナナ共和国と呼称されるまでにホンジュラス社会に根付いたアメリカのバナナ企業は、ホンジュラスが苦悩していたインフラ開発を担うと共に、ホンジュラス資本による産業発展を阻害する歴史を歩ませることになりました。ただし、第二次大戦期に安定した国民党強権政権が誕生したことでバナナ企業の利権は守れることとなり、続く軍事政権の働きによって周辺国と歩調を合わせた内戦に陥ることはありませんでした。一方、中米紛争における中継地点として機能した国内事情がギャングを根付かせる主要因となり、90年代に入ってから急速な治安悪化を促すことになりました。

中米内戦の煽り

 二次大戦中から戦後復興期のホンジュラスは、国民党の一党独裁による安定期でした。曲がりなりにも自由党を弾圧したことで国内反乱は激減し、巨大バナナ企業というパトロンを手に入れた国民党に対抗できる政党が存在しなかったため、50年代の世界的な回復景気の波を上手く捉えて近代化に成功します。しかし同時に対外債務は爆発的に膨れ上がり、ホンジュラスの財政事情は次第に資本主義の病魔に侵されました。

 それまで声を挙げられずにいたバナナ農園の労働者達が待遇改善を求めてストライキを起こすなど、戦後の経済回復による歪みも目立ちはじめ国民党は自由党との協調路線を模索しますが、バナナ企業の意向に逆らえない政界の様相は国民の怒りを増幅させていきました。結局、政治の混乱は軍部による政治介入が実施されるまで収まらず、ホンジュラスは1982年まで軍政時代に突入します。ただ、雇われ身だった小作農へ土地を分配するなど、軍事政権はストライキの主要因だった労働者待遇の改善に積極的だったため、内戦の火種を鎮火することに成功したのです。ただ軍事政権は強権的な側面も持ち合わせており、反体制派の人物を秘密裏に粛清する行為も躊躇しませんでした。

 そんな折、周辺国では支配層と国民との対立が戦闘に発展して内戦が起こります。中米地域の中心に位置するホンジュラスには多数の難民が押し寄せ、軍事政権は建前上不干渉を表明しますが反政府勢力への警戒を強めます。一方で周辺国の混乱はホンジュラス軍の内部腐敗を急速に進め、南米で勢力を伸ばしつつあった麻薬組織の拠点化も同時に進行しました。そうした軍の内部事情から民政移管を求める声が高まって1982年に二大政党制が復活しますが、中米の共産化を警戒するアメリカ側の意向を無視することができず、結局は軍部の息がかかった政策を推進せざるを得なくなります。民政移管によって揺らいだ政界が、ホンジュラスに麻薬組織を根付かせるキッカケとなったのです。

麻薬ギャングが根付く国家へ

 戦後の世界経済回復で上向き調子だった情勢が内戦で一転して、ホンジュラスは腐敗と汚職が蔓延する不健全国家となります。その後、追い打ちをかけるかのように1995年には徴兵制が廃止されたことで若年男性が職を失い、アメリカから流入したギャングへ入団する悪循環が生まれ、取り締まる側の軍や警察の権威も失墜することになりました。

 中米の諸紛争が終結した90年代前半、ホンジュラスは荒みきっていました。紛争中に確立した武器麻薬ビジネスが活性化し、治安悪化を懸念した国民は職を求めてアメリカへ移民します。国内では公権力も麻薬組織の影響を受け、紛争介入を目的に支援を受けたアメリカからの借金も膨れ上がり、国際社会からの新規投資も激減します。通貨レンピアの急速なインフレにも歯止めがかからず、民営化したインフラ企業へ納めるサービス費用も上昇しました。さらに、1998年のハリケーンによってバナナ農園が大打撃を受けたことで各国から借金返済期間の猶予を獲得しますが、相対して麻薬組織の影響は二大政党にも浸透していきました。

 この背景にはアメリカで1996年に成立した移民責任法によって、中米各国の紛争により不法移民として流入した人々が祖国へ強制送還された点が大きく関係しています。貧困から満足な教育を受けていない中米の人々がアメリカで安定した職へ就くことは難しく、次第にアメリカギャングの影響を受けた「マラス」と呼ばれるギャングを組織します。そして移民責任法によってマラス構成員がホンジュラスにも流入して、資産家や公権力などと黒い関係を急速に築きました。

 21世紀に入ると、時の政権は麻薬組織の取り締まり強化だけでなく政治家や公権力の汚職撲滅を掲げて一定の成果を挙げますが、前出の軍事クーデターを経てホンジュラスは史上最悪と揶揄されるまで治安が悪化します。こうした黒い歴史の積み重ねから国民は政治に何ら期待しなくなり、移民キャラバンによる国外逃亡が広まることになりました。国内に蔓延るギャングや汚職権力から逃れるためにも、移民キャラバンへ参加したホンジュラス人たちは決死の覚悟でアメリカを目指しているのです。

腐敗がホンジュラスを崩壊させた

 独立内戦の戦費調達から始まり、バナナやコーヒーの農園開発をアメリカ資本へ依存した結果、ホンジュラスは他国からの借金返済に追われる歴史を歩まざるを得なくなりました。二次大戦後も軍事強権の腐敗によって麻薬組織やギャングが進出する土壌が生まれ、同時に政治腐敗も進行する事態を招いたのです。

 不安定な国内情勢は国民を苦しめ、遂には移民キャラバンという社会問題によって限界が示されたのです。迫りくる人々に対してアメリカ・トランプ政権は国境の壁の警備を強化する防衛策へ打って出ていますが、本来アメリカはホンジュラスに対して治安悪化を誘発した。道義的責任を負わねばならない立場と言っても差し支えないのです。