フランスが注視しているニューカレドニア独立選挙

 フランスが海外領土として間接統治するニューカレドニアの独立を問う住民投票が2018年11月4日実施されるも、反対票が過半数を超えて独立しませんでした。国連が植民地状態の地域を記載した非自治地域リストに掲載されているニューカレドニアでは、長年のフランス帰属を支持する残留派と、国家樹立を目指す独立派とのいがみ合いが続いています。

半世紀以上もの独立運動

 ニューカレドニアでは第二次大戦後に独立運動が過熱して、80年代には宗主国フランスを震撼させる事件を起こしています。戦後の緊張感緩和でニューカレドニアでは社会主義政党ユニオン・カレドニエン(UC)が結成されるも、フランスと共存を望む勢力と独立国家の建国を目指す先住民カナックを中心とした勢力が対立、1979年にはカナックの独立派が独立前線(FI)を結党して緊張感が高まります。

 FIはその後の政治混乱から、独立勢力を糾合発展して社会主義カナック民族解放戦線(FLNKS)となり、1984年のニューカレドニア議会選挙でフランスが干渉する政治体制に異議を唱えるため投票ボイコットを呼びかけました。その後FLNKSなどの独立勢力が地方議会で多数派となり政権中枢を掌握すると、翌年には強引に暫定政府を立ち上げてフランスから一方的な独立宣言をします。支配体制の揺らぎを受け止めてフランスは1987年に独立の是非を問う住民投票を実施、98.3%の反対票を獲得して法的根拠を作りますが、FLNKSの投票ボイコットキャンペーンにより投票率が59.1%となる当てにならない結果となりました。翌1988年には大統領選挙のタイミングで独立過激派が島内のフランス憲兵隊寄宿舎を襲撃の末に施設関係者を拉致、フランスより軍特殊部隊が派遣されて独立過激派を虐殺する事件が発生しました。

 遠く離れた海外領土で発生した虐殺事件はフランス本国でも問題視され、すぐにニューカレドニアの自治権拡大を約束したマティニョン合意が締結されましたが、独立過激派の反乱事件は90年代前半まで沈黙を見せませんでした。しかしマティニョン合意に基づいたプロセスによる協議が着実に進められると、独立に向けた具体的な規定を定めるヌメア協定が1998年に策定されます。その際、ニューカレドニア市民権や公式旗が新たに設けられ、独立是非を問う住民投票を2018年までに1度実施することなども取り決められました。

ヌメア協定に基づく第1回独立選挙

 FLNKSや独立過激派が起こした事件によってニューカレドニアは独立実現へ一歩前進しましたが、予てより問題視されていたフランス系住民カルドッシュとカナックとの社会格差は増して悪化しました。相次ぐ独立闘争によってカナックに対する敵対心が煽られただけでなく、地域の主要採掘物ニッケルの国際価格下落も相まってニューカレドニア財政は厳しくなり、フランスからの支援金も年々増加していきます。

 独立を目指していたカナックからも次第にフランス帰属を望む声も高まりましたが、ニューカレドニア議会はヌメア協定のプロセスに沿って、2018年3月に独立を問う住民投票日を同年11月4日に実施することを正式決定しました。フランス政府もニューカレドニア議会の判断を尊重して中立の立場を表明し、同年5月にはエマニュエル・マクロン大統領がニューカレドニアへ訪れて、ニューカレドニア占領証書を現地歴史資料館に寄贈するなどカナックを敬った姿勢を示しました。ですが多くのカルドッシュからは占領証書がフランス本国から離れることで民族意識が刺激され、カナックの独立主義者が増長しかねないと警戒されフランス帰属支持を後押しする風潮が優勢となります。

 その結果、独立賛成が43.6%、反対が56.4%となり、カナック30年越しの悲願は達成されませんでした。現実的な財政の厳しさから反対票を投じたカナックも多く、独立への期待は次回選挙へ持ち越されたのです。

世界有数のニッケル産出地を取り巻く変化

中国による開発が進むバヌアツ首都ポートビラ
※Wikipediaより

 虐殺事件の記憶が鮮明に残る独立派カナックにとって今回の選挙結果に落胆するところですが、歴史的にも財政的にもつながりを維持できたカルドッシュにとっては安堵できる結果となりました。というのも、ニューカレドニアは地球上のニッケル埋蔵量1/4を抱える地域で、選挙で中立宣言したフランスも本音は易々と手放したくない外交上の重要拠点なのです。

 近年、フランスをはじめとする旧西側諸国は中国による太平洋地域の経済開発に神経を尖らせています。特に2018年4月、ニューカレドニアの北部に位置するバヌアツで中国軍基地が建設される可能性があるとオーストラリアメディアが報じて、バヌアツ政府がフェイクニュースだと声明を発表した事件は周辺地域の関心を引きました。バヌアツではシャーロット・サルウェイ首相が2016年に就任して以来、2度中国へ訪問しながらもオセアニアの大国オーストラリアには1度も訪問しておらず、旧西側諸国による安全保障体制が崩れるとの危機感が高まっています。ただバヌアツ政府としては欧米先進国よりも迅速にインフラ計画を履行する中国の姿勢を高く評価しており、バヌアツ国内でも中国によるインフラ開発を好意的に受け取っている国民は少なくありません。

 隣国の親中化が疑われる現状を踏まえれば、太平洋地域の安全保障環境を守ってきたフランスなどの旧西側諸国にとってニューカレドニアの独立は好ましくありません。したがって、フランスとの関係を重んじるカルドッシュの心情が独立反対へ傾くのは不自然でなく、同情するカナック票と合わさってニューカレドニア独立が先延ばしになったとも言えます。

まだ独立への可能性は残されているが…

 中国の海洋進出によって広まる太平洋地域の不協和音はニューカレドニアにも響きつつあり、選挙結果に多少なりとも影響を与えた事実は否定できません。ですが、二次大戦期より暴動事件を経てなお根強く独立を望み続けているカナックの民族感情もないがしろにできず、ニューカレドニア独立問題は新たな局面を迎えています。

 ただし今回の選挙で独立が実現しなくてもヌメア協定の取り決めから、2020年に再び独立を問う選挙が実施される規定となっています。それでも独立が叶わなければ、ニューカレドニア議会のうち1/3議席が再選挙を要求すれば2022年にも独立を問う選挙が行われる可能性もあります。しかしながら2019年には5年に1度のニューカレドニア議会選挙が予定されており、周辺地域の均衡が不安定な状況からもフランス帰属派が優勢となる見立てが強く、2度目の選挙が実施されても3度目まで行われるのかは不透明と言わざるを得ません。

 国際問題に発展した虐殺事件をキッカケに進展した独立への期待が広がって早30年。当時では考えられなかった国際関係の変化によってニューカレドニアの独立が本当に実現するのか、判然としない様相を呈しているのです。

ニューカレドニア独立は地域均衡を崩しかねない

 先住民カナックからすればニューカレドニア独立は1853年から続く植民地状態から脱する上で、自らのアイデンティティを国際社会にアピールするために必要な道筋だと捉えています。一方でフランス系住民カルドッシュは歴史的な経緯を重んじて、フランスへの帰属維持が周辺地域の安定につながると信じています。

 長年続く双方の対立は経済格差など様々な要因からも現れている根深い課題ではありますが、中国の海洋進出が問題をより複雑化させている現実は否めません。仮に独立が決まってフランスの影響力が弱まれば、中国はニッケル採掘の権利を狙って間違いなくニューカレドニアに接近するでしょう。それこそ、今後2年間でアイデンティティの対立を主軸に議論するのか、差し迫った中国への外交策に重きを置いて協議するのかによってニューカレドニアの未来の姿。次回2020年の独立を問う住民投票の結果も大きく変わるでしょう。