中道と右翼の対立うかがえるCDU党首選

 前党首アンゲラ・メルケルの辞任に伴うキリスト教民主同盟(CDU)党首選が2018年12月7日にハンブルクで実施され、ミニ・メルケルの異名を持つアンネグレート・クランプ=カレンバウアー党幹事長が党首を引き継ぎました。CDU古参層から支持を集めていたフリードリヒ・メルツ元ドイツ連邦議会院内総務らを下して、党首選はメルケル政治の意思が引き継がれる結果となりました。

求心力の低下著しいメルケル政権

 シリア難民の受け入れで聖母と称えられたメルケル首相も難民によるテロの数々から支持を失い、2017年連邦議会選挙後には政権発足に半年もの時間を費やしました(詳細は第四次メルケル大連立政権にドイツ国民は不安視するにて)。これに、本来CDUの主流派閥だった右翼議員やバイエルン州の姉妹政党・キリスト社会同盟(CSU)が移民排斥の主張を強め、一時はCDUとCSUによる連立政権が崩壊寸前となりました。

 対して新興極右政党・ドイツのための選択肢(AfD)が連邦議会選挙で第3党に躍り出る大躍進を遂げ、国民の期待に応えない連立政権与党のCDU・CSU・社会民主党(SPD)は失望の眼差しを向けられ続けています。ドイツ政界を長くリードした古参政党への失意は州議会選挙にも如術に表れており、移民の玄関口となるバイエルン州では根強い基盤を持つはずのCSUが大きく議席を落とし、続くヘッセン州議会選挙ではAfDがドイツ全ての州議会で議席獲得に成功しました(詳細はドイツ州議会選挙におけるAfD躍進とメルケルの任責辞任にて)。対して、CDU・CSU・SPDは連続する2度の州議会選挙で比例投票率を10%以上減らす歴史的な大敗を喫したのです。

 中央政府への失望と極右の波には聖母メルケルも抗うことができず、ヘッセン州議会選挙終了後すぐに2018年度内にCDU党首の座を降りる決断を下します。しかし、ドイツ首相として築いてきたEU内での実績は何者にも代えがたく、メルケル自身は首相職を2021年の任期満了まで務める方針を表明しました。

女帝メルケルの後釜を巡って

 欧州の盟主として人権意識を根付かせ、EUの発展に多大なる成果を残した女帝の後を引き継ぐのは誰か。2017年連邦議会選挙でCDUが大きく議席を落として以来、ドイツ国民だけでなくヨーロッパ各国で大きく注目が集まっていました。メルケル自身も危機意識を持って、クランプ=カレンバウアーとシュパーンを連邦議会選挙後のCDU新体制に組み込みます。同時にメルケルによる中道政治によって苦しい立場に置かれていた古参右翼議員たちは、かつて政治闘争に敗れて政界引退に追い込まれたメルツを擁立して党内のかじ取りを奪取しようと動き出しました。

アンネグレート・クランプ=カレンバウアー

アンネグレート・
クランプ=カレンバウアー候補
※Wikipediaより

 メルケルが第4次政権を発足させる際、真っ先に声をかけたのがフランス国境に接するザールラント州首相を務めていたクランプ=カレンバウアーでした。初当選以来ザールラント州の政治家として活躍してきたクランプ=カレンバウアーですが、国政でもドイツ全国アンチドーピング機関の設立に関わるなど一定の存在感を示してきました。

 さらに、SPDに主導権を握られかねない状況で実施された2012年州議会選挙では第1党の座を守り、任期満了に伴う2017年州議会選挙でも政権を死守した州首相クランプ=カレンバウアーの安定感は根強く、中央政府のメルケルから腹心として信頼を置かれる存在となりました。自らの政権基盤が崩壊しつつある状況にメルケルが彼女を頼ったのも過去の手堅い実績からに他ならず、クランプ=カレンバウアー自身も引き立ててくれるメルケルへ願い出て次期党首候補が務める幹事長に就任。事実上、メルケルからCDU党首の後継者として指名されたのです。

フリードリヒ・メルツ

フリードリヒ・メルツ候補
※Wikipediaより

 メルケルを筆頭とするCDU中道派の動きに合わせて、元はCDUで主流派だった右翼議員たちが党の主導権を取り戻そうと立候補を打診したのが、メルケルとの党内闘争に敗北して政界を去り実業家に転身したフリードリヒ・メルツでした。ドイツ有数の資産家となっていたメルツも政界に戻る好機と睨んで要請を快諾し、ヘッセン州のCDUフルダ支部から推薦を受け出馬しました。

 CDUは結党以来ドイツにおける最大右翼政党として君臨してきましたが、メルケルが党首になると急激な中道路線に切り替わっただけでなく、古参右翼議員たちは党内争いに負けて肩身の狭い思いをしていました。ですが、難民流入に起因する右翼色の強まりはメルケル派の推進力低下を促し、CDU内部における右翼議員たちの発言力を次第に回復していきます。こうしたCDUの事情より古参右翼議員たちは、かつて連邦議会のCDU議員団長を務めたメルツに白羽の矢を立てたわけで、メルツとしても宿敵のメルケル派を抑えてCDU党首となれる可能性を見越して立候補しました。

イェンス・シュパーン

イェンス・シュパーン候補
※Wikipediaより

 CDU右翼の重鎮議員が揃ってメルツを推す一方、党内の若手議員からは反移民と反イスラムを是とするイェンス・シュパーン保険相を党首にするべきと声が挙がります。勢いのある極右政党AfDに対峙するためには、過去の政治家でしかないメルツを擁立しても意味がないと考えている若手議員はCDU内でも少なくありませんでした。

 シュパーンはシリア危機による難民流入を一貫してドイツ社会に分断を招いた悪事として強く非難してきました。また、ローマカトリック教徒としても身元が知れないイスラム教徒の受け入れを制限すべきとの考えを持っており、AfDがCDUの脅威となる裏で党内の支持基盤を着実に固めてきました。求心力低下に喘ぐメルケルとしても相いれない考えを持つ党内のホープを無下に扱えず、第4次政権発足時に保健相のポストを充ててクランプ=カレンバウアーと同じく新体制に呼び込みました。こうした状況下でシュパーンが党首選へ立候補したのは古参議員が生み出したCDU内に漂う停滞感を払拭する目的、若手による世代交代実現を目指してのことでした。

2018年CDU党首選

 メルケルの後継者、宿敵、そして若手の星が対峙する構図となった党首選は告示されると、クランプ=カレンバウアーとメルツの一騎打ちだとドイツ各メディアは報じて、早々にシュパーンの苦戦が示されます。また史上稀にみる党内危機とあってか、それまでCDU党首選では実施されなかった地方遊説が積極的に実施され、中央政府と距離が遠い地方議員の意見にも耳を傾ける選挙運営が行われました。こうした動きからも、CDU上層部が党首選に向けて党内結束を図りたい考えがあったとうかがえます。

一次投票

 党首選に先立つ党大会にてメルケルは演説を行い、いさかいによる内部論争の下らなさを語って党内結束を呼びかけました。無論、シリア難民流入からはじまったCDUの低迷に釘を打つための登壇で、誰が党首選を制しても党内調和を図るようメルケルはCDU全体に意識付けを促したのです。

 そして始まったCDU党首選は予想通りクランプ=カレンバウアーとメルツが票を分け合う展開となり、シュパーンは999票のうち157票しか獲得できず敗北しました。中道路線を推すクランプ=カレンバウアーと旧来右派の復権を狙うメルツへ流れた票が拮抗したことで、当選基準となる過半数の票を獲得した候補が現れず党首選は決選投票に持ち込まれました。

決選投票

 クランプ=カレンバウアーとメルツによる決選投票はシュパーンに入った票がどちらに転ぶか注目されましたが、シュパーン脱落で同じ右翼勢力のメルツへ多くの票が流れるのは必至で、一次投票ではリードしていたクランプ=カレンバウアーも勝利が確実とは言えませんでした。

 とは言えメルケルが築いてきた中道基盤を右翼勢力が崩すこと叶わず、CDU党首選はクランプ=カレンバウアーの勝利で幕を閉じます。ただ、シュパーンに投票された157票のうち90票がメルツ側へ流れたと見込まれ、決選投票の内訳比率も限りなく五分に近い結果に落ち着いた事実はCDU議員が中道と右翼、二大派閥に分かれている様を改めて浮かび上がらせたことは否定できません。

新党首は中道と右翼の板挟み

 2度の投票を経てクランプ=カレンバウアーが新CDU党首に内定したものの、メルツと僅差の勝利はCDU内部の温度差を外へ示すことになりました。実際にクランプ=カレンバウアーは党首に就任して2日後、変更する余地のある政策としてメルケルが手塩にかけてきた難民問題を挙げており、2019年の欧州議会選挙に備えた党の新たな大綱策定に動き出しています。

 メルケルが党首選前に壇上で語った通り右翼派閥へ気を使った政策変更する姿勢を示した訳ですが、中道派からの大きな支えによって党首となったクランプ=カレンバウアーとしては歯がゆい状況ではあるでしょう。しかしながらAfDの支持拡大によるドイツの極右化はEU圏安定のためにも避けたいところではあり、CDU中道派議員たちも割り切って党の右傾化方針に従っているのです。一方、シュパーンをはじめとする右翼勢力が党首選で存在感を強く示したことはCDUの政策転換という形で今後現れてくるでしょう。ザールラント州での卓越した手腕を国政でも発揮できるか、ミニ・メルケル新党首の船出は前途多難が待ち構えています。