マクロン大統領と富裕層を敵視するフランス労働者たち

 燃料税の導入反発を発端とするフランス全土のデモを鎮静化させるため、エマニュエル・マクロン大統領は最低賃金引き上げなどを実施する考えを示しました。ですが、デモを支持するフランス国民の多くはマクロン大統領やカルロス・ゴーンをはじめとする富裕層に恨みを持っており、庶民へ提示された譲歩策が功を奏すかは甚だ疑問視されています。

反マクロンの意思だけで結束するデモ隊

 フランス国民が長々と「黄色いベスト」運動を続ける最大の理由は、マクロン大統領が富裕層を優遇する施策を取り続けているためです。国際競争力の低下か叫ばれるフランス大手企業を持ち直すため、マクロン大統領は法人税の減税や解雇手続きを簡易化する労働法改正を実施しました。矢継ぎ早に実施される改正は国民の大多数を占める労働者に負担を強いる策ばかりで、パリ協定の基準達成を念頭に置いた燃料税の導入が発表されると市井の人々の怒りが爆発したのです。

 SNS上で拡散した「黄色いベスト」運動は瞬く間にフランス全土へ広がり、12月8日のデモには125,000人もの人々がマクロン大統領に反発の意思を示しました。しかしSNSによる運動の広がりはデモ隊の結束力を不安定にして、扇動のために作成されたSNSアカウントがフェイクニュースを通じて暴動意識を高める要因ともなり、暴徒化したデモ隊が破壊や略奪行為に手を染める事態に発展しました。五月革命以来とも呼ばれる非常事態はフランス政府を慌てさせ、2018年12月10日にはマクロン大統領による緊急テレビ演説が全国で放送される運びとなりました(詳細はフランスのSNS発デモがマクロン辞任を訴える理由にて)。

 企業体力を回復させたいが故のマクロン大統領による経済政策は破壊略奪が行われるデモを誘発して、フランス経済の冷え込みを助長する結果となりました。突き付けられた民衆の怒りに対してマクロン大統領は財源を度外視する、譲歩案を国民に提案せざるを得なくなります。

マクロン大統領が示した譲歩案

 緊急会見でマクロン大統領はフランスが経済社会的な危機に陥っている責任は自らに落ち度があると釈明して、国民へ歩み寄る政策案として最低賃金の引上げ・残業代の非課税化・年金自給者の社会保険料減額。3つの緊急策を実施すると約束しました。

最低賃金の引き上げ

 デモ発生前に最低賃金が月額約1,500ユーロ(195,000円ほど)と日々暮らしていくにも厳しい水準だったフランスでは、低所得世帯から常々不満の声が挙がっていました。そうした現状を踏まえてマクロン大統領は最低賃金水準を月額100ユーロ(13,000円)引き上げる提案を会見で示し、企業にも年末ボーナスを給付するよう呼びかけました。しかし貧困層にすれば100ユーロの賃金上乗せだけでは生活状況の改善は望めないだけでなく、すでに閣議決定された最低賃金50ユーロ引き上げ方針に50ユーロ上乗せするだけの付け焼刃に国民の不満が噴出。15日のデモ決行を完全に抑えることは叶いませんでした。

残業代の非課税化

 企業の経営環境を改善するため法人税や労働法にテコ入れしてきたマクロン大統領ですが、労働者層に対しては社会保障税を引き上げるなど痛みを伴う財政改革による負担を押し付けてきました。そのため、マクロン大統領は最低賃金引き上げと年末ボーナス支給呼びかけだけでなく、企業の残業手当から差し引いていた課税をなくすと会見で述べます。一方で、実業家に対しても租税回避などを行わずフランス政府へ税を納めるよう強く求めている様子からは、財源が賄えない可能性を想定するフランス政府の懐事情が暗に示されている様にもうかがえました。

年金受給者の社会保険料

 マクロン大統領の国民に譲歩する提案は給料収入に関わる問題だけではありません。年金受給額が月2,000ユーロ未満の受給者を対象に社会保険料を引き下げる政策も提示しています。何分、デモ参加者の中には低い年金収入で生活している高齢者の生活環境向上を訴える声も交じっており、デモ鎮静化を考えれば財源に不安を抱くフランス政府としても苦しい決断をせざるを得なかったのです。

カルロス・ゴーンら富裕層に信用がない

 民衆の訴えを受けて早急な対策案を全国放送で伝えたマクロン大統領ですが、会見では「黄色いベスト」運動が要求してきた富裕税の復活などが盛り込まれず、満足できない市民の多くは15日のデモに参加する流れとなりました。そもそも「黄色いベスト」運動そのものがマクロン大統領を含めた富裕層へのアレルギー反応として発生した側面もあり、労働者にとっては富裕層の累進課税制度復活は切に望まれているのです。

 しかしフランス政府から税を吸い取られることを嫌うのは富裕層も同じで、挙句に稼いだ大金を私腹へつぎ込む大手企業の実業家は少なくありません。大手マスメディアが大々的に取り上げているルノーのカルロス・ゴーンCEOの事例でも、国民が富裕層を敵視する理由がよくよく理解できると思います。ゴーンCEOは自らの報酬から納める税金を少なくするため税務機関へ実際の収入よりも過少申告しただけでなく、支払わなかった税金を投資資金に充てて租税回避地に流すなどの犯罪行為に及んで問題視されているのです。さらにゴーンは夫人と共に18世紀のフランス貴族による舞踏会を再現した身内パーティーを開催するなど、市井の人々の感覚では考えられない娯楽に興じていました。民衆がゴーンをはじめとする大企業の実業家を敵視するのは必然と言えるでしょう。

 歴代政治家による実業家への甘い対応もマクロン大統領による痛みを伴う改革が強行された遠因です。80年代のミッテラン元大統領による社会主義寄り政策によって有力実業家たちがフランスを離れた事件を皮切りに、フランスでは社会党政権が樹立される度に金持ちが国外へ逃げる歴史を繰り返してきました。だからといって共和党政権による税制改革は労働者層の生活に波風を立て続けるばかりで、富裕層の圧力から経済界の構造改革が失敗することもありました。こうした既存大企業の幹部らによる身勝手な行動によってフランス政府の財政策は右往左往して、富裕層が政治を振り回す構図が定着したのです。

 長年政界と実業家のせめぎ合いに付き合わされてきた労働者たちにしてみれば、自らの生活を第一に考える富裕層は身勝手な連中だと捉えている傾向が強くあります。故にマクロン大統領が発表した譲歩案を信用できない国民も多く、会見で示された提案内容を信じられない人々は15日のデモで抗議を続けたのです。

ベネルクスにも飛び火するデモ

 フランスで発生した富裕層への反発は周辺国にも波及しつつあります。北東で国境に接するベルギーでは8日の大規模デモとタイミングを合わせて、「黄色いベスト」運動に感化された人々が首都ブリュッセルで抗議の声を挙げました。ベルギーではかねてより物価高騰が叫ばれており、1,000人規模に膨れ上がったデモ隊のうち450人ほどが拘束される事態に発展しました。同日にはオランダでもハーグやロッテルダムなどの主要都市にてデモが散発しており、フランスから始まった労働者による政権批判は周辺国にも着実に影響を広げています。

 フランス国内のデモに比べると両国のデモは小規模でしたが、EU設立の要となったベネルクス国家での混乱は欧州地域において軽視することはできず、今後ドイツなど労働者に不満が溜まっている国々にて暴動が絡むデモが発生しないか。EU圏は不安が拭えない緊張感が漂っています。

譲歩案の財源は?

 周辺国にも影響を与えている「黄色いベスト」運動にマクロン大統領は最低賃金の引き上げなどの政策を提示して、これ以上の混乱を抑えようと躍起になっています。しかし、最低賃金ギリギリで生きている貧困層にとって施行時期が判然としない提案は受け入れられず、デモの規模縮小には成功したものの望まれた平穏は実現できませんでした。

 また会見でマクロン大統領は企業に向けてフランス政府へ納税するよう呼びかけましたが、過去の歴史が示すように富裕層の実業家たちが政権の意向に従う保証はありません。富裕税復活の明言を避けましたが緊急で発表した譲歩案の財源を確保するためには増税は必定で、労働者向けの増税が好ましくないならば富裕税に準ずる税収によって不足分の経費を賄う他ないのです。ただし富裕層向けの税収を増やせば低調なフランス企業の成長を鈍化させる恐れも大きく、マクロン大統領は板挟みの財政運営を余儀なくされる苦しいスタートラインに立とうとしているのです。