与党フィデスの奴隷法に反発するハンガリーデモ隊

 国会で可決された改正労働法が奴隷法だとして、ハンガリーでは全国でデモが連日続いています。ハンガリーではフィデス=ハンガリー市民同盟(以下:フィデス)の独裁体制によって民意に反する法律改正が長年続いており、年間400時間までの残業を可能とする今回の法案成立に国民の怒りが爆発しています。

オルバン首相による独裁

 旧東側諸国だったハンガリーで共産体制の崩壊させたフィデスは右翼勢力として民主化後に存在感を示し、1998年には当時35歳のオルバン・ピクトル党首が国家元首となり政権与党を担いました。その後、2002年に野党へ転落したものの選挙公約を履行しない左派政権への失望から2010年の国政選挙で大勝、フィデスは地方選でも勝利を重ねて国内の政治権力を掌握しました。

 その後、フィデスを率いるオルバン首相は国会・地方議会の定数削減、在外ハンガリー系住民の二重国籍付与、フィデスを批判するメディアへの規制強化など、EU加盟各国から強く非難されるナショナリズムを重んじた独裁体制を築きました。2018年4月に実施された国会選挙でもフィデスはユダヤ人資本家ジョージ・ソロスを攻撃するキャンペーンを展開、ソロスが支援する中央ヨーロッパ大学や難民支援団体を演説で非難を繰り返し選挙戦に勝利します。ナチス以来の反ユダヤ政権と化したオルバン政権に欧州議会はハンガリー政府へ向けた制裁案を可決しましたが、承認のハードルが高いため制裁は実行されないとの見立てがメディアで大勢を占めているのが現状です。

 若くして国家元首となったオルバンは対抗勢力の失速を足掛かりに政界を牛耳り、ハンガリーは周辺国よりも先んじて右傾化を進めた末に人権侵害が叫ばれる統治システムを構築しました。12月12日に国会で可決された残業上限時間の引き上げもフィデスが財界の要望と絡めて強引に推し進めた政策に他ならず、数の力による度重なる暴挙は国民による大規模反発デモを促したのです。

デモ隊が国会に押し寄せる

 フィデスによる独裁政治よってハンガリーでは多様な価値観が抑圧され、あまつさえ反ユダヤ主義を掲げて国威発揚を掲げる事態に陥りました。こうした自国第一主義に傾倒はEUが是とする人権尊重とは逆行する考えで、法と正義による右傾化が進むポーランド政府(詳細は法と正義によるポーランドメディアと抗議デモの言論統制にて)と共に欧州圏で近年問題視されています。

 対してフィデス党首のオルバン首相は8年間の政権運営によって絶対的な中央集権を実現させつつあり、ハンガリー国会では野党が抵抗しても法案を数の力で押し通される異様な状況が生まれました。そんな最中に可決された改正労働法は、年間250時間が上限だった残業時間を400時間に引き上げて残業手当の支払いを最大3年間引き延ばせる改正案で、労働者たちからは過労死ラインを超えた勤務を推奨する奴隷法だと共有されていったのです。しかし、ハンガリー政府は人手不足に悩む実業家たちの声を反映した法案で稼ぎたい働き手の願いを叶えるとして、異を唱える労働者や野党議員の声を聞き入れずに法案成立へ動き出しました。

 反発する国民感情は奴隷法の審議開始から次第に各地でデモという形で現れ、16日には労働組合や超党派議員団の呼びかけによって約11,000人のデモ参加者が首都ブダペストに集合。オルバン首相へ奴隷法の審議停止を嘆願しようと国会議事堂へ向かいましたが、デモ隊は治安部隊と衝突した末に議事堂前の広場で無理矢理解散させられます。それでも翌日、2人の国会野党議員がデモ参加者と共にハンガリー公共放送局前へ向かって陳述書を放送で拡散しようと試みましたが、ここでも治安部隊の妨害に遭って双方が発煙筒や催涙ガスを投げ合う事態に発展しています。

 奴隷法可決による一連の混乱は国会議事堂前にデモ隊が押し寄せる緊急事態を招きましたが、オルバン首相はデモ隊の訴えに耳を貸すことはなく20日に奴隷法を成立させました。対する労働組合と野党各党はクリスマス休暇前に鎮静化する可能性が高いデモを年明けにも継続させようと、既に2019年1月5日のデモ実施を公言しており奴隷法反対運動は収まる様子を見せません。

奴隷法と行政裁判所

 自らの生活に直接関わる改悪法案として、奴隷法が多くのハンガリー国民に問題視されている実情をご理解いただけたと思います。ただ一連のデモは奴隷法だけでなく行政裁判所の新設中止の訴えなども含まれており、一概に労働環境の悪化を促す法案だけに反発するデモではない点を忘れてはいけません。デモ参加者が訴えている大きな問題点2つを見ていきましょう。

改正労働法(通称:奴隷法)

 先の項目で書き記した通りハンガリー国民がデモで一番に訴えているのは、奴隷法こと改正労働法による残業規定の変更です。個人主義が重んじられているハンガリーでは労働者が働く環境に物申す文化が根付いており、夜は残業せずに家族や仲間と過ごすことが美徳とされています。そのため、残業が往々にして発生するハンガリー企業は隣国スロバキアからの出稼ぎ労働者を採用して人材不足をカバーしており、自国を含めた東欧諸国民が西欧諸国へ出稼ぎに行く問題や業績悪化と併せてハンガリー企業を悩ませてきました。

 国内の産業界が置かれている事情を汲めば、年間250時間だった残業規定を400時間に引き上げてハンガリー人を働かせようとする考えに至ったのは不思議ではないでしょう。ですが企業の資金面が苦しいことを理由に残業代支払いを最大3年引き延ばせるよう改正する法案は、極力避けたい残業への対価を望むハンガリー人労働者の価値観とは合わず奴隷法への反発を高める要因にもなっているのです。

行政裁判所設置

 奴隷法以外にも一連のデモ参加者が口々に訴えているのは行政裁判所の新設中止を叫ぶ声です。オルバン首相は独裁体制を固めていく過程で次第に司法へ圧力を強めており、三権分立の独立を侵害していると予てより欧州圏で非難が相次いでいましたが、フィデスは奴隷法審議と並行して最高裁判所の管轄下に入らない新たな司法機関。行政裁判所を設置しようと躍起になっており、政府絡みの事案だけを取り扱う点や判事が法務大臣によって任命される仕組みから、民主主義を監視する欧州評議会からは司法独立に疑問を生むとの警告が挙がっています。

 仮に法の支配を揺るがしかねない独立司法機関が設置されれば、フィデス政権に基づく弾圧裁判によって政府に反発する多くのハンガリー国民が迫害されかねません。民衆主義の大原則である、多様な意見尊重が根底から崩す行政裁判所新設の危うさはハンガリー国民の間で共有されているのです。

個人偏重主義がハンガリーを分断する?

 左派政権の失望からはじまったフィデス独裁体制の構築によってハンガリー政界の民主主義は腐敗して、国民感情を逆なでする残業規定改正が強行採決されました。対する野党陣営やデモ隊は行政裁判所の設置審議も含めて年が明けた後も奴隷法反対の声を訴える予定で、オルバン首相が描いたような残業時間の上限引き上げは順調にはいかない様です。

 ただし、奴隷法が発案された根本的な原因はプライベートを重視するハンガリー国民の性格に反した労働環境の変化にあり、ハンガリー企業がスロバキアを筆頭とする周辺国から残業に対応できる労働力を引き入れている以上。奴隷法に関連するフィデス政権とハンガリー国民のわだかまりは解決しないでしょう。確かに、オルバン首相を頂点とする強権政治は批判されるべき点を多く抱えていますが、デモ参加者たちも自らの生活が周辺国からの出稼ぎ労働者によって支えられている現実を直視しなくてはいけません。互いの問題点を議論して改善していくのが民主主義国家のあるべき姿です。