津波の被害続くインドネシアとクラカタウ火山の噴火史

 インドネシアのスンダ海峡に位置するクラカタウ火山が2018年12月22日に噴火を起こし、ジャワ島やスマトラ島などの沿岸地域に甚大な被害を与えました。死傷者数は日を追うごとに増加していますが、クラカタウ火山が過去引き起こした地球規模の大災害を踏まえれば被害がさらに拡大する恐れもあります。

インドネシア世論の注目はバリ島に

 インドネシアだけでなく世界各国のメディアがクラカタウ火山の噴火に驚いたのは不思議ではありません。何せ、2017年9月頃からジャワ島東隣のバリ島にあるアグン山の噴火に注目が集まっていたため、ジャワ島の北西にあるクラカタウ火山の津波災害が発生したのは寝耳に水だったのです。2018年に入るとアグン山は6月28日に火山灰を噴き上げ、続く7月2日の噴火では溶岩が火口より半径2km圏内を覆いつくす被害をもたらし、海外からの玄関口となるングラ・ライ国際空港が一時閉鎖されました。

 噴火によってバリ島の観光業は大きなダメージを負い、地元経済が地盤沈下する恐れからインドネシア国家防災庁もアグン山への警戒を高めていたのです。その裏で、クラカタウ火山は6月頃には活動を激しくして噴火がいつ起きてもおかしくない状況でしたが、地元住民もマスメディアがアグン山の噴火と9月に発生したスラウェシ島地震の被災状況ばかり報じたため、海から見える活火山への関心は薄らいでいました。

津波発生後の被害

 バリ島などの被災ニュースに感化され、スンダ海峡周辺の住民ですら気に留めていなかったクラカタウ火山の活動は12月に入ると激しくなり22日21時頃に噴火、海底へ向けて大きな地滑りが発生します。しかし国家防災庁の津波警報システムはスンダ海峡沿岸部で起きた異変を察知できず、地域住民への警報が発令されないまま津波はジャワ島やスマトラ島へ押し寄せました。早い地域では噴火後24分足らずで陸地に押し寄せた津波は無防備な住民たちや建物を巻き込み、インドネシア政府が25日までにまとめた統計で死者492人・負傷者1,485人・行方不明者154人を出す大惨事となったのです。

 特にインドネシアの人気バンドseventeenがジャワ島の沿岸都市タンジュン・レスンで公演中、会場に津波が押し寄せた動画は広く拡散されてスンダ海峡沿岸で起きた災害の状況を世界へ伝えました。津波の被害に遭ったseventeenのメンバーで生存が判明しているのはフロントマンを務めるリーフィアン・ファジャルシャー氏のみで、他のメンバーは死亡が確認されるか行方不明となっています。さらにリーフィアンン氏は結婚して2年ほどしか経たない妻を亡くしており、インスタグラムに投稿されたリーフィアン氏の動画はインドネシア国内外問わず慰めのコメントが届いています。

 ネット動画で拡散されたクラカタウ火山による津波被害は素早く世界へ伝えられ、インドネシア国外からも大きく注目される災害となりました。一方、クラカタウ火山は依然として活発な火山活動を続けており、国家防災庁は再び津波襲来の可能性があるとして被災地域へ警鐘を鳴らしています。

クラカタウ火山による過去の災害

 往々にして地震による津波発生が記憶に刻まれていたインドネシア国民にとって噴火による津波襲来は予想外で、スンダ海峡に浮かぶ離れた火山による水害が起こるとは考えなかった住民も多くいます。しかし過去、クラカタウ火山に絡む災害によって地球環境が変化した事例はいくつかあり、なお続く火山活動の様子からもクラカタウ火山が更なる災害を引き起こす可能性はゼロとは言えません。

535年の噴火?

 地質学者の間では535年(一説には416年)にクラカタウ火山が噴火して地球環境に多大なる影響を与えたとする学説を推す風潮が根強く、各地の伝承でも大規模な厄災として記録されています。スンダ海峡周辺では、ジャワ島西部で栄えたカラタン文明が忽然と滅びる異常現象が確認できる点からも被害の凄まじさを窺えます。

 加えて、535年噴火の影響は東南アジア地域に収まりません。噴き出された火山灰を含む雲は地球全体を1年間覆って急激な日照不足をもたらし、作物の成長不良を世界各地で引き起こして人類全体が深刻な食糧不足に陥りました。それに連動してか、ヨーロッパではネズミを媒介としたペストが大流行し、中東圏ではイスラム教が広く伝播するキッカケになったと考えられています。他にも535年にはエルサルバドルの火山が噴火したと考えられていますが、クラカタウ火山が広島型原爆2万倍の威力で噴火したのではと推測される見方もあり、人類が自然現象の記録を残しはじめた時期にスンダ海峡で起きた災害が地球規模だった点は否定できません。

1883年の噴火

1883年の噴火を描いた絵画
※Wikipediaより

 曖昧な部分の多い535年噴火ですが、国際交流が盛んになった後の時代では1883年の大噴火が最も大きな災害として記録されています。地質学で正確な統計が残されている範囲では、2004年のスマトラ島沖地震発生までインド洋史上最大の災害として研究対象とされてきました。

 1883年噴火は4度の巨大噴火によってクラカタウ火山の形状がカルデラに変化するほど激しく、爆発音は4,500km以上離れたイギリス領ロドリゲス島(現:モーリシャス属領)でも聞き取れるほどでした。加えて2018年噴火と同じく津波が発生して、スマトラ島沖の中心に165の集落と36,417人の命が犠牲となっています。環境面でもクラカタウ火山から放出された火山灰を含む雲によって5年近く世界中の平均気温が下がり、夕焼けや月光の映え方も火山灰に含まれる結晶によって通常とは異なる色に変化するなど、535年噴火と同様に地球全体に影響を残す大噴火となりました。また、1883年噴火は世界で初めて海底ケーブルを使って報じられた災害報道として記録されていますが、同時にスンダ海峡地域に風評被害を根付かせたニュースとしても知られています。

アナク・クラカタウの誕生

1927年~1928年頃の噴火を撮影した写真
※Wikipediaより

 山肌が崩壊するほどの激しい爆発だった1883年噴火によってクラカタウ火山の火口部は海中に沈み、クラカタウの姿はカルデラ状に大きく様変わりしました。しかし、クラカタウ火山は1927年から1930年にかけて11,000回以上の噴火を繰り返し再び火口が地上に姿を現すと盛り上がり続け、21世紀に入る時期には400m以上の火山。アナク・クラカタウとして認知されます。

 沈んだクラカタウに当たる海中火山の噴火が1927年1月に始まるとアナク・クラカタウは海中から頭を見せました。浸食によって突き出た火口部は2度海に沈みましたが断続的な海中噴火は止まらず、1930年ごろにはアナク・クラカタウは安定して成長を続けて1933年には高度67mの小島となります。以来、アナク・クラカタウの火山活動は断続的に今日まで続いており、2018年噴火による地滑りはアナク・クラカタウの成長による余波が災害で現れた現象とも言えるのです。

依然として警戒が続く

 アグン山噴火によるバリ島経済の停滞を警戒したインドネシア世論とは裏腹に、歴史的災害を何度も引き起こしてきたクラカタウ火山の活動は並行して続いていたため、2018年噴火による津波は警報システムが観測できなかった点も相まって無警戒の人々を襲ったとも言えるのです。

 歴史を振り返れば535年噴火にしても、1883年噴火にしても、地球上に多大な環境変化を与えており、インドネシア国家防災庁も常々警戒は怠っていませんが、近年続く自然災害の数々に対応を苦慮している感は否めません。立て続けに発生する火山噴火や地震はインドネシア国民の防災意識を高めている反面、経済活動の冷え込みを心配する声も方々から挙がっています。依然として活動が沈静化しないクラカタウ火山だけでなく、アグン山や地震への警戒と国際援助を受けなればならないインドネシア。防災国家としての対応の真価が問われています。