徴用工問題訴訟の歩みから窺える韓国経済の停滞

 第二次世界大戦の際に日本各地で不本意な強制労働を強いられたとして、高齢の韓国人が日本の民間企業を相手に訴訟を起こして日韓関係を悪化させています。2018年10月に韓国の最高裁・大法院にて原告側の勝訴が言い渡された新日鉄住金の賠償請求問題を皮切りに、慰安婦問題やレーダー照射問題と併せて日本政府を悩ませています。

そもそも徴用工とは?

 国際的に日本が孤立を深めて1937年に開戦した日中戦争が長引くと、日本政府は1938年に国家総動員法を制定させて国民全員を戦争へ協力させる体制を敷きました。翌1939年には国民徴用令が可決され日本本土の国民は否が応でも戦争継続に協力させられます。

 ただ、これら戦時体制法は治安上の理由などから朝鮮の人々には当初対象外とされ、施行も本土より遅らせて民間企業からの条件付き自由募集方式を取っていました。次第に戦況が悪化すると1942年1月には罰則規定の緩い官斡旋が施行され道(韓国の都道府県)単位で徴用される人数が割り振られます。この官斡旋から俗に言う強制連行が始まりましたが、制度上は日本行きも拒否できただけでなく徴用先の職場から待遇の良い日本企業へ転職しても罪に問われないため、出稼ぎ目的で徴用に応じる朝鮮人も少なからずいました。ですが、その後の更なる戦況悪化で1944年9月に戦時の労働者不足を補うため、朝鮮人男子全員を対象とした国民徴用令が適用される時期に差し掛かると労働環境問題が表面化します。

 特に過酷な徴用先に送られて日本人より低い待遇で働いていた朝鮮人は、日本での偏見差別と相まって肉体的にも精神的にも苦痛を感じながら危険な労働を強いられていました。一部労働現場では徴用工による暴動も発生しており、自らの意思と反して不公平な待遇で強制連行させられた朝鮮人徴用工が徴用先の日本企業に恨みを募らせていたケースは少なくなかったのです。

すべては1965年に解決したはず

 徴用先によっては劣悪な待遇で働かされていた朝鮮人徴用工ですが、日本が二次大戦に敗戦すると徴用から解放されたと捉える出稼ぎ労働者達は一斉に帰国を急ぎました。一方、朝鮮人たちを雇っていた日本企業の中には未払い賃金を徴用工へ支給していない事例も多く、記録上支払われたとされても朝鮮総連などの在日朝鮮団体の活動資金へ流されるなどしたため、帰国した徴用工たちに未払い賃金が届かないことは往々にありました。

 こうした不正な資金流用だけでなく朝鮮戦争による混乱も相まって元徴用工たちは正当な報酬を受け取れることができず、1950年年代後半となると韓国政府が国民徴用令は日本による強制労働令だったとする主張を繰り返します。対する日本の外務省は戦時中に来日した朝鮮人の中には日本での生活を望んでいた人物もおり、嫌々強制連行で来日した徴用工には帰国する手配を政府として常々積極的に支援してきたとする声明を発表。双方の言い分の食い違いは朝鮮戦争中から続いた日韓交渉だけでは埋まらなかったため、1965年にアメリカ仲裁下で日韓間における請求権の完全かつ最終的な解決を取り決めた日韓基本条約、及び日韓請求権協定が締結され元徴用工に関する問題は日本が韓国へ5億USドルもの資金提供をして解決されたかに思われました。

 しかし、1991年に当時の柳井俊二外務省条約局長が「個人請求権が消滅した訳ではなく、政府間における請求権が行使されない規定」とする見解を示すと、軍人政権下で国民に日韓請求権協定の周知が図られていたなったこともあり、韓国各地で元徴用工による民事訴訟が相次ぐ事態となります。度重なる裁判の数々は日韓関係の悪化を促すと考えられていましたが、当時の両国政権が事態鎮静化を働きかけると2009年に韓国政府が日韓請求権協定により元徴用工賠償は完了したと確認します。しかし、散発して裁判を起こした原告団は政府による賠償協定を認める姿勢に満足することはなかったのです。

相次ぐ元徴用工裁判

 日韓による賠償問題が解決したとする方針に納得がいかない元徴用工原告団は政府間による問題解決後も法廷闘争を続けた末、2012年に韓国の最高裁・大法院は「個人請求権は消えていない」として新日本製鉄(現:新日鉄住金)や三菱重工業などに賠償責任があるとの判決を下しました。以後、日本政府は日韓請求権協定に基づいて賠償問題は解決していると従来の立場を誇示していますが、韓国各地では堰が切れたかのように70社以上の日本企業に対する元徴用工訴訟が相次いで提訴されたのです。

新日鉄住金

 一連の元徴用工裁判で最も注目を集めている訴訟企業が新日鉄住金です。前身にあたる新日本製鉄は二次大戦中、八幡や釜石といった主力製鉄所に数多くの朝鮮人徴用工を配置して危険な業務に従事させました。加えて、未払い賃金が手元に届いていない事例もあって予てから日本でも訴訟裁判に発展していますが、日韓請求権協定を参考にしている財産措置法によって原告側はもれなく敗訴を繰り返していました。

 ですが財産措置法は日本の法律で海外では適用されないことから韓国で裁判を起こした原告団は粘り強く法廷闘争を続け、2016年8月には新日鉄住金への賠償責任を認める判決がソウル中央地方裁判所で下されます。そして2018年10月30日、今度は大法院が元徴用工4人に対して1人あたり1億ウォン(約1,000万円)の損害賠償を新日鉄住金へ命じ、元徴用工裁判初の大法院結審となりました。判決を受けて日本政府は日韓請求権協定で解決した事案を蒸し返すあり得ない判断だとして韓国に詰め寄っていますが、韓国内では大法院の判決を踏まえてか政府機関へ訴訟を起こしたいと訴える声が続々と湧き上がる事態に発展します。

 その一方、大法院で勝訴した原告団は東京の新日鉄住金本社へ賠償申請の面会へ向かいしましたが受付で門前払いされたため、原告側の弁護団が2019年1月に韓国における新日鉄住金の一部株式を差し押さえる強硬手段に打って出ました。無論、日本政府は日韓請求権協定に基づいて協議を実施するよう韓国へ求めていますが、火器管制レーダー照射問題も含めて日韓関係は急速に冷え込んでいるだけでなく韓国側が対応を渋る状況が続いています。

三菱重工業

 徴用工問題で槍玉に挙げられている企業は新日鉄住金だけではありません。三菱重工業も新日鉄住金と同じく2016年8月にソウル中央地方裁判所で賠償判決が下されているだけでなく、2017年8月には元女子勤労挺身隊所属の女性2人が無賃労働を強いられたとして起こした裁判で敗訴しています。

 大法院まで争われていた賠償裁判も2018年11月29日に三菱重工業の上告が棄却され、新日鉄住金に続き2社目の大法院結審による賠償命令が確定しました。これに続いた同年12月の光州地方裁判所の裁判でも三菱重工業の控訴を退ける判断が下されており、不利な訴訟案件の多さに三菱重工業も手を焼いています。年明け2019年1月には新日鉄住金の例に倣い原告側の支援団体員が三菱重工業本社へ賠償方法を協議する要請書を手渡し、誠意ある回答がなければ三菱重工業の韓国内資産の差し押さえを申請する用意があると示されました。また、3月1日までに賠償対応しなければ差し押さえ手続きに入る可能性を示唆しています。

韓国の収入事情も絡んでいる?

 新日鉄住金や三菱重工業など大企業相手に次々と韓国法廷で勝訴している原告団ですが、その矛先は何も日本企業に限って向けられているものではありません。2018年12月に強制連行の責任は日韓基本条約を締結して援助金を受け取った韓国政府が負うべきだとして、元徴用工と遺族の団体が1人あたり1億ウォン(約1,000万円)を求める集団訴訟を提起すると発表しています。

 同じ徴用工の賠償請求裁判でも外交問題に発展させないよう考える原告もいるとの印象も受けますが、そもそも元徴用工や遺族たちは戦後70年以上経過した時期になぜ次々と裁判を起こしているのか。軍事政権による情報統制が敷かれていたこと、柳井外務省条約局長の発言なども要因として挙げられますが、最もな理由として考えられるのが目下冷え込む韓国経済の先行き不安によるものでしょう。「安定した経済成長率が予測されても不況を恐れる韓国」で触れていますが韓国経済はアジア通貨危機以来、非正規労働者が増えただけでなく外貨依存経済から脱却できない苦悩を抱えており、国民は常に自らの収入がいつ不安定になるか戦々恐々としています。また、文在寅大統領が肝いりで始めたJノミクスによる無謀な最低賃金の引き上げによって中小企業の倒産が相次ぎ、ドロップアウトする現役世代や年金だけでは将来やり繰りできない中高年も増加しています。

 徴用工裁判で勝訴して賠償金が手に入れば将来への貯蓄資金に回したい。元徴用工裁判の原告団に関わる遺族の中には経済事情から活動している人物がいてもおかしくないのです。もちろん、不当な労働を強いられた元徴用工の方々の訴えは尊重されるべきですが、本人が死亡しても訴訟の賠償金を求める遺族は多く、賠償金による収入がなければ将来の見通しが立たない。貧困に陥りかねないと心中穏やかでない遺族が少なからずいても不思議ではありません。

歴史と経済が複合した外交関係の悪化

 元徴用工問題が議論される度に注目されるのが賠償金の支払いです。確かに当時の日本における朝鮮人への差別意識や就業可能業種などを考慮すると、個人賠償請求が認められる見解が示されれば裁判沙汰となる未来は容易に予測できたはず。ただ、国家間で解決したとされる請求権を賠償金目当てで破ろうとする貧困予備軍の原告団員がいるとしたら、元徴用工問題は歴史的な要因だけでなく韓国経済の悪化が招いた日韓対立とも言えるのです。

 予てから問題視されている慰安婦問題だけでなく、韓国軍によるレーダー照射問題も発生して引っ込みが付かなくなった以上、元徴用工問題も日韓請求権協定に基づいて両国政府が穏便に落としどころを探らなければなりません。ですが現状、韓国は自国経済停滞の余波を受けた訴訟問題を収拾できず、軍事評論家から異常な対応と指摘されている火器管制レーダー照射の過失も認めていません。このままでは、韓国政府の国際的な信用を落とすだけでなく東アジアにおける安全保障環境にも暗い影を落とします。日本政府も韓国側の主張に耳を傾けるべき点もあるでしょうが、根拠のない発言を真に受け取らず韓国経済の改善策も含めて両国関係が修復される協議を推進していかなくてはなりません。