マドゥロ大統領の独裁に悲鳴上げるベネズエラ

 親中露派のニコラス・マドゥロ大統領による独裁政治にベネズエラ国民の怒りが爆発しています。不正選挙によって選出された大統領を認めない国民とベネズエラ国民議会の野党勢力MUDは2019年1月23日、親米派のフアン・グアイド国会議長を暫定大統領として任命。アメリカ政府も軍事介入を匂わせており緊張感が高まっています。

21世紀型社会主義による赤字財政

 そもそも、ベネズエラ国民の多くはマドゥロ大統領の誕生を望んでいた訳ではありません。21世紀型の社会主義国家を目指す指導者だったウゴ・チャベス元大統領が進めた貧困層向け分配政策は、ベネズエラの国内産業を地盤沈下させただけに留まらず大統領への権限集中を招きました。野党勢力の反発もチャベス政権が長期化するにつれて増大していきましたが、経済知識を持たない貧困層はチャベスによる分配政策を支持したため国論は二分します。

 ただ、チャベス政権は高値で購入した食料を格安で国民へ販売して買取り額の不足分を国債や石油収益で補填する。慢性的な赤字を生み出す経済政策を執り、国内の専業農家が収入だけでは食べていけないほどに生活が追い込まれ、貧困に喘ぐベネズエラ国民は日を追うごとに増えて治安も悪化しました。財政破綻の危機が迫る状況下で2013年にチャベス元大統領が任期中に死亡すると、経済的国難を乗り切れるのは古からチャベスの同志である軍出身のディサード・カベージョ元国会議長しかいないと目されていました。しかし、チャベスは遺言として政権期間中に関係を深めたキューバと太いパイプを持つマドゥロを後継者に指名したのです。非大卒で労働組合活動に注力してきたマドゥロが大統領に就任しても経済は回復できないと、野党勢力だけでなくチャベス支持者からも非難が湧き上がりました。

 そして不安は見事に的中します。マドゥロは大統領に就任するとチャベス政権由来の中央集権体制を強権化していき、原油価格の下落が続いたにも関わらず石油依存の経済体制を温存しました。結果、チャベス政権時代から続いていたインフレは一層進んで辛うじて運用されていた貧困層向け分配政策も瓦解します。明日のパンすら買えなくなった国民たちは難民となりコロンビアをはじめとする隣国に逃れる国際問題に発展しました。そんな国民の苦しみを他所にマドゥロ大統領は完全な独裁体制を敷くため、2017年7月に新憲法を議論する制憲議会の創設選挙を強行。与党・ベネズエラ統一社会党(PSUV)が全議席を獲得して国会の立法権限を剥奪する議決を採択しました。対する野党連合・民主統一会議(MUD)が大勢を占める国会側は制憲議会の意向を無視して議論を続ける様相となり、ベネズエラ政府を名乗る機関が事実上2つ存在する状況が生まれました。

 チャベス元大統領による社会主義路線を純粋に引き継ごうとしたマドゥロ大統領によって、ベネズエラはハイパーインフレ状態に陥っただけでなく2つの政府機関が存在する異常事態が発生したのです。そして、制憲議会という自信の立法機関を創設したマドゥロ大統領は不正選挙を実施する素地を築き上げました。

あからさまな不正選挙

 己が意のままに動かせる立法府を創設したマドゥロ大統領は以後、与党PSUVが有利に運ぶよう地方選や大統領選であからさまな不正を続けて行い、民主主義の原理に反した選挙を実施するたびに国際社会から非難を受けました。そして、マドゥロ大統領の再選が決まった2018年大統領選挙の結果にアメリカ同盟国は強い懸念を示すことになります

統一地方選挙

 制憲議会を発足させたマドゥロ大統領は早速、具体的な理由も明かされずに順延されていた統一地方選挙を2017年下旬に実施すると発表。PSUV推薦候補を各地方首長選挙の候補として擁立しました。さらにマドゥロ政権は仮に当選しても制憲議会内の宣誓に応じなければ投票結果を無効とする、MUD側の候補を徹底してふるい落とす明らかな不正規定を設けます。

 しかし、反マドゥロという大義名分で共闘しているに過ぎないMUD内の足並みは揃いませんでした。10月実施の統一州知事選挙では公正に実施されるなら23州のうち21州はMUD候補が勝利すると予想されていましたが、実際には5州しか獲得できずMUDは即座に制憲議会に抗議を申し立てます。するとMUDを構成する民主行動党(AP)の当選者4名が制憲議会で宣誓する方針を示し、反マドゥロ派に衝撃が走ると同時に残り1名の当選は無効とされました。響いた組織内不和は続く12月の統一市長選挙で候補を立てずにボイコットするMUD構成政党を続出させ、大半のPSUV推薦候補が当選する好ましくない選挙結果をもたらしました。

 マドゥロ政権側の不正な策略に乗せられるだけでなく内部不和によって満足な協力関係すら構築されていない。統一地方選挙をキッカケとしてMUDの結束力欠如が露呈したことで、反マドゥロ派の国民は失望感に包まれると同時にMUDの勢いは陰りを帯びることになりました。

大統領選挙

 統一地方選挙で敗北を喫したMUDはマドゥロ政権側による選挙不正があったと訴え続けますが、国民の支持が離れはじめたMUDはアメリカを筆頭とする支援国を後ろ盾にして面目を保つ苦しい立場となりました。一方、マドゥロ政権は就任以来深めてきた中国やロシアとの関係を基盤として政権運営は安定しており、2018年5月に実施された大統領選挙でも不正に手を染めてマドゥロ大統領が再選します。

 州知事や市長をPSUV推薦者で固めたマドゥロ大統領が次に行ったのは本来、任期満了直前に実施されるはずの大統領選挙を半年以上前倒しする暴挙でした。無論MUDは早々に不正だとして批判して、アメリカだけでなくコロンビアなどの周辺国も制憲議会の決定に異論を投げかけます。しかし、マドゥロ政権は自らの敵対候補となるMUD系の野党候補を次々に投獄しただけでなく票の買収策を進めるなど、さも当然のごとく不正工作を進めていきます。いざ告示されると、マドゥロ大統領とMUD推薦のヘンリ・ファルコン候補の一騎打ちの構図となり、結果は大差でマドゥロ大統領の再選が決まってMUD側が再選挙を求める声明を発表しました。

 あまりにも不正が過ぎる選挙にアメリカ政府はPSUV幹部ら4人に麻薬取引やマネーロンダリングの疑いで独自制裁を科す。政治干渉に発展しかねない行動を執りました。アメリカ側の同盟国も即座に不正な結果だとして選挙結果を認めず、ベネズエラ国会も歩調を合わせて暫定大統領を選出する準備に入りました。

暫定大統領の誕生

 不正に重ねた選挙結果によって再選を果たしたマドゥロ大統領を認めないアメリカや中南米国家の動きに合わせ、ベネズエラ国会も不正選挙による異常な大統領選出だとする姿勢から2019年1月23日。MUD構成政党・人民の意思に所属するフアン・グアイド国会議長を暫定大統領として任命しました。

 この動きにアメリカや隣国コロンビアをはじめとする南米8ヵ国などが即座にグアイド暫定大統領を承認し、マドゥロ大統領の職権を認めない姿勢を断固として示しました。無論、制憲議会がアメリカ側の意向を認める訳がなく、マドゥロ大統領は翌日にアメリカとの国交断絶を宣言。最高裁判所の権限でグアイド暫定大統領の銀行口座凍結と出国禁止措置を下しました。対するアメリカのジョン・ボルトン補佐官は記者会見にてベネズエラ国営石油会社の資産凍結を発表、「コロンビアに兵5,000人」という走り書きをちらつかせて制憲議会をけん制しています。

 グアイド暫定大統領が国家元首として認める国はアメリカの動きを見てEU圏や中南米を中心に広がりつつあります。他方、マドゥロ大統領と反米姿勢を共有する中国やロシアなどの国々は暫定大統領の職権を認めておらず、南米でも社会主義政党が政権を握るボリビアはマドゥロ大統領支持を表明しました。

大国の思惑

 チャベス政権以来、権力集中型の社会主義政策が執られてきたベネズエラ。過度な分配政策による歪みは国民生活を圧迫させただけでなく、横暴なマドゥロ大統領という独裁者を生み出して立法府が正常に機能しない状況へ誘いました。その裏では、埋蔵されている石油の利権を念頭とした大国間の睨み合いも展開されています。

 アメリカとしては良くも悪くもベネズエラなどの南米諸国は自国の裏庭として歴史的に深い関係を築いてきました。ベネズエラもチャベス政権発足以前は、MUD構成政党による親米政権によって豊かで安定したオイルマネー経済が国を潤していました。しかし、豊富な産油量に甘んじた経済政策はやがて石油利権に絡む汚職を根付かせて経済格差を広げたのです。これに強く反発したのが共産国家キューバとの関係を重要視していた軍人チャベスで、MUD構成政党による政治体制を瓦解させると強権的な反米主義を掲げて中央集権化を推進。マドゥロ大統領による独裁を支える基盤が生み出されたのです。そのため、アメリカとしてはMUDが推薦するグアイド暫定大統領による正常かつ民主的な政府運営を望んでおり、反マドゥロ派の国民もアメリカによる石油事業の開発に期待している節もあります。

 対してチャベス元大統領の掲げる社会主義路線によってベネズエラはキューバと接近したため、中国やロシアの資金がベネズエラ経済を支配しつつあります。マドゥロ大統領が2015年に中国の記念式典に参加した際はロシアから債務免除を受けるだけでなく、中国と関係が近しいイランやシリアといった反米国家との結びつきを強固としました。特に中国は南米の拠点としてベネズエラを重要視しており、石油利権の共有だけに留まらず事実上の国民管理カード「祖国カード」の開発も中国企業に委託するなど、インフラ開発全般を中国に依頼しているのが現状です。ただ、2017年にベネズエラは債務不履行に陥り中国への借金返済がままならない財政状況に追い込まれているため、南米での影響力を誇示したい中国も頭を抱えています。

 歴史的に見れば親米国家だったベネズエラがチャベス政権によって反米国家に衣替えした結果、米中対立の舞台となる南米国家ベネズエラが誕生したのです。そして双方、ベネズエラに埋蔵されている石油利権には強い関心を抱いており、独裁マドゥロ大統領と国会派グアイド暫定大統領の内政対立はベネズエラ国内だけに留まらない。国際問題にも発展しているのです。

国境封鎖による人道危機

 グアイド暫定大統領を正式な国家元首として認める親米国家が続々と現れる一方、米軍派遣を恐れるマドゥロ大統領は2019年2月5日夜に隣国コロンビアへつながる主要ルートの鉄橋を封鎖しました。飢餓に苦しむ国民に食料が行き届かない人道危機にグアイド暫定大統領は「人道のかけらもない独裁政権」と揶揄、アメリカもマドゥロ政権による横暴を強く非難しました。

 国民を救うと謳いながらも人道危機を引き起こす。マドゥロ政権の社会主義的な分配政策はすでに破綻しているにも関わらず、中露の利権関係も相まってマドゥロ大統領は不正選挙を実施してでも権力にしがみつこうと躍起になっています。しかし、国民の1割が周辺国に難民として逃れている現実を直視せず、財源が枯渇しながらも公共サービス無償化などを推し進めるマドゥロ独裁政権の政策は愚行と言わざるを得ません。今後、債務不履行が増額するほどマドゥロ大統領への責任追及論は持ち上がるでしょうし、独裁政治に苦しめられてきた人々が望んでいるのは民主的な政治に他なりません。