ハノイ米朝首脳会談で苦しくなった北朝鮮

 東アジア情勢の安定化を目指して2019年2月27・28日、2度目となる米朝首脳会談がベトナムの首都ハノイで開催されました。ただ、シンガポールの前回会談が歴史的会談だと大々的に報じられたのとは対照的にハノイでの会談はメディア各社とも控えめの論調が目立ち、会談における合意すら締結されない幕引きとなりました。

シンガポール会談からハノイ会談まで

 北朝鮮は金正恩朝鮮労働党委員長が就任していて以来、大陸間弾道ミサイル(ICBM)開発を念頭としたミサイル発射や核実験を繰り返して国連より経済制裁を立て続けに受けてきました。特に北朝鮮の挑発対象であるアメリカは空母艦隊を朝鮮半島の合同軍事演習に参加させるなど、2017年末の東アジア地域は一触即発の空気が漂っていました。

 その一方で北朝鮮は度重なる経済制裁によって中国に自国の排他的経済水域(EEZ)を切り売りしただけでなく、自国の漁師たちを日本のEEZ内へ向かわせ命がけのイカ釣り漁を半ば強要させるなど、次第に国内経済の悪化を国際社会へ露呈していくことになりました。すると北朝鮮は2018年2月に開催される平昌五輪による南北融和路線へ舵を切って急速に韓国へ近づき、2018年4月には南北首脳会談を実現させると和平に向けた板門店宣言が採択されます。アメリカのドナルド・トランプ大統領も平昌五輪をキッカケとした南北首脳会談の動きに合わせ北朝鮮に接近、2018年6月にシンガポールにて史上初の米朝首脳会談が実現しました。

 とは言え、1年ほど前まで激しい対立関係だった両国の首脳会談が円滑に進むことはありませんでした。シンガポール会談ではトランプ大統領が金党委員長へ終始高圧的に接する場面が目立っただけでなく、肝心の核開発停止は確認程度に留まり国際社会が世紀の会談と期待した両国首脳の接触は後味の悪いものになります。その後、両国政府は次回の会談に向けて中国や韓国への根回しを進めますが、アメリカが北朝鮮の核施設廃棄が進んでいるのか疑問視するなど米朝間には一定の緊張感が維持され続けます。ただしアメリカは安全保障上の脅威となる要因の払拭を、北朝鮮は経済制裁の解除を双方目指していたため、シンガポール会談後は次回の会談開催に向けた詰めの調整が低調ながら進んでいました。

 年が明けて2019年1月になると2回目の米朝首脳会談開催が現実味を帯びて2月初旬に入りトランプ大統領の口から2月27日・28日、両国にゆかりあるベトナムでの会談実施が明言されます。開催都市は米朝双方で意見の食い違いがありましたが北朝鮮が希望したハノイでの開催となり、2月23日に平壌を出発した北朝鮮の特別列車が26日朝にベトナムに到着。トランプ大統領も追って政府専用機でベトナム入りしました。

決裂した米朝合意

 会談に先立ちトランプ大統領はTwitterで金党委員長を友人として「過去の歴史に類を見ない」発展が期待できると、開催地ベトナムとアメリカ経済のつながりを例になぞられてツイートしました。27日夜に両国家元首は1対1で顔を合わせて挨拶と食事を終え、翌28日には複数人の事務方を交えて合意文書が署名されるはずでした。

 ですが予定されていた28日の昼食会が実施されず突然と会談中止が発表され、昼過ぎに金党委員会を乗せた車が会場ホテルを後にする様子が撮られました。当日16時に急ぎ開かれたトランプ大統領とマイク・ポンペオ国務長官による記者会見では会談中止の理由について、トランプ大統領はアメリカが求めた秘密施設を含めた核施設全面廃棄を北朝鮮側が呑めなかったため文章署名に至らなかったと説明、併せて北朝鮮側が経済制裁の全面解除を押し出して要求してきたことも明かしました。そのため、北朝鮮との対話関係は継続させるものの次回会談の実施は約束していないと発言したのです。

 元来首脳会談というものは、両国の事務方達が事前に何度も合意点を探りあって最後に首脳同士による署名で国家間合意に至るのがセオリーですが、ハノイでの米朝首脳会談が決裂した主要因は各国メディアが指摘している通りその事務方の準備不足によるものです。トランプ大統領は現在ロシアゲートの捜査追求だけでなく、中米から来る難民キャラバンに向けたメキシコの壁建設問題、政府機関の閉鎖問題など数多くの内政課題を抱えており、シンガポール会談以後は次第に東アジア情勢の対応がおざなりになっていました。対する金党委員長も意にそぐわない政権幹部の粛清を繰り返した結果、政権内で建設的な議論ができる土壌が揺らいで事務方が金党委員長の考えを推し量って議論を重ねないといけない状況に陥っていました。

 両国ともに国内事情で会談における合意内容を深く煮詰めることが叶わず、トップ同士がサインするだけの状況にまで話を整理できなかったため、建設的な会談ができずに交渉が決裂した点は疑う余地もありません。トランプ大統領は今年11月に迫る大統領選の実績材料として、金党委員長は自国の経済制裁解除のため己が自我を優先してぶつけた末に合意締結が見送られる会談となったのです。

南北朝鮮の反応

 両国首脳が自らの考えを押し通そうとする姿が窺えたハノイ会談にて、核廃棄に向けた交渉が進展しなかった事実は会談を後味の悪いものとなりました。一方、低調な会談結果は朝鮮戦争の終結宣言に期待を寄せていた韓国社会の空気を重くし、交渉相手の北朝鮮国内では国内報道で合意締結に至らなかった事実を伏せる状況が生まれました。

韓国

 予定を早めて政府専用機でベトナムから出国するタイミングでトランプ大統領は韓国の文在寅大統領との電話会談に臨み、南北情勢の改善を促すためにも韓国政府の助力を期待すると文大統領にお願いしました。電話会談中は北朝鮮への批判は避けられましたが、突っ込んだ議論が行われなかった点からも会談が失敗した現実が浮き彫りとなりました。

 翌日に実施された3・1独立運動100周年式典の登壇でも文大統領は「トランプ大統領の示した継続対話の姿勢を高く評価する」と語って、会談の意味はあったとしつつも従来からの立場を触れる程度の意見表現となりました。加えて進展なき会談結果を背景としたトランプ大統領の対応に、韓国の康京和(カン・ギョンファ)外務大臣も「今後も米韓緊密なコミュニケーションを続けていくことを望む」といった差し障りないコメント発表しかしていません。それだけでなく、韓国世論で盛り上がりつつあった朝鮮戦争の終結宣言が発表されなかった失望感は韓国経済にも影響を与え、会談翌日の韓国経済平均は下落傾向となりました。

 結局、ハノイでの米朝首脳会談は韓国政府や国民が期待した成果を生まれず終了したため、会談前に朝鮮戦争の終結宣言を期待させた韓国メディアも扇動した論調を引っ込めている始末です。文大統領は実際に会談が開かれたこと自体に意味があると述べていますが、実際は朝鮮半島情勢の現状維持が長引くことに韓国社会は落胆しています。

北朝鮮

 米朝首脳会談の一部始終は平壌市内でもすぐさま一大ニュースとして取り上げられましたが、会談で実施される予定だった合意文書の署名が実施されなかった事実を伏せた報道が続いています。一方、ハノイ会談の交渉決裂と3・1独立運動100周年式典のタイミングに合わせて、2017年マレーシアで暗殺された金党委員長の兄である金正男氏の息子を支援する「千里馬民間防衛」が北朝鮮臨時政府の樹立を宣言しました。

 「自由朝鮮」に改名すると表明した千里馬民間防衛はネットに投稿した動画上で「金正恩は数々の非人道的行為を実施してきた独裁者だ」「光復(植民地解放の意味)の明るい光が平壌に届くまで人民を苦しめる者たちに抵抗して戦う」と宣言、脱北者だけでなく北朝鮮国民が連帯して金正恩体制を打破しようと訴えました。事実、元北朝鮮政府高官の脱北者からは「自由朝鮮は金正恩体制に反旗を翻した元北工作員の団体らしく、諜報力も資金力も十分あり反体制活動は十分可能」と語っており、韓国国会でも3月1日に野党議員が北朝鮮内の反独裁運動に関する特別法(仮称)を議会へ提出する方針を明らかにするなど自由朝鮮に歩調を合わせる動きも見られます。

 大国との交渉カードとして核施設全廃に踏み出せない金正恩体制に嫌気が差した脱北者の存在は年々際立ちつつあります。自由朝鮮による反発運動の呼びかけもそういった国民を無視する金正恩体制への反発心を示す行動ともいえ、北の同胞を心配する韓国人が同調しても何ら不思議ではないのです。

現状維持で苦しくなるのは北朝鮮

 トランプ大統領の記者会見に黙っていられない北朝鮮も会談翌日に会見を開き、北朝鮮が求めたのは「経済制裁の一部解除でアメリカは千載一遇の機会を逃した」と強気の発言を残しています。しかし実際、北朝鮮の国内経済は疲弊しきっており人道的側面で言えば一刻も早いアメリカとの国交改善が国際社会より望まれています。

 ただ、トランプ大統領による楽観的な考えに基づいて失敗したハノイ会談の結果は米朝両国に長い尾を残すでしょう。トランプ大統領としては迫る11月の大統領選に向けてのアピール材料を作りたかった思惑もありますし、金党委員長としてもいかに核施設処分を後回しにして経済制裁を引き出すか思案していた考えすべてがご破算したことになります。特に金正恩体制へ反発の動きを扇動しかねない自由朝鮮の登場は金党委員長としては憂慮される事態に他なりません。自らが権力に居座りたいがための政策を続けるのか、アメリカや自由朝鮮への歩み寄りの道を模索するのか、早期決断を下さなければ北朝鮮の国際的な立場が一層厳しくなるのは火を見るよりも明らかです。