ブレグジットで宗派対立悪化が懸念される北アイルランド

 イギリスのEU離脱(ブレグジット)に伴ってアイルランド国境における関税対策(バックストップ)が問題視されています。地元住民の間では、武力闘争を繰り返してきた積年の北アイルランド問題が再燃するのではと不安がよぎっているだけでなく、長期的にもアイルランド島経済に暗い影を落としかねないと利害関係者からの反発は必至です。

アイルランド島内に吹き荒れる不安感

 国民投票によってEU離脱方針が容認された2016年以来、イギリスではアイルランド島を縦断している国境線を巡って論争が展開されました。特にEUの関税同盟による無関税流通が地域経済に寄与いているアイルランド政府と英領アルスター地方(北アイルランド)にとっては、当事者問題として大いに注目されてきました。

 まず地域産業の側面で言うと、黒ビール・ギネスに代表されるアイルランド産の物品はアイルランド国内の港だけでなく英領アルスター地方の港からも大量に輸出されています。現状、何ら対策もなくブレグジットが実施されるとEUの関税同盟で定める無関税貿易が廃止されるだけでなく、物流面でもトラックが国境を通過する度に検閲が必要となるため配送遅延が多発することになります。加えて、アイルランド島は国境に関係なく人の往来が活発なため無暗に検問所を設ける動きは地域分断を生みかねず、後述するカトリックとプロテスタントの対立を戦闘状態にまで発展させる可能性も秘めています。経済面だけでなく地域の均衡が崩れる恐れのあるブレグジットは頭を悩ませる課題のため、イギリス、アイルランド、EUにとっても法的な安全策を求めていました。

 その解決策としてEUから提案されたのがバックストップで、欧州圏の単一市場を守るためブレグジットによるイギリスEU離脱後も関税同盟の規定をアイルランド島内だけ有効とする案を提示しました。これにイギリス側も呼応してバックストップによる法的安全策を敷くこと自体には納得しましたが、与党・保守党の離脱強硬派からはイギリス連合王国の結束が鈍るとの反対意見が沸き上がり、テリーザ・メイ政権の閣僚が次々と辞職する事態が発生しました。それでもメイ首相はEUとアイルランドとの協議の末、2020年度末まで通商協議期間を設けてバックストップを有効とする合意に達したものの、最大野党・労働党からは「関税同盟を維持するならブレグジットする意味がない」との追及がはじまり国会議論が進展しない膠着が続いています。

 ブレグジットを念頭に置いたバックストップによる安全策は一応敷かれました。ですがEUが求める内容とイギリス政府が提示したい内容とでは隔たりが大きく、EUの関税同盟が適応されるのを嫌う保守党議員たちによって合意なき離脱が現実味を帯びてきたのが今の状況です。ただ、現地住民はブレグジットによる国境分断策は経済面だけでなくキリスト教宗派対立の面からも警戒しています。

北アイルランド問題の歴史

 そもそも、なぜアイルランド島にイギリス領土が存在しているのか。理由を知るには北アイルランド問題の歴史をなぞらなくてはいけません。今日では1998年に締結されたベルファスト合意体制下で一定の統制が保たれていますが、過去には武力闘争によるイギリス連合体制への対抗劇が繰り返されてきました。

 イギリス連合体制が発足する以前の12世紀よりイングランド王国がアイルランドへ強い政治干渉を行い植民地化すると、時代が進むにつれてイングランド人ルーツの権力者がアイルランドで幅を利かせるようになりました。すると、アイルランド人との混血化を危惧したイングランド本国が再度干渉策を講じますがペストの流行などで目論見はご破算となり、現代に続くアイルランド民族意識が醸成されました。潮目が変わったのはイングランドがプロテスタント国家となった16世紀、カトリック信者は都合の悪い存在としてイングランドはカトリックのアイルランド島民を差別する政策を次々と実施。1801年には反乱を抑える狙いでアイルランドをイギリス連合王国体制下に組み込み、19世紀後半にはイングランド寄りの支配者層とアイルランド人カトリック信者との貧富の差が過去最悪だと叫ばれるようになります。

 こうした歴史の積み重ねからアイルランド島民の怒りが植民地脱却の原動力となったのが第一次世界大戦前後で、大戦中の1916年に発生したイースター蜂起を皮切りに1921年のアイルランド独立戦争終戦により英国自治領アイルランド自由国が建国されました。しかし、イギリス政府が気遣い南部カトリック系議会と北部プロテスタント系議会に統治体制を分けたことが原因となり内戦が勃発。1923年に戦闘行為は鎮静化したものの、1937年のアイルランド完全独立時に北部アルスター地方6州はイギリス連合構成国となりました。その後、英領アルスター地方在住のカトリック住民に対する社会差別は悪化の一途をたどって1960年代には北アイルランド紛争が起こり、凄惨な殺戮劇が繰り返される社会情勢は北アイルランド経済を低迷させました。90年代に入り景気が上向いてようやく武装テロ組織の非武装化が始まると、1998年にベルファスト合意が採択されて長い争いに一応の終息が見えました。

 ブレグジットによるバックストップ制定が望まれるのも、8世紀以上闘争が続いてきた北アイルランド問題が一朝一夕で解決できない社会問題だという認識がイギリス全土で共有されているからです。さらに言えば、2010年代からのナショナリズム高揚の影響は北アイルランドにも着実に政治的な悪影響を及ぼしているため、当事者間にとっては穏便にブレグジットを済ませるためにもバックストップは安全策として必須なのです。

無政府状態の北アイルランド

2011年度北アイルランド国勢調査による
キリスト教宗派調査の結果
赤が濃いほどプロテスタントが多く
青が濃いほどカトリックが多い
※Wikipediaより

 アイルランド島民にとってバックストップは経済面だけでなく、歴史的な側面からも必要とされている施策だとご理解いただけたでしょう。ただ、北アイルランドでは現在進行形でイギリス連合派(ユニオニスト)と親アイルランド派(ナショナリスト)の対立が街中の壁越しに深刻化しており、2017年3月の北アイルランド議会選挙の末に無政府状態が続いている英領アルスター地方の現状はアイルランド島内の緊張感を高めています。

 アルスター地方6州がアイルランド自由国より離脱したのは州内にプロテスタントが多数派を占めていたことが最大の要因ですが、2011年度の北アイルランド国勢調査で調べられた宗教信者調査ではプロテスタントが48.4%だったのと比較してカトリックが45.1%と肉薄するほど増加しています。地域別に色分けされた左上の図を見てもプロテスタントが多い地域は東部の都市圏や沿岸部に集中していますが、それ以外の地域はアイルランド由来のカトリック基盤が強いことがお分かりいただけるでしょう。こうした地域住民の宗派バランスが崩れたことも相まって、2017年3月の北アイルランド議会選挙では極ユニオニスト政党の民主統一党と極ナショナリスト政党のシン・フェインが議会の多数派を占める事態となり、交渉の末に組閣する必要がある北アイルランド政府を発足できずイギリス本国による緊急統治体制が敷かれる始末となりました。

 欧州を席巻する極右の風が、2つ国家思想が並立する北アイルランドという特殊環境下で宗教対立を煽るように現れているのです。アイルランド島民にとってはブレグジットやバックストップも大変な関心事ですが、北アイルランド政府が延々と発足しない状況での内戦再発は大いに避けたい懸念事項なのです。

EU頼みのブレグジット交渉

 2019年3月29日のブレグジット離脱を前にした合意決議は最初1月15日に、続いて3月12日に改正案がそれぞれ提出されましたが、どちらも100票以上の差で合意案は否決されました。今後は3月14日までにブレグジットの離脱期限先延ばしをEU側に打診するための議論に入りますが、EUとしてもドミノ倒しで加盟国が離脱するキッカケとしたくないため、イギリスの離脱期限先延ばし申請に慎重な態度で応じるのは目に見えています。

 無論、EU加盟国との国境があるアイルランド島内のバックストップ運用についても同じことが言え、北アイルランド政府が機能していない現状を踏まえればメイ政権としても合意なきブレグジットを強行したくはありません。ただ、ブレグジット離脱期限がどれほど先延ばしにされるのかはEU加盟国首脳のさじ加減にかかっており、イギリスと北アイルランドにとっては巨大連合体の沙汰を待たねば自国の身の振り方すら決められない状況に陥っています。