ブレグジットによる流通障害が叫ばれるイギリス

 ブレグジットに伴うEU離脱からイギリスの物流事情が心配されています。陸上で国境を接するアイルランド島内における流通の非効率化だけでなく、ブリテン島からユーロトンネルや既存海上航路の遅延配送危機が叫ばれており、テリーザ・メイ首相はブレグジットにおけるEUとの交渉期限を延ばしただけでなく自国での対応策に四苦八苦しています。

進まないブレグジット議論

 2016年に実施された国民投票の結果を受けて与党・保守党の離脱派は反発の声とは裏腹にブレグジットを推し進めましたが、支持率に任せた解散総選挙で単独与党から陥落すると野党・労働党を中心とする反ブレグジット勢力からの追求は激しくなりました。当初、イギリスは2019年3月29日までにEUとの交渉を終わらせて枠組みから離脱する予定でしたが、妥協点で折り合いを付けられないメイ政権は離脱延期交渉の申請を余儀なくされています。

 ブレグジットで最大の論争要因となっているのはEUの関税同盟離脱による物流への悪影響です。現在イギリスはEUの関税同盟による無関税流通の恩恵を大いに受けており、仮に対関税同盟の代行策なくEU離脱が強行されると途端に物流は大きなダメージを受けますし、工場閉鎖による雇用減少も避けられません。加えて、プロテスタント信者とカトリック信者とのキリスト教宗派対立が再燃しかねない北アイルランドの現状を踏まえ、イギリス経済に打撃しか与えないブレグジットは避けるべきだと保守党内からも反発の声が大となります。これに呼応するようにメイ政権内でも強引なEU離脱を懐疑的に捉える閣僚が次々に辞職して、メイ首相もEUとの合意なきブレグジットを避けるため妥協した離脱協定案の策定を急ぐことになりました。

 ですが肝心の離脱協定案も2019年1月15日に1度目、同年3月12日に2度目の審議が実施されましたがいずれも否決されたため、3月14日にEU協定のリスボン条約第50条に基づいて脱退期限の延期をEU側へ申し出る決定を議会で可決する運びになりました。これと並行して、ブレグジット協議中はEUの関税同盟が適用されるよう安全策を敷くバックストップについてEU側と協議に入っていますが、陸続きでEU加盟国アイルランドと国境を接するアイルランド島のみブレグジット後もバックストップを適用するのか。という問題点の議論が過熱しており、アイルランド島とブリテン島を遮るアイリッシュ海を関税適応ラインとするべきでないと北アイルランド選出議員が断固反対しています。

 保守党の離脱強硬派とすればブレグジット完了後は現状の連合王国国境に沿った関税適応を望んでいますが、労働党や保守党反ブレグジット派を中心とする親EU派としては経済損失が計り知れない合意なきブレグジット強行は是が非でも避けたい思いがあり、両派妥協点を探れずにブレグジットの議論は進展しない状況に陥っているのです。

ドーバー海峡貿易の対策

 バックストップによる無関税物流を永続させかねないとの反発意見をはじめ、延々と話の結論が見出せそうにないブレグジット交渉案の議論ですが、対アイルランド国境問題と比較してフランスやベルギーとの流通問題を抱えるドーバー海峡上の貿易対策は着々と手が打たれています。

 ドーバー海峡はイギリス流通網の要で海の地下にはフランスとつながるユーロトンネルがあり、海上にもフランスやベルギー方面の物流フェリーがひっきりなしに航行しています。関税策を含め問題がドーバー海峡で発生すればイギリスの流通網は深刻なマヒ状態となるだけでなく、遅延配送も発生して必要な物資がブリテン島に行き渡らない事態にも発展しかねません。そのため、メイ政権はドーバー海峡を通行する物流トラックが国境の検閲所で立ち往生した際のことを考慮して、水際作戦をいくつか導入しようと画策しています。

 その第一の施策が使用されていない元軍事施設を駐車場代わりに使ってトラックの待機場を設け、ユーロトンネルにおける国境検閲の負担を分散しようという案です。イギリス政府主導で実施される物流問題の仮置き場策は社会実験も行われて一定の効果を挙げたとメイ政権は訴えていますが、使われなくなった施設を急に仮通射場として利用すること自体無理があるとの声も少なくありません。そこで第二の策として、廃港を再活用して運行されていない海上フェリー航路を復活させる流通路拡大策をメイ政権は推進しています。しかし、未使用施設を無理して改修する必要があるのには変わらず、仮にバックストップに基づく無関税流通が永続的に続くことになれば無駄骨になると懸念もされているのです。

 ブリテン島の流通網においてドーバー海峡は命綱ですが、ブレグジットによるEU離脱騒動でイギリスの物流環境に大きな揺らぎが生じています。また、メイ政権が対策として進めているトラック仮置き場設置や廃止航路の復活策も現行の無関税貿易が問題なく機能している以上、物流業界だけでなくイギリス財界からもブレグジットさえ実施されなければ不要な政策だとの認識が共有されています。

相次ぐ外資自動車企業の国外転居

 物流における無関税メリットが消失しかねないと不安視してブリテン島から離れ、EUの関税同盟が適用される諸外国へ生産拠点を移そうとする外資企業も後を絶ちません。日系企業だけを見ても自動車企業のホンダや日産がすでにブリテン島での生産拠点見直しを決定しており、現地で働く労働者からは戸惑いの声が挙がっています。

 ホンダはイングランド南西のスウィンドンで操業している工場を2021年までに閉鎖すると2019年2月にプレス経由で発表しました。表沙汰には生産自動車の電動化を図る国際戦略のためだとホンダは説明しましたが、工場で働く従業員約3,500人は解雇される見込みとなっており離脱交渉案で混沌としているイギリス議会でも槍玉に挙げられました。また、同月に日産もイングランド北東のサンダーランド工場で生産予定だった次世代型SUV車の製造を日本の工場に変更する旨を従業員へ伝えただけでなく、翌3月には最上級ブランド・インフィニティのサンダーランド工場生産も2020年前半までに終了する方針を発表しました。挙句、イギリス国産ブランドとして名高いminiの製造も資本上はドイツ・BMWの傘下に入っているため、合意なきブレグジットが強行されればオーストリアへ生産拠点が移される可能性が浮上しており、保守党が本来の支持基盤としている自動車関連産業界へのダメージは計り知れません。

 世界中の中小工場で生産されたパーツを組み立て製品化する自動車企業にとって、流通が鈍化しかねない合意なきブレグジットは自社の損益を叩き出しかねない懸念事項です。ホンダのように企業の方針転換も含めて工場が閉鎖される事例もありますが、イギリス国内の自動車産業がブレグジットによって弱体化していく事態は今後避けられないでしょう。

流通網の崩壊がイギリス経済を潰す

 主要産業たる自動車産業が底冷えすればイギリス経済の地盤沈下は避けられません。メイ政権にとっても、これから否応に発生するブレグジットの悪影響を軽減するためバックストップなどの物流安全策は必要不可欠なのです。ただ、使われなくなった施設をトラックの仮置き場として急に活用するにしても公的資金は投入されますし、イギリス国民の税収から財源が賄われることも忘れてはいけません。離脱強硬派や支持者たちのエゴが本来必要ない投資に回されているとの見立ても可能でしょう。

 いずれにしても、流通事情の停滞や働き口である工場閉鎖の影響を直に受けるのは他ならない市井のイギリス国民に他なりません。偉大なる大英英国の尊厳を保つための合意なきブレグジットの実施を推し進めることは、引き換えとして足元の国民生活を疲弊させかねないリスクを背負っているのです。