政治内紛がベネズエラ石油産業を崩壊させる

 独裁政権を維持したいニコラス・マデゥロ大統領と周辺南米国家から支持されるフアン・グワイド暫定大統領の対立が深まるベネズエラの政治混乱は、地場産業として多額の利益を生むはずの石油業を崩壊危機へと追い込んでいます。度重なるインフレーションによってベネズエラの石油会社は設備維持すらままならない状況に置かれています。

ベネズエラの政治内紛

 富裕層が幅を利かせる政治に不満を抱いていた貧民層を支持基盤として躍進した故ウゴ・チャベス元大統領の意思を受け継ぎ、2013年に大統領へ就任したマドゥロ氏は政府の中央集権化を推進して絶対的な権力を手に入れました。2017年には憲法改正のために設立した制憲議会を事実上の立法機関として既存国会から分離、独立した政府の長として自身の独裁体制を盤石としました。

 それに伴い、マドゥロ大統領が所属するベネズエラ統一社会党(PSUV)も次第に不正選挙による権力掌握へ動き出すようになり、制憲議会が成立した後に実施された統一地方選挙では国会側候補の当確予想が大多数を占めながらも大敗する現象が起きます。翌年の大統領選挙では統一地方選挙の結果から連立に亀裂が入った国会側の内部事情を他所に、マドゥロ大統領は票の買収や対立候補を投獄するなどの不正を実施して再選を果たしました。あからさまな不正に痺れを切らしたアメリカはベネズエラ産原油の輸入制限策など独自制裁へ踏み切り、アメリカを含む諸外国からの支持を後ろ盾として国会側もグワイド国会議長を暫定大統領に任命して反マデゥロの方針を国際社会へ訴えました。

 対してマドゥロ大統領はコロンビアなどの隣国へ流出していく難民たちを足止めしようと国境沿いに軍隊を派遣。アメリカや周辺国からの支援物資を締め出す非人道的な策を講じますが、国際社会から食糧危機を引き起こしていると非難されるだけでなく現地の兵士が軍を抜けて難民に味方する事態が多発してマドゥロ政権は国際的に孤立を深めています。しかしながらアメリカとの国交断絶宣言やグアイド暫定大統領の側近を強襲して拘束するなど、中国とロシアを後ろに据えているマデゥロ政権の強気な弾圧姿勢は現在も変わりはありません。新冷戦と叫ばれはじめている米中露対立がベネズエラの政治内紛をより深刻化させているのです。

 マドゥロ大統領が権力を手中に収めた結果、ベネズエラでは正当な民主政治が機能しなくなっただけでなく深刻な人権侵害への非難が集中する治安状況となりました。これと並行して多くの国民は難民生活を余儀なくされており、経済に潤いを与えていたはずの石油産業も政治混乱の煽りを受けて急速に失速しています。

石油大国の没落劇

 歴史的に振り返れば、過去ベネズエラは豊富に埋蔵されている石油を活用して国内経済を成長させてきました。ですが富を生み出す石油利権を富裕層や政治家が独占したことでベネズエラの経済格差は大きく広がり、軍人であったチャベス元大統領による社会主義改革が貧民層に受け入れられた末、ベネズエラは経済破綻国家の道を歩むことになります。

 第二次世界大戦後の石油価格上昇で南米随一の経済成長国家として存在感を示したベネズエラは、1960年代に入ると徹底的な反共産主義政策に基づいた社会主義排斥運動を推進しました。それだけでなく、石油輸出国機構(OPEC)の設立加盟国として名を連ねるなど南米の盟主として立場を固めようとしており、今日のマドゥロ政権とは正反対の方針を執っていたのです。ですが、石油による利益は自由経済の論理に従い政財界の権力者が次第に独占するようになって格差は広がり、貧民層は政治家や有力実業家たちを目の敵として恨むようになりました。この事態を憂慮したのが左翼勢力と太いパイプを持っていたチャベス元大統領で一度は軍事クーデターを率いて投獄されますが、非武力の政治団体を組織すると釈放された1999年に貧民層からの圧倒的な支持を受けて大統領に就任します。

 その後チャベス元大統領は社会主義思想の基、貧困層向けの農地分配政策や無料診療制度を導入するなどしたため富裕層らが起こした反政府デモで活発化。間もなくチャベス元大統領は失脚しましたが、反チャベスデモ後に発足した暫定政権が強権的方針を示したため軍がチャベス元大統領支持に寝返り、それ以来反チャベス運動は鳴りを潜めます。また、内政事情は混乱していましたがチャベス元大統領は並行して自走した経営で安定していたベネズエラ国営石油会社(DPVSA)に強硬な経営介入を実施、たちまちDPVSAはチャベス政権の意向を汲む組織転換を強いられました。手堅い外貨獲得手段を抑えたと踏んだチャベス政権はその後、外国の農産物を大量輸入して格安で国民に販売しながらも不足購入金額分を石油収益で賄う政策を強行、畑仕事だけでは食べていけない国内農家を激増させます。

 マドゥロ政権に代わってもリーマンショック以来続く自国通貨のインフレを抑えられない経済事情とは裏腹に、外貨収入の約9割を石油産業に依存する体質は見直されませんでした。ですが2014年頃よりアメリカ石油メジャーが過去、切削困難と言われていたシェールオイルの増産に踏み切ると途端に国際石油価格は急落。2015年には前年比60%もの石油相場の下落が発生してベネズエラ財政は急激に悪化しました。マドゥロ大統領が制憲議会を独立させた2017年には、他国からの国債を期限内に返済できない債務不履行を引き起こしてベネズエラ政府は事実上経済破綻しました。

 国営企業ながらも自由度の高い経営で成長してきたDPVSAを買収して社会主義政策の負担を投げつけただけでなく、シェールオイル切削による石油価格下落の影響を回避する政策を何ら講じなかった。マドゥロ大統領を非難する声が国内外から高まるのは必然と言えますし、支持基盤だった貧民層の間でも裏切られた気持ちを抱いている人々は少なくなりません。

石油産業への影響

 世界的な原油価格の大幅な下落は石油収益に依存してきたベネズエラの社会主義政策を破綻させただけでなく、ハイパーインフレーションを引き起こして国家財政すらも破綻させました。国内の財政問題は施設の老朽化が叫ばれているベネズエラ国内各所の石油精製所にも悪い影響を着実に与えています。

 対外債務の債務不履行が明らかになる時期に差し掛かる頃には石油の切削作業や保守点検が満足にできず、現場労働者の賃金支払いもままならない状況に陥る精製所が増加して産油量が激減。2017年に1日あたり211万バレル掘り起こされていた石油2018年には1日あたり115万バレルにまで減少し、ベネズエラの石油産業は急速に荒廃していきます。さらにアメリカは独自制裁だけではなく、ベネズエラ産石油を大量輸入しているインドなどにもベネズエラ産石油を仕入れないよう要求しており、国連がマドゥロ大統領とアメリカ政府の対立激化が深刻な人道危機を生み出していると警鐘を鳴らしています。

 内政混乱による経済活動の鈍化も国の外貨収入基盤を成す石油産業の崩壊を促したと言い切れます。石油が十分に供給されない影響は2019年3月に発生したベネズエ全土の大停電にも多大な影響を与えており、マドゥロ大統領による強権的社会主義政策が結果として国民の貧困化を加速させているのです。

状況打開には石油がカギ

 イギリスのエネルギー企業ブリティッシュ・ペトロリアム(BP)の2016年統計では約3,000億バレルもの原油がベネズエラに埋蔵されていると推測されています。しかし、チャベス元大統領と政策を引き継いだマドゥロ大統領によって石油産業は社会主義政策の犠牲となり、世界的な石油価格の下落とハイパーインフレーションによって国営石油会社の業績も劇的に悪化しました。

 それでもマドゥロ政権がアメリカに対して強気の姿勢を崩さないのは中国やロシアの後ろ盾を持っているためで、国民が生命の危機にさらされているにも関わらずマドゥロ大統領は面子を保つことに必死になっています。また石油利権を自らに近しい軍人や政治家に与えるだけでなく、支持者ではない公務員も引っ張り出してマドゥロ大統領を支持する集会に強制参加させようと働きかけており、国内権力の内輪固め統制に精を出している状況に国内外から厳しい非難が殺到しているのです。一方でチャベス元大統領の時世より続く社会主義政策の数々はすでに崩壊同然の状態となっており、このままマドゥロ大統領による強権政治が続いても経済回復は絶望的と言えるでしょう。現実的に考えてベネズエラ経済を回復基調に戻すには海外からの投資による石油産業の復活を狙うしかないのです。