2019年ウクライナ大統領選挙で躍進するゼレンスキー候補

 決選投票にもつれ込んでいる2019年ウクライナ大統領選挙で、政治経験のないコメディアンのウォロディミル・ゼレンスキー氏が支持率トップをひた走っています。ロシアとの散発的な戦闘が続く東部2州の領土問題を解決できない政治家達にウクライナ国民の失望感は高まっており、政界を風刺するゼレンスキー氏に期待する声が大きくなっています。

対露関係で揺らぐウクライナ政界

 そもそもウクライナ国民はなぜ政治家へ失望しているのか。隣国ロシアのソ連体制が崩壊した頃からの歴史を追っていくと分かりやすいでしょう。東西冷戦時代のウクライナはソビエト寄りの政治家が幅を利かせていましたが、ソ連が崩壊するとウクライナ人アイデンティティを重要視する住民とロシア語を話すロシア系住民との対立が鮮明となりました。

 さらに独立してから抱えてきた対露向け債務が年々膨れ上がって経済破綻寸前の状態に陥ったため、2004年にオレンジ革命が起きて親EU派のユシチェンコ政権が誕生しました。これにロシアが黙っているはずもなく、格安で提供していたウクライナ向け輸出天然ガスの値上げ措置に踏み切るなど対抗策を示しました。2010年大統領選挙によって親露派のヤヌコーヴィチ政権が始動するとロシアとの関係改善に動き出しましたが、親EU派の多い西部や中部地域の国民はヤヌコーヴィチ政権が2013年にEUとの協定調印見送りに反発。反政府デモ・ユーロマイダンに発展するとヤヌコーヴィチ政権は崩壊しました。親露政権の打倒に警戒感を強めたロシア政府はすぐにクリミア半島への派兵を決定すると、1カ月も経たないうちにロシア系住民の熱烈な歓迎と併せてクリミア半島を併合されます。

 唐突なクリミア半島占領にウクライナ政府も驚きを隠せず旧西側諸国と共に対露制裁措置を実施しますが、事態に触発された東部ドネツク州とルガンスク州を中心にロシア人住民による武力闘争が勃発しました。戦闘が国内全土に広がる懸念もされましたが親露派のペトロ・ポロシェンコ大統領が選挙で勝利すると事態鎮静化が急がれ、翌2015年にベラルーシの首都ミンクスにて停戦合意が成立します。しかし、東部2州にまたがって敷かれた親露派住民が支配する地域では依然として散発的な戦闘が続き、2018年11月にはクリミア半島周辺を航行していたウクライナ海軍艦船がロシア連邦保安局に拘束され、ウクライナ全土で失望感が広がることになりました。この時期には2019年大統領選挙の機運も高まっていましたが、既存政党からポロシェンコ大統領の対抗馬として名が挙げられたのが汚職容疑で逮捕歴のあるユーリヤ・ティモシェンコ氏だったため、まともな有力大統領候補はいないのかとウクライナ世論は政界に背を向けたのです。

 こうした経緯から2016年にウクライナ国内で大ヒットしたドラマ「国民のしもべ」で主演を務めたゼレンスキー氏に注目が集まることとなり、資産家イホル・コモイロスキー氏をバックボーンに創設された新たな政党。「国民のしもべ」からゼレンスキー氏は大統領候補として選挙に臨むことになりました。

ドラマ「国民のしもべ」

 ウクライナ東中部にあるドニプロペトロウシク州出身のゼレンスキー氏は父親と共にモンゴルで暮らしたのち、キエフ国立経済大学へ進学すると旧ソ連圏で人気だった大学生参加型コメディーショー「KVN」で頭角を現しました。以来、ロシアのテレビ番組で一躍スターとなると母国とロシアの架け橋として活動するようになります。

 転機は2014年、ロシアがクリミア半島を強制併合した報復としてウクライナ政府が危険人物をまとめたブラックリストを作成したことです。元来、ソ連時代からロシアとの文化的なつながりが強いウクライナでは両国で活躍するコメディアンが多く、メディア関係者もリストに記される可能性もありゼレンスキー氏は茶番だと一蹴しました。その翌年に主演を務めたのが、資産家コモイロスキー氏が経営するテレビ局1+1で放送されたドラマ「国民のしもべ」だったのです。平凡な高校教師がひょんなことから大統領となって汚職が蔓延する政界を清浄化していくストーリーは広く受け入れられ、ウクライナ全土で政情の好転を願う機運が高まりました。するとウクライナの財閥企業家でもあるコモイロスキー氏は大統領選挙に向けて動き出し、2017年に新党「国民のしもべ」を立ち上げて迫る2019年大統領選挙にてゼレンスキー氏を大統領候補として推薦すると発表しました。

 ウクライナだけでなくロシア国内にも顔が通じる。ゼレンスキー氏は既存の政治家が掲げるロシアとの軍事対立路線を否定しています。この考えの素地にはロシアを含めた外国との関係がウクライナを形成しているというゼレンスキー氏や支援者たちの思いがあり、真新しい新党を立ち上げて大統領選挙に臨む格好となったのです。

コメディーで支持を訴える

 テレビドラマを追い風として大統領候補者に名乗りを上げたゼレンスキー氏ですが、選挙へ立候補してすぐは最大野党の党首として支持基盤が固いティモシェンコ氏との支持率に差がありました。ですが、ロシアが強行併合したクリミア半島周辺の情勢が緊迫すると次第にゼレンスキー氏への支持が集まることになります。

 2018年5月にクリミア半島とロシア本土をつなげるケルチ大橋が開通すると、ポロシェンコ大統領は国際法を無視した最新事例だと痛烈に批判。これに関連付けてティモシェンコ氏も各メディア媒体を使った大々的な政治広報に乗り出しました。しかし同年11月にウクライナ海軍艦船がロシア側へ拿捕されるとポロシェンコ大統領は相変わらず非難ばかりに終始し、ティモシェンコ氏陣営も延々と続けてきた広告の過剰出稿によって有権者から嫌悪感を抱かれるようになります。対してゼレンスキー氏は従来のような大統領選挙演説は実施せず、自らの喜劇でウクライナ政界の現状を皮肉るなど目新しい選挙広報策を採ったことで急激に支持率を拡大。年明けにはティモシェンコ氏を大きく引き離して大統領選挙の候補者支持率1位を盤石なものとします。結果、2019年3月31日に実施された第1回選挙では得票比率30.24%と2位のポロシェンコ大統領に2倍近い差をつけました。

 来る4月21日にゼレンスキー氏はポロシェンコ大統領との決選投票に挑みますが、各メディアによる支持率調査を見てもゼレンスキー氏の勝利は確実との予想に揺らぎはありません。ドラマのイメージだけでなく、これまでのウクライナ政界が採ってこなかった選挙広報策によってゼレンスキー氏は大統領選挙を優位に進めています。

イメージ先行への懸念

 ロシア非難を集中させるポロシェンコ大統領やティモシェンコ氏と違い、国内外のロシア人を尊重して対話の道を模索していこうと奮闘するゼレンスキー氏の姿にウクライナ国民は一縷の希望を抱いています。ただ注意しておきたいのは、ゼレンスキー氏は大富豪コモイロスキー氏の支援があって大統領選挙を戦っている点です。

 ウクライナの新興財閥トップでもあるコモイロスキー氏はこれまで、自身がユダヤ人だったことでウクライナ政界から距離を置かれる立場にありました。ですが同じユダヤ人のゼレンスキー氏が大統領選挙に勝利すれば、ウクライナ人を尊重する政界の気風に風穴を開けて国内のユダヤ人権益を拡大できると睨んでいるのです。またユダヤ人が大統領に就任するとなれば、強固なユダヤ人コミュニティを持つアメリカからの外交支援が期待できる一方でロシアとの対立が激化するリスクもあります。選挙期間中はドラマのイメージが先行して人気を集めていたゼレンスキー氏が大統領になって苦境に立たされる。というシナリオも現実に想定できるのです。