2019年イスラエル国会総選挙から考えるユダヤ人入植問題

 パレスチナ情勢に大きな変化を与えると注目されていたイスラエル国会総選挙が2019年4月9日に実施され、ベンヤミン・ネタニヤフ首相が率いる与党リクードが提携する右派政党と合わせて議席過半数を確保しました。これにより、パレスチナ自治区で続くユダヤ人入植が継続される見込みとなり国際社会は非難を強めています。

パレスチナ人を弾圧するユダヤ人国家

 イスラエルを巡る国際的な政情不安は今に始まった話ではありません。聖地エルサレムへの帰還を願うシオニズムの広がりから1948年にイスラエルが建国されて以来。中東では幾度となく現地に住んでいたパレスチナ人ムスリムに関連する戦争が起きました。そして武力衝突が起きる度にイスラエルは強固なユダヤ人コミュニティを持つアメリカによって支援され、いつしかイスラエルは中東一の軍事大国に成長しました。

 ネタニヤフ首相が率いる右派政党リクードが2009年に政権与党となるとパレスチナ人への風当たりは一層に激しくなりました。イスラエル政府は前年に発生したガザ紛争の報復的な意味合いを込めてパレスチナ自治区へのユダヤ人入植推進を決定。国際社会からの非難を他所にユダヤ人がパレスチナ自治区に引っ越すようになりました。これに対してパレスチナ自治区では講演の中継スクリーンにネタニヤフ首相が映し出されると聴衆が一斉に靴を投げ始めるなど、パレスチナ人がユダヤ人入植計画に強い憤りを表す動きが活発化します。長年の武力衝突だけでなくネタニヤフ政権の対パレスチナ人政策は双方の対立感情を煽り続けているのです。

 さらにアメリカでユダヤ人支持層を抱えるドナルド・トランプ大統領が就任するとネタニヤフ首相の国粋政策は過激さを増します。トランプ大統領が在イスラエル米国大使館をテルアビブからエルサレムへ移転させると、途端にパレスチナ自治区とイスラエルとの境界線ではパレスチナ人による過激デモが発生。イスラエル軍が治安維持を名目に発砲して約3,000人もの死傷者を出す惨事へと発展しました。さらに国会選挙が直前となった2019年3月、トランプ大統領がイスラエルとシリアが領有を争っているゴラン高原のイスラエル領有を認める発言をしたことに便乗して、ネタニヤフ首相は政権継続となればユダヤ人入植が完了しているパレスチナ自治区の一部をイスラエルに併合すると発表したのです。無論、パレスチナ自治政府はすぐに非難の声明を出しています。

 トランプ大統領という大国の国家元首を味方につけ、ネタニヤフ首相はパレスチナ人の意を汲むこともなくムスリム居住地域へ強引なユダヤ人入植を続けています。国際社会も植民地化を禁じたウィーン条約違反だとしてイスラエル政府への非難を繰り返していますが事態打開の兆しは見えません。そのため、国際法に違反するパレスチナ自治区への圧力をイスラエルが今後も継続するのか。各国とも大きな関心事としてイスラエル国会総選挙を注目していたのです。

国会総選挙結果

 イスラエル政界は長年、ネタニヤフ首相率いる右派政党リクードが存在感を示してきました。2015年の前回国会総選挙においても少数政党が乱立する状況で第1党となる30議席を確保して右派連立政権を発足させています。対してイスラエル労働党などの左派勢力はユダヤ至上主義が根強いイスラエル国内において憂き目を見る立場であり、毎度総選挙ではリクードの後塵を拝してきました。

 ですがネタニヤフ政権による過剰なユダヤ人国家観に基づく政策に嫌悪感を持ち、国会選挙を控えて浮上したネタニヤフ首相の汚職問題にもメスを入れるべきと考える有権者が次第に続出します。ユダヤ人とパレスチナ人との共存と汚職撲滅を願う声は中道派政党として地盤が固いイッシュ・アディットへ集まりますが、過去ネタニヤフ首相の批判ばかりしてきたイッシュ・アディットに政権を委ねて大丈夫なのか。不安視する声も少なからずありました。そのためイッシュ・アディットは2018年に結党された新党イスラエル回復力党と中道右派のテレムと手を結び、中道政党連合「青と白」として国家総選挙を戦う協定を締結。連合代表にはイスラエル回復力党のベニー・ガンツ党首が就任しました。イスラエル軍元参謀総長という経歴を持つガンツ党首が青と白代表に就任したことで、イッシュ・アディットを筆頭とする中道政党の勢いはリクードをはじめとする右派政党に肉薄しました。

 ただ、イスラエルは聖地エルサレムを取り戻した誇りを胸にする右派国民が多数派を占めており、選挙結果はパレスチナ人を尊重する中道思想を邪険に考えているユダヤ人国民が多いことを示すものとなります。政党連合化によって支持者を集めた青と白でしたが、リクードの保守基盤を崩すことは叶わず青と白とリクードの双方とも120議席のうち35議席を獲得する痛み分けとなりました。また、青と白の躍進によってパレスチナ人へ寛容な姿勢を貫くイスラエル労働党などの左派政党が軒並み議席を減らすことになり、反対にリクードと連立政権を担ってきた右派政党の議席増減はほぼありませんでした。

 保守層の多いイスラエルのユダヤ人気質から中道政党連合が躍進したのは注目されるべき点ですが、反してパレスチナ人との協調を掲げる左派政党が風前の灯火に立たされる状況にもなったのです。この結果、ネタニヤフ首相が進めてきた国際法違反と叫ばれているユダヤ人入植がなお一層推進される見込みが立ちました。

ユダヤ人入植地域の日常

 国会総選挙で右派政党が牙城を守っただけでなく中道連合の青と白が台頭した結果、ネタニヤフ首相が掲げたユダヤ人入植が完了したパレスチナ自治区のイスラエル併合が現実味を帯びる話となりました。さらにイスラエル政府は新たな入植地を建設する方針を示しており国際社会からの更なる批判は必至です。

 一方、すでにユダヤ人入植が完了したパレスチナ自治区の現地住民はイスラエル軍兵士が巡回する環境下で生活をしています。ユダヤ人入植地として整備された街の多くは閑静な住宅街として整備されており、イスラエル政府もマイホームを求めるユダヤ人子育て世代をターゲットにして積極的な入植斡旋をしています。そして住宅造成地から一歩外れればイスラエル空軍の空爆によって家を失ったパレスチナ人が住む難民キャンプが存在しますが、アメリカが国連のパレスチナ救済機関への支援金を打ち切ったため必要な教育や保健事業の継続が困難な状況になりつつあります。ユダヤ人入植地では過去にユダヤ人の子どもが殺害された報復が連鎖した末、ネタニヤフ首相がパレスチナ自治区ガザを空爆する事態となり約2,200名もの犠牲者が発生する惨事も起こっています。政府主導による合意なきユダヤ人入植が争いの種をまいている事実は否定できません。

 ユダヤ人の子育て世代がパレスチナ自治区へ入植する動きからは、造成された入植地は永遠にユダヤ人の土地だとイスラエル政府が暗に発信しているとも捉えられるでしょう。加えて衛生的な住宅街の近くではユダヤ人に憎悪心を持つパレスチナ人が、難民キャンプで苦しい生活を強いられている現実にイスラエル政府は目をつぶっています。

シオニズムファーストの増長

 クリードなどの右翼政党が支持を受けるほどパレスチナ問題の平和的解決は遠のいていきます。ただ、今回の国会総選挙で中道政党連合である青と白が前回比24議席増もの大躍進を遂げた点を踏まえれば、ネタニヤフ首相が進めるシオニズムファースト政策への嫌悪感がイスラエル国内でも確実に広がっている兆候もうかがえます。

 国際社会としてもユダヤ人とパレスチナ人との調和を考える中道政党の勢力拡大は喜ばしい話でしょうが、ネタニヤフ政権が進めてきたユダヤ人入植が今すぐ中断されるわけではありません。むしろ右派政党による連立政権発足の推測が想像し難くないですしユダヤ人によるパレスチナ自治区入植は今後も進むでしょう。しかし、強引なユダヤ人入植が生み出しているのは貧困や争いばかりで地域の安定に何ら寄与していません。パレスチナ自治区で虐げられている人々を救うためにも、国際社会はイスラエルの中道勢力と共闘して新たな枠組みによる和平交渉に臨むなどの対応変化が必要です。