ポロシェンコ大統領に勝利したゼレンスキー氏の不安点

 ユダヤ人コメディアンのウォロディミル・ゼレンスキー氏が優位に選挙戦を進めていた2019年ウクライナ大統領決選投票にて、ゼレンスキー氏が現職のポペトロ・ポロシェンコ大統領を大差で破り次期大統領就任を確実としました。国民が腐敗した政治に改革の道が示されたと喜ぶ一方、ゼレンスキー陣営の運営基盤を不安視する声も挙がっています。

ウクライナ政治の腐敗改革

 ウクライナではこれまで既存政治家の汚職や外交政策のマズさから政治混乱が相次ぎました。ソ連が崩壊しても親露政権によるロシアへの経済依存によって国家財政が限界寸前となっただけでなく、経済の打開策として進めてきたEU接近策も協定調印を見送る事態となり国民の怒りが反政府デモ・ユーロマイダンとして現れました。

 そしてウクライナ東部にはロシア系住民が多く住んでおり、反政府デモによる危機感からロシアがクリミア半島へ進軍した際は諸手を挙げて占拠に協力しています。当然、ウクライナ政府はロシアの不法占拠行為だと反発して国土東部のロシア系住民とウクライナ東部紛争へ発展。2015年に停戦合意が締結されても散発的な戦闘が今も収まらず、政界では親EU派と親露派との論争が泥沼化していき国民の政治不信感は増幅され続けました。こうしたウクライナ国内で失望感が共有される最中、大統領候補として注目を集めたのが大ヒットドラマ「国民のしもべ」で一介の高校教師から大統領となる役を演じたコメディアンのゼレンスキー氏でした。以前よりウクライナ政府の対露政策に苦言を呈していたゼレンスキー氏がフィクションながらも、政治汚職に立ち向かっていく姿は政治へ荒んだ感情を抱いていた国民の気持ちをわしづかみとしたのです。

 これに合わせて、「国民のしもべ」を放送したテレビ局経営者で資本家のイホル・コモイロスキー氏はしがらみのない政治団体を立ち上げようと動き、2017年に新党「国民のしもべ」を立ち上げ2019年大統領選挙にゼレンスキー氏を大統領候補として擁立したのです。はじめは実績なきゼレンスキー氏の大統領選出馬に懐疑的な論調が強く、親EU派のユーリヤ・ティモシェンコ氏に支持が集まっていましたが、クリミア半島沖でウクライナ海軍艦船がロシア側に拿捕される事件が発生すると既存政党への支持率が急落。ティモシェンコ氏は既存政党の党首だけでなく過剰な広告出稿も相まって坂を転げ落ちるように支持者を減らし、ゼレンスキー氏が現職のペトロ・ポロシェンコ大統領も抜き去って支持率トップに躍り出たのです。

 支持率の逆転現象が起きた末。ゼレンスキー氏は2019年3月31日に実施された第1回大統領選挙にて得票数トップとなり、次席のポロシェンコ大統領との決選投票へ臨むことになりました。ティモシェンコ氏の選挙戦略ミスや対露関係の悪化から相対的に支持を拡大した点は否めないものの、ゼレンスキー氏は政治未経験ながら次期ウクライナ大統領の最有力候補に躍り出たのです。

選挙結果

 初回の選挙を終えてポロシェンコ大統領の2倍以上の票数を獲得したゼレンスキー氏でしたが、実は通常行われる選挙演説は一切実施していません。ゼレンスキー氏は自らの土俵であるコメディを用いて政界の現状を風刺する喜劇で支持を訴えたのです。キエフで実施された大統領選挙討論会にもゼレンスキー氏は参加せず、ポロシェンコ大統領は厳しい批判から逃げたとして仮に大統領に当選したらウクライナの将来を憂慮すると批判しました。

 しかし、ふたを開けてみると決選投票でゼレンスキー氏の得票比率は73.23%となり、ポロシェンコ大統領が獲得した得票比率24.45%に大差を付けて次期大統領へ当選したのです。地域別に見てもポロシェンコ大統領が優勢となったのは土着ウクライナ人意識が強い西部リヴィウ州周辺のみでした。対してゼレンスキー氏による既存の選挙戦略に縛られないコメディータッチの意見発信には新鮮味があり、初回選挙で落選したティモシェンコ氏の過剰な広告出稿と比較しても多くの有権者に受け入れられたのです。ポロシェンコ大統領は落選後、「選挙は成功裏に行われて民主主義を確実とした。私は国民の意思を受け入れる」と苦々しくもコメントを発表しました。同時にゼレンスキー氏は「みなさんを落胆させないと約束する」と勝利宣言を実施し、講演会場に集まった支持者たちから祝福されたのです。

 ゼレンスキー氏の大統領選勝利により、ユーロマイダンから停止しているEU加盟交渉再開も期待できるとウクライナ国内では称賛する声が挙がっています。とはいえ、ゼレンスキー氏が政治未経験者というだけでなく支援者のコモイロスキー氏も含めて、ユダヤ人である点はひとつ大きな不安材料として注目されるべきでしょう。

ユダヤ人コネクションへの懸念

 ウクライナ人でもロシア人でもない。ユダヤ人のゼレンスキー氏が支持を広めた理由のひとつに、ウクライナ東部紛争に関わる民族対立を中立的に判断できる数少ない人物として評価するきらいがあった事実は否定できません。ウクライナの総人口中1%にも満たないユダヤ人ですが、第二次世界大戦によるホロコースト以前は世界有数のユダヤ人コミュニティがウクライナに存在しました。

 現在その子孫の多くは国際情勢の変化によってイスラエルやアメリカなどの西側諸国に住んでおり、ウクライナ国内のユダヤ人とも太いパイプでつながっているのです。コモイロスキー氏はウクライナ国籍だけでなくイスラエル国籍も持っており、アメリカのユダヤ系実業家とも強固なコネクションを持っているため、旧西側諸国を介した柔軟な経済政策への移行も難しい話ではありません。こうした事情を踏まえてロシア側がウクライナ東部紛争で対立を抱えながらも、対露ビジネスで成り上がったポロシェンコ大統領を対ウクライナ経済制裁の対象から外すことで支援したのではとの憶測も広がっています。ゼレンスキー氏はウクライナ人からもロシア人からも手広く支持を集めていますが、その裏にはコモイロスキー氏の働きかけよって親米寄りの経済政策が次々と実施される可能性をはらんでいるのです。

 また、ウクライナで使用される天然資源の多くはロシア系企業によって供給されています。過去に親米政権が誕生した際にロシア政府がウクライナ向け輸出ガス料金を値上げする対抗措置を採った前例もあり、否が応でもウクライナの政権与党はロシアとの協調性を重んじた外交策を実施せざるを得ませんでした。ですが、コモイロスキー氏の影響下による過度な親米策が推進されればロシア政府が何らかの報復措置を加えかねない危機感も拭えないのです。

対露関係が焦点の国会選挙

 選挙期間中、ゼレンスキー氏はウクライナ東部紛争の平和的解決を前面に押し出して大統領選に勝利しました。ただ、欧米財界と親密な関係を築くコモイロスキー氏の存在を考慮すればロシア側が警戒しても不思議ではありません。加えて大統領選に続いてウクライナでは2019年10月に最高ラーダ(国会)選挙が実施されます。キエフ国際社会学研究所による事前の世論調査でもゼレンスキー氏が所属する「国民のしもべ」が支持率トップを走っており、ロシア人住民の支持も少数政党「野党ブロック」と「生活のため」が合併した「野党ブロック-生活のため」に集まっています。一方で、大統領選に出馬したティモシェンコ氏率いる「祖国」とポロシェンコ大統領を支持基盤「ポロシェンコブロック」の支持率は低調で「野党ブロック-生活のため」の後塵を拝している状況です。

 大統領選挙におけるゼレンスキー氏の勝利に注目が集まりがちですが、コモイロスキー氏の影響力を考慮すれば親露政党とのパワーバランスが決まる国会選挙こと真の天王山と言えるのです。議会の勢力図変化によってはゼレンスキー氏が明言する対露交渉がどう進むのかも変わってきます。