ベネズエラのグワイド派デモがなぜ鎮圧されたのか

 アメリカが支持するベネズエラ国民議会のフアン・グワイド暫定大統領が2019年4月30日。ロシアやキューバが支えるニコラス・マドゥロ政権に対する軍事クーデターに参加するよう訴え、同調した兵士がグワイド氏主導のデモ参加者と共にマドゥロ政権側の軍と衝突しました。混乱は5月2日までに収まりましたが、なぜ5月頭のタイミングでグワイド氏は大規模なデモとクーデターを実施したのでしょうか。

にらみ合う両陣営

 ベネズエラの独裁者として君臨した故ウゴ・チャベス元大統領の意思を受け継ぐマドゥロ大統領が就任し、ベネズエラでは崩壊した社会主義政策が引き続き推進されました。その影響は経済面に色濃く現れ、際限ないハイパーインフレーションが国家財政を圧迫するようになりました。政界でもマドゥロ大統領は中央集権体制を築くため2017年に国民議会から独立した制憲議会を強引に創設。マドゥロ大統領を党首とするベネズエラ統一社会党(PSUV)による独裁体制が敷かれ、ベネズエラの国権を司る立法機関が並立する異常事態に陥りました。

 その後実施された統一地方選挙や大統領選挙では国民議会支援の候補が不利になるよう選挙不正を行うなど、制憲議会が事実上権力を握る状態が続いたためアメリカなど旧西側諸国は民主主義の危機として国民議会を支援します。しかしマドゥロ大統領率いる制憲議会は経済知識の乏しい貧困層に厚く支えられるだけでなく、中国やロシアを筆頭とする旧東側諸国の支援を受けているため事態は膠着したのです。国政の正常化を目指したい国民議会はアメリカだけでなくコロンビアなどの南米諸国と協議の末、グアイド国民議会議長を暫定大統領に任命してマドゥロ政権の退陣を訴えはじめました。これにはマドゥロ政権による悪政で祖国を離れざるを得なくなったベネズエラ難民の救済を訴える目的が強く、マドゥロ大統領による人権侵害を国際社会へ強く訴える意味合いも込められていました。

 しかし、実権を握るマドゥロ大統領は国民議会側の動きに武力を持って対抗します。国境に配下の軍事部隊を派遣して支援物資の補給路を閉鎖するなど、更なる人権侵害が叫ばれる事件を引き起こしつつ弱っていた政権基盤を中露やキューバなどの協力で立て直す時間を作りました。アメリカもグワイド暫定大統領を支援する目的でマドゥロ政権に絡む個人や企業へ経済制裁を次々と発動させましたが、国際的に孤立しながらも旧東側諸国の太いパイプによってマドゥロ政権は耐えて国内権威を維持していたのです。両者緊張を高め合う事態に国連もベネズエラ国民の基本的人権や福利厚生に甚大な影響及ぼしかねないと警鐘を鳴らしており、泥沼化するグワイド派とマドゥロ政権側の対立は低調なベネズエラ社会を増して不安定としています。

 加えてベネズエラはすでに債務不履行に陥って国家財政が経済破綻しているため、時間の経過とともに両陣営の足元も弱体化しています。現に国民議会所属の政党幹部の多くがマドゥロ政権による弾圧策で国内資産を抑えられていますし、マドゥロ政権も旧東側諸国からの経済支援がなければ財政が成り立たない状態です。こうした双方の経済的疲弊からグワイド暫定大統領は5月1日の国際メーデーを決行日として大規模デモと軍事クーデターを呼びかけました。

グアイド暫定大統領の訴えと誤算

 国際メーデー前日となる2019年4月30日。グワイド暫定大統領は味方の軍事部隊に護衛されながら首都カラカスにて国権掌握に向けた蜂起を宣言し、ベネズエラ全土の兵士に軍事クーデターを促して一般国民にも国際メーデーに照準を合わせた過去最大規模のデモを実施するよう呼びかけました。財政的に厳しい国民議会側としては、世界的に注目が集まる国際メーデーを契機に各国の世論喚起と国民の団結を訴える狙いでした。

 ですが、グワイド暫定大統領が描いた計画図通りに事は運びません。青いバンダナをつけて同調する兵士の数があまりにも少なく、グワイド暫定大統領を支持するベネズエラ人のうち難民となっている人も多かったため、カラカスで実施されたデモは想定よりも小規模になりました。対して制憲議会側は国民議会を支持するデモ参加者を装甲車や放水車でなぎ倒し、ラ・カルロタ空軍基地に近づいたデモ参加者には実弾を使って人払いするなど人命を軽んじた弾圧を実施しました。予想された大規模な衝突に発展しなかったためマドゥロ大統領は国際メーデーの日に勝利宣言を行い、グワイド暫定大統領らによるクーデターやデモの動きはアメリカからの差し金だと批判したのです。

 グワイド暫定大統領としても、国際社会からの声を踏まえれば国民議会に味方する軍人も相当数現れるだろうと踏んだのでしょう。ですが、軍人に多くの利権を握らせて制御しているマドゥロ政権を揺るがすまでには至らなかったのです。グワイド暫定大統領の師で自宅軟禁となっていたオポルド・ロペス氏がカラカスに姿を現してスペイン大使館に身を寄せるなど、国民議会派は今後も反政府デモに備えようと立て直しを図っていますが、威信をかけて呼び掛けた民衆デモや軍事クーデターが失敗に終わった現実は否定できません。

マドゥロ大統領の亡命疑惑

 早々にデモとクーデターを鎮圧したマドゥロ大統領は反乱を鎮圧したと4月30日夜にマスメディアを通じで発表しました。翌月2日にはカラカス市内の軍事基地に姿を見せ演説を実施し、約4,500人の制憲議会派の兵士がカラカス市内を行進する様子をネット中継しています。こうしたパフォーマンスを通じてマドゥロ大統領は制憲議会こそ正統な政府だと訴え続けているのです。

 しかし、口先では強い口調のマドゥロ大統領もデモに備えて避難経路を周到に準備していた疑惑が浮上しています。グワイド氏によるデモ実施が呼び掛けられた当日。アメリカ・CNNテレビにてマイク・ポンペオ米国務長官が情報源を明かさなかったものの、マドゥロ大統領がキューバへ亡命しようチャーター機を準備していたと発言しました。ポンペオ長官は複数人のアメリカ当局関係者から得た情報として、マドゥロ大統領が支持者を見捨てようとしたと釘を刺しています。これに当のマドゥロ大統領はクーデター鎮圧演説と併せて「勘弁してほしい、全くの冗談だ」と発言していますが、中露やキューバの後ろ盾により面目を保っている制憲議会の現状を踏まえれば、たとえ亡命準備が事実だったとしてもマドゥロ大統領の口から明かされることは万が一にもないでしょう。

 仮にマドゥロ大統領が亡命する事態に発展すれば国内勢力の均衡が崩れるのも分かりきっていますし、真偽はともかくマドゥロ大統領は亡命騒動をねじ伏せる必要があるのです。それに離反した兵士の処罰するためにも制憲議会トップが国を離れるわけにはいかない事情もあり、否が応でもマドゥロ大統領は見栄を張ることを強要される立場になりつつあります。

所得格差が対立を助長する

 国際メーデーに合わせた国民議会派による大規模デモと軍事クーデターは失敗に終わったことを踏まえ、アメリカ政府はマドゥロ政権に対する軍事介入をちらつかせています。そしてマドゥロ大統領はデモ鎮圧を口実とした反逆者狩りに取り掛かっており、早速スペイン大使館に身を寄せる野党指導者ロペス氏の身柄引き渡しを要求しています。

 こうした政治混乱の最中で市民生活が疲弊していくのは言うまでもないでしょう。現金価値を信用できなくなった社会では中国製の電子決済システムの導入が進むなどプラス面も挙げられますが、ハイパーインフレを起こしても給料水準は上昇しませんし貧困が引き金となった犯罪も横行しています。そして社会主義国家のシステムが機能していた時代を知る貧困層の中高年世代には、独裁に走るマドゥロ政権が生活を豊かにしてくれると未だに疑いを持っていない人も少なくなりません。対して中産層以上の人々は国家財政が破綻している現状を踏まえてグワイド氏を支持する人が多く、所得格差が国内の政治混乱を根深くしているのは否定できません。払拭できない国民間の情勢認識の格差がベネズエラにおける政治内紛をより深刻化させているのです。