疲弊するガザ政府とパレスチナを締め付けるイスラエル

 パレスチナ自治区のガザ地区を実効支配するイスラム原理主義組織ハマスがイスラエルにロケット弾を放って始まった双方の戦闘行為がエジプトの仲介で2019年5月6日、昨年から数えて3度目の停戦合意に至りました。ただし、イスラエル軍はハマス主導のガザ政府による停戦発表を無視して空爆を続行させています。

デモ抗議への報復劇

 ことの発端は2018年3月のグレート・リターン・マーチからガザとイスラエル境界線沿いで1年以上続く「帰還の大行進」デモです。1948年に発生した第一次中東戦争によってパレスチナ人が住処を追われて70年の月日が流れ、パレスチナの人々が先祖代々の土地=現イスラエル国土への帰還。グレート・リターン・マーチを訴えようと多い時には数万人規模に膨れ上がるデモが毎週実施されました。

 これに警戒感を強めたイスラエル軍は催涙弾だけでなく実弾を使ってデモ参加者をけん制。毎週のように多くのデモ参加者が死傷して2014年のガザ侵攻以来最悪の事態に陥っています。2018年5月には在イスラエル・アメリカ大使館がテルアビブから聖地エルサレムへ移転されたことも相まって、ガザ地区におけるデモ活動にも拍車がかかり7月には凧に火炎瓶を取り付けてイスラエル領内で火災を起こす作戦。11月にはデモでハマス幹部が死亡したことを理由に約300発のロケット弾をイスラエルへ放ちました。いずれも対抗措置としてイスラエル軍がガザ空爆を実施すると双方の歩み寄りの末に停戦合意が締結されています。

 こうした前例に沿うように2019年5月3日。ガザ地区で実施されたデモにてパレスチナ人がイスラエル軍に発砲して兵士2名が負傷する事態が発生すると、すかさずイスラエル軍はハマス関連施設を空爆しました。ガザ政府もこれに対抗して4日から5日にかけて600発以上のロケット弾をイスラエル領内に向けて放ち、イスラエル軍も空爆を続行させるなど泥沼の様相を呈してしました。これに危機感を強めたガザ政府は6日、早々にエジプトの仲介によってイスラエルとの停戦合意に至ったと発表しています。つまりガザ側の行動が発端となりイスラエル軍がハマス拠点を空爆して落としどころを模索して停戦合意する一連の流れが帰還の大行進デモが発生して既に3度も繰り替えされているのです。

 裏を返せば財力も兵力もイスラエルに劣るガザ政府が事態悪化の先。紛争に耐えられるほどの体力がない実状を暗示しているわけですが、今回の停戦合意発表後もイスラエル軍はお構いなしにガザ地区の空爆を止めていません。1年以上続く帰還の大行進デモへの警戒感はイスラエル軍を大いに刺激しているのです。

ガザ地区における武力闘争

 イスラエルが帰還の大行進デモを発端とした一連の武力衝突と和平合意の繰り返しに痺れを切らし、ガザ政府からの停戦合意発表後もイスラエル軍が空爆を続けている理由を知るには、過去ガザ地区で発生した衝突の数々に触れる必要があるでしょう。最もハマスが旧来のパレスチナ自治政府からガザ地区の自治権を奪取した統治問題は、ガザ政府が抱える問題を抑えるうえで知らなくてはなりません。

 パレスチナ自治政府は前身のパレスチナ解放機構(PLO)の時代から、主要機関が集まるヨルダン川西岸地区とガザ地区の2ヵ所を共同統治する仕組みを採用していました。ですが、パレスチナ自治政府への不満を解決するため民間人が結成したハマスが積極的に市民の生活支援をはじめたのと対照して、汚職が蔓延したパレスチナ自治政府与党ファタハへの支持率が低迷すると、2006年のパレスチナ立法評議会選挙でハマスが議席過半数を獲得します。これに敏感に反応したのがイスラエルとアメリカでした。両国は事あるごとに武力闘争で先祖代々の土地への帰還を訴えるハマスをテロ組織扱いして、ファタハなどパレスチナ自治政府を長年支えてきた穏健派政党のみをパレスチナ自治区の代表者として接する方針を固めて旧西側諸国もこれに追随しました。

 この所業にハマス側はイスラエルを筆頭とする諸外国の対応に強く反発する意味も込めて2007年にガザ地区を武力占拠。パレスチナ自治政府の枠組みから離脱したガザ政府を設立してイスラエルへのロケット弾攻撃を開始し、ガザ紛争へ発展しましたがイスラエル軍による一方的なガザ制圧はアラブ諸国から「ガザの虐殺」と揶揄されました。その後発動された経済制裁によって、財政が苦しくなったガザ政府は対立するパレスチナ自治政府と暫定統一政権を樹立しますが、イスラエル軍からテロ集団と手を結んだと判断されて2014年のガザ侵攻が実施されます。こうしてガザの主要都市は破壊された末、侵攻終了後も散発的な戦闘が続き「天井のない監獄」と呼ばれるようになりました。頼みの連立政権も帰還の大行進デモによるイスラエルとの関係悪化から2019年4月に崩壊しており、ガザ政府は四面楚歌の状況に置かれています。

 武力闘争によるエルサレムへの帰還を是とするハマスは主張を通すためガザ地区に独自政府を樹立したものの、イスラエル軍の圧倒的戦力差を前に地区内の民生状況を急激に悪化させてしまいました。しかし、現在のパレスチナ自治政府がヨルダン川西岸地区のユダヤ人入植を黙認する外交姿勢にパレスチナ人も嫌悪感を抱いており、ガザ政府に命運を託すべきと考えるパレスチナ人も少なくありません。

弱体化するガザ地区の経済

 経済的にも市民生活レベルでも困窮しているガザ政府が体面を保てるのは、穏健思想の隙を突かれてイスラエル側の意向に屈している腐敗したパレスチナ自治政府とは異なり、手荒くともパレスチナ人の帰還権を訴え続けるハマスのほうが紙一枚マシだからです。しかし、帰還権を掲げてデモや紛争を繰り返す度にガザ地区は疲弊しています。

 まず、2014年のガザ侵攻に伴うインフラ損害を復旧させるには約5,000億円がかかると言われています。これに帰還の大行進デモをキッカケとした一連の武力衝突による復興費用も発生するわけですから、国際社会からのインフラ支援金が注入されても不足する負のループに陥っています。デモに参加した負傷者の処置も手一杯です。イスラエル軍は催涙弾や実弾のみならず、人体に命中すると体内を骨ごとえぐる「バタフライバレット」を使用してデモ参加者の足を切断させる非人道的な弾圧をしています。国際人道法で禁止されているにも関わらずデモ鎮圧にバタフライバレットを使用するイスラエル軍によって、今後もパレスチナ人の負傷者が増え続けるのは想像に難しくありません。加えてガザ地区では急激な人口増加も課題となっており食糧問題もますます深刻となりつつあります。

 イスラエルを筆頭とする諸外国の干渉によってガザ地区ではあらゆる社会課題が山積しています。さらに、かつてガザ政府と外交関係を築いていたイランやエジプトとの関係も悪化しており、ガザ住民の生活は国連やNGOなど慈善活動団体の支援を糧にしているのが現実なのです。

聖地帰還を訴えた末の孤立

 パレスチナ自治政府の腐敗した現状に悲観する声からガザ政府を樹立するまでに至ったハマスですが、非合法的な武装集団によって達成しようとする先祖の地への帰還策は外交上の孤立を招き、ガザ住民の生活水準も著しく落としているのです。事実ユダヤ人への積年の恨みからハマスを支持する層は多くいますが、戦闘が繰り返されることに嫌気が差してユダヤ人との協調を望むパレスチナ人も少なくありません

 だとしても、ガザ政府はパレスチナ自治政府との再連立を模索しながらも対イスラエル戦闘を続けるでしょう。2019年4月のイスラエル・クネセト(国会)選挙でもあからさまにパレスチナ人を冷遇してきた右派与党リクードが同率第1党となり、ベンヤミン・ネタニヤフ政権の継続は濃厚なためハマスにとって苦しい状況は変わらないのです。ヨルダン川西岸地区のユダヤ人入植を強行しているネタニヤフ政権の政策方針を踏まえても、ガザ地区への監視や抑圧がさらに強化させても不思議ではありません。そして、ハマスやガザ住民がイスラエル側に軽度の被害を与えただけで、イスラエル軍が空爆を返してくる図式はネタニヤフ政権が継続する以上。変化は望めないでしょう。