ポーランドの2019年欧州議会選挙を考える

 右傾化が叫ばれているポーランドで実施された。2019年欧州議会選挙は親EU政党連合の欧州連立が極右政党の法と正義に肉薄しながらも敗北する結果となりました。加盟国中6番目に多い52議席がポーランドに割り振られているだけに、法と正義の選挙勝利は今後のEU圏の動向に大きな影響を与えると見られています。

右傾化政党VS親EU政党

 ポーランドでは2015年の国民議会選挙を経て、反EU姿勢を是とする法と正義が政権与党となり国粋主義に基づく強引な政治がまかり通る状況に陥っています。司法機関の人事が政権の都合の良い人選で選定されるようになり、言論面では公共放送の幹部人事が掌握に留まらずネット投稿も言論統制の対象となるなど、民主国家とはいえない国家体制を構築されつつあります。

 親EU派の筆頭政党で政権与党も担った右派政党・市民プラットフォームはポーランド農民党や統一左派と連立して、議会に提出された人工中絶禁止法などにデモを実施して反発しましたが、エスカレートした末に国会を占拠する非常事態を引き起こしました。それでも法と正義は意に介さずホロコースト表現の罰則化や最高裁判事の定年引き下げを強行しています。特に政府に都合の良い人事を可能とする最高裁判事の定年引き下げにEUも民主的な司法機能を損なうとして、法と正義政府をEU司法裁判所に提訴する動きに踏み切っています。これに法と正義は「かつての共産主義体制の影響が残る司法制度を全面的に見直す必要がある」と述べていますが、2016年から履行されている法務大臣の検察総長兼務規定も未だに改正される見込みがないため、国内外の親EU派からの非難が止むことはありません。

 ですが、法と正義を強く支持するポーランド国内の地方民にとっては西欧諸国との縮まらない経済格差に不満が噴出しており、イスラム圏や北アフリカからの移民への警戒感も相まって右傾化の潮流を支持する流れを加速させています。国際情勢のねじれが親EUリベラル路線を推進する市民プラットフォーム他の政党と法と正義との対立を激化させているのです。

欧州連立の結成と新党『春』

 法と正義による司法権力の掌握は民主政治を侵害しているとして親EU派のポーランド国民は猛反発しています。しかし、親EU派の国民の多くはEU圏内で自由に行き来する機会が多い中産層以上の小金持ちで、ポーランド国内にしか自らの生計基盤を持っていない地方の農民からは法と正義政権による土着主義を支持する声が高まっているのです。

 そのためポーランド領内では法と正義の司法権掌握と共に、市民プラットフォームなどの親EU派政党に対する弾圧が厳しくなり党勢も減速していきました。国内に留まることしかできない地方民にとっては、若いポーランド人を西欧圏へ送り出すだけでなく所得格差を拡大させている親EU派の発想は受け入れられないのです。こうした国内支持基盤の弱体化から親EU政党の多くが迫る欧州議会選挙で勝ち目がないと判断し、2019年2月に結成されたのが主義思想を問わない政党同盟『欧州連立』です。市民プラットフォームを中心に伝統的右派政党のポーランド農民党や左派勢力の統一左派など、親EU派の主要政党が欧州連立への参加を表明しました。元ポーランド首相で市民プラットフォーム所属のドナルド・トゥクスEU大統領も6月4日に迫る民主化30周年の節目を踏まえて、新党を結党せずに各党連立を図って欧州議会選挙に臨むべきだと発言しています。

新党『春』を立ち上げたロバート・ビエドロン氏
※Wikipediaより

 ただ、親EU派国民の中には法と正義による権力掌握に対処できていない既存政党へ失望感を抱く人々も少なくありません。そうした既存政党に嫌気が差した層をうまく取り込んだのが新たに結党された反カトリック左派政党『春』です。過去に統一左派を離党して自由至上主義政党『みんなの党』を立ち上げた同性愛者のロバート・ビエドロン氏が旗振り役となり、ポーランドで反発が根強い同性婚の合法化や教育におけるカトリック教会の排斥などを公約に打ち出しました。古くからカトリック信者の社会的影響力が強いポーランドではLGBTが白い目で見られ、学校現場でもカトリック教会の影響が多大に表れている現状ことから信仰の自由を阻害しているとの声が挙がっていました。こうした反カトリックの声に応える為、長年LGBTの権利拡大を訴えてきたビエドロン氏が欧州議会選挙に向けて欧州連立に加入しない親EU左派政党『春』を立ち上げたのです。

 法と正義に党単体では対抗できないと悟った多くの親EU政党は主義思想を棚上げにして欧州連立として結託、右傾化するポーランド社会に歯止めをかけようと躍起になっています。しかし一方では、主義思想を曲げてまで欧州連立に参加する各党の姿勢に感心しないポーランド国民も少なくありません。そういった、親EUリベラル層の受け皿として反カトリック左派政党の春が党勢を拡大したのです。

ポーランドにおける欧州議会選挙の結果

 通常、欧州議会選挙は外交を主眼とした課題が選挙論点になりますが、ポーランドにおける本選挙の論点は親EU派の欧州連立が国粋主義へ傾倒する法と正義に議席数で対抗できるかが焦点となりました。事前の世論調査では双方とも支持率で拮抗していましたが、法と正義が終始わずかにリードする展開が続いて選挙日を迎えました。

 注目された選挙結果も世論調査の通り欧州連立で共闘する3政党は6議席を失うことになりました。比べて、空中分解状態だった新しい右派会議の議席も吸収して法と正義は27議席を獲得。2014年の欧州議会選挙では市民プラットフォームと同じ19議席でしたが法と正義が第1党に躍り出ました。市民プラットフォームは立場が異なるポーランド農民党や統一左派と選挙連立したにも関わらず、支持基盤であるはずのドイツ国境に近い西部地域でも議席を奪われるなど法と正義の党勢拡大に対抗できませんでした。その裏で反カトリック左派政党という確固たる軸を持った春は世論調査よりも得票数は少なかったものの、堅実に3議席確保に成功しています。投票率という点では過去最高の45.68%となった2019年欧州議会選挙ですが、結局は法と正義による国粋主義に触発された地方民が選挙に向かう現象が発生した点と比較して、親EU政党支持者の多くが海外に移り住んでいるなどの要因で投票に行けないことが災いとなり欧州連立は敗北したのです。

 ポーランド国籍を持ちながらも西欧圏に出向いて移民となったため親EU政党への投票できない。皮肉な話ですがEUの移動の自由が少なからず法と正義の躍進を促している現実が浮き彫りとなったとも言えるでしょう。ですが、ポーランドで根強い土着カトリック思想への嫌悪感が春の議席獲得を実現させた点を踏まえると、国内における右傾化に警戒感を強める国民も多いことも忘れてはいけません。

民主化30周年に漂う重たい空気

 共産体制下のポーランドで初の限定的自由選挙が実施されてから30年の節目となる2019年6月4日。法と正義政権と欧州連立はそれぞれ別の場所で記念式典を挙行しました。首都ワルシャワの国会議事堂にて実施された法と正義による式典では、30年の歩みを「民主化以降にいくつも過ちがあった」とアンジェイ・ドゥダ大統領が発言。そして共産主義政権の打倒運動発祥の地、グダニスクで開催された欧州連立の式典ではトゥクスEU大統領や民主化を率いたワレサ元大統領が参加して、「欧州の絆を自覚して民主的伝統のために戦う」ことを誓うグダニスク宣言への署名が行われました。

 こうした記念式典が並行して実施される様相からもポーランド社会の分断が進行している現状を理解できるでしょう。EU加盟の恩恵を十分に受けていない地方民にとっては法と正義の国粋主義に希望を見出していますし、親EU派が進めてきた経済発展路線で豊かになった中産層以上にとっては右傾化の流れは恐ろしいものに他なりません。相反する2つの概念がポーランド社会に対立の溝を深めています。