香港市民が逃亡犯条例の反発デモを続ける理由

 香港へ逃れた容疑者を中国本土に引き渡すことが可能となる。逃亡犯条例の改正に反発する大規模デモが2019年6月9日に103万人規模で実施され、同月12日には香港立法会議場前をデモ隊が封鎖する事態に発展しています。2014年の雨傘運動によって中国政府への警戒感が醸成されて以来、香港では市民による民主的デモの回数が増加傾向にあります。

一国二制度の崩壊

 アヘン戦争を経て19世紀にイギリス領となった香港は中国大陸から直接的な政治動乱の影響を受けず、第二次世界大戦後には一大経済拠点として中国政府から迫害を受けた人々を受け入れてきました。香港が1997年にイギリスから中国へ返還された際も向こう50年間は「外交と国防以外は高い独立性を維持する」と取り決められ、香港立法会という立法府で一部議員を民主的に選挙で選ぶ権利が認められました。

 ゆえに中国で発生した虐殺事件として名高い『天安門事件』について議論しても中国共産党から弾圧されることはなく、毎年のように天安門事件の犠牲者を追悼するイベントが実施されていました。ですが、中国で習近平体制が発足すると香港で認められた一国二制度を脅かす政治的圧力が次第に強まっていきました。中国政府に批判的な本を取り扱っていた書店員が中国本土へ出向いた際に拘束された末に台湾での亡命生活を余儀なくされ、香港の大手出版社・聯合出版集団も2018年に中国政府の出先機関から間接的出資を受けている事実が暴かれました。加えて、香港の高等裁判所にあたる高等院は民主派議員の議員資格をはく奪するなど、香港市民の民意で選ばれた議員の立場を否定するような判断を下しています。

 こうした中国政府の方針に反発する意思が誇示されたのが2014年に実施されたデモ『雨傘運動』です。香港の最高権力者である行政長官を民主的普通選挙で選定する予定だったにも関わらず、中国共産党の影響下にある指名委員会から過半数の支持がなければ立候補が認められない規定に民衆の同意なく変更されました。これに香港市民は怒りをあらわにしてデモを始め香港政府の民主的な後退行動にNOの意思を訴えました。特に学生団体『学民思潮』を中心とした学生グループは中国政府が進める愛国教育への反発も相まって授業のボイコット運動を展開させ、次第に雨傘運動を先導する中心組織として大規模デモを率いる立場となりました。香港中心部を占拠するデモは4カ月にわたって街を覆いつくしましたが、2014年度末に香港警察が学生デモ隊幹部の一斉逮捕に踏み切ったことで事態は急速に鎮静化して終わりを迎えたのです。

 その後、雨傘運動からの流れを汲むデモで幾度となく指名委員会制度への反対を訴える声が叫ばれましたが、規定は改正されることなく2017年行政長官選挙が実施され親中派の林鄭月娥氏が行政長官の任に着きました。こうして、香港人の反発心が募りながらも中国政府が一国二制度を無視した政治弾圧を推進できる環境が整備されたのです。

103万人の訴え

 普通選挙による行政長官の選定を否定する香港政府の動きは香港人がデモを起こすのに十分な理由でしたが、デモで大きく反対意見を訴えたにも関わらず香港政府が何ら意に介さなかった事実に香港人の怒りは募っていきました。それと並行して、中国共産党は糾弾する言論者を拘束の末に裁判に掛けて服役させるなど着実に香港の民主化世論を抑え込もうとしました。

 その反発の声を肥大化させて新たな大規模デモ実施の理由となったのが逃亡犯条例の改正です。これは2019年2月台湾にて中国人が被害者となった殺人事件容疑者が香港出身のため、逃亡犯条例による規制で身柄引き渡しが難航することを理由に香港政府が逃亡犯条例を改正し、犯罪者の身柄を即時引き渡しできる制度を敷こうとしたのが発端です。4月に法案提出審議を通過して議論が始まると、民主派議員を無視するかのように香港政府は委員会審議を飛ばして逃亡犯条例の本会議審議に入りました。当然、民主派議員や香港市民は正式なプロセスを経て審議されていないことを理由に反対意思を示し、小規模で持続されていた反政府デモも次第に規模も拡大した結果。6月9日には主催者発表で約103万人が参加する大規模デモに発展したのです。

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 デモ発生を受けて香港警察は臨戦態勢を敷き、デモ終了後に参加者がバリケードを破壊しはじめると催涙スプレーなどで鎮静にあたるなど、デモ参加者の安全を顧みない鎮圧を強行しました。そして翌10日、林鄭月娥行政長官は記者団に対して「越境犯罪の面で香港が国際的な義務を果たす助けとなる非常に重要な法案」と主張して妥協しない姿勢を見せ、審議を予定通りに進めると示唆する発言はデモ隊を再度奮い立たせるのに十分な理由となりました。再び大規模デモが実施された12日には、デモ隊は審議進行の妨害を目的とした立法会前の座り込みを始めます。これに香港警察は弾圧姿勢を強めて催涙弾やゴム弾を多用するだけでなく、1人のデモ参加者に10人以上の警官が暴行を加えるなど見境なく弾圧したのです。こうしたデモ参加者への弾圧は元宗主国イギリスやアメリカのトランプ大統領も香港政府に痛烈な批判をすると共に、デモ隊への支持を表明しており香港政府もG20開催を考慮して審議延期を発表する状況に追い込まれました。しかし逃亡犯条例改正の審議撤回は発表しておらず、デモ隊も逃亡犯条例を成立させんと立法会議場前の占拠を続けています。

 一国二制度に関わる殺人事件を理由に親中派議員は逃亡犯条例の改正を強行しましたが、かえって香港世論だけでなく国際社会までも敵を回す事態に発展しました。審議延期を受けてデモ隊も鎮静化させつつ活動を続行していますが、中国政府からの監視対象となりかねないIoT機器の使用を控えるなど市民生活にも大きな影響が出ています。

デモで意見を訴える

 逃亡犯条例の理不尽な改正に声を大にしてデモをする香港人の気質は何も最近根付いたものではありません。イギリス領だった頃より民主意識が醸成された香港において、デモは大衆の意見を訴える手法として常日頃から実施されてきたものです。

 中国返還前の代表的なデモとして挙げられる1966年のフェリー運賃値上げに反発するデモでは、参加者が暴徒化して夜間外出禁止令が発令されています。また、1997年の香港返還後も事あるごとに理由を掲げてデモを実施する文化が共有され、2010年代に入って中国政府からの圧力で政治危機が叫ばれるようになると大規模デモの実施回数も増加していきました。香港市民がネット環境を犠牲にしてでも逃亡犯条例の改正に反発する理由の根源にあるのは、過去の歴史から積み重ねられた言論の自由を基軸とする価値観から由来しているのです。そのため、中国共産党のような国民に言論統制を敷くシステムに香港市民は強い反感意識を持ち、完全な民主政治の実現に向けて逃亡犯条例へ反発する声を高らかに叫び続けています。

民主主義を守る

 中国本土では共産主義が大衆に押し付けられた一方、香港ではイギリスの統治下で自由な言論が保証されてきました。こうした、醸成された価値観の違いは一国二制度システムの根幹を揺るがす最大の理由として過去にも問題視されてきました。ですが、雨傘運動から続く一連の政治混乱を引き起こしているのは人権を保障しない共産体制を骨子とする中国政府に他なりません。

 G20国際会議が迫っていることを理由に香港政府は逃亡犯条例の審議延期を決定しましたが、香港立法会議場前には多くのデモ隊が審議を再開させまいと座り込みを続けています。国際社会も大きく注目する香港市民の民主的な願いに香港政府が応えるかは不透明なままです。