ロシア議員の言動にジョージア国民怒りのデモ

 黒海に接するカフカース地方の国家ジョージアの国会前で大規模な抗議デモが発生しました。ジョージアでは対ロシア紛争によって2地域が事実上親露国家となっているため反ロシア感情が根強く、2019年6月20日にロシア国会下院のセルゲイ・ガブリロフ議員の演説態度に嫌悪感を抱いた野党議員や市井の人々によって大規模デモが実施されました。

議長席で発言したロシア議員

 そもそも、ロシア共産党の所属議員であるガブリロフ議員がジョージア国会議事堂に来たのはキリスト教東方正教会(※1)議員連盟の会合に参加するためで、領土問題に絡んだ発言を述べるためではありません。ですが、ガブリロフ議員がジョージア国会の議長席に座ってロシア語で演説をはじめると、会合に参加していたジョージア国会の野党議員が反発して会合を中断させました。

 事態を耳にしたジョージア国民は野党議員の働きかけもあり抗議デモを実施。ジョージア国会前には約1万人ものジョージア国民が集まり、警官隊が催涙弾やゴム弾などでデモ隊の抑制に当たりました。ジョージア政府はデモによって少なくともデモ隊のうち160人が負傷して305人が警察に拘束されたと発表、デモ隊への対応に当たった警官も160人が負傷したと公表しています。ジョージアのサロメ・ズラビシュヴィリ大統領も「ロシアは敵かつ占領国ではあるが、社会分裂はロシアに利するだけ」とデモ鎮静化に呼び掛けています。対して、ロシア議員の対応に不満を呈した親EU政党『欧州ジョージア党』を筆頭とする野党は国会が解散総選挙に踏み切るまでデモを継続させる姿勢を崩していません。

 後述する南オセチア紛争が発生した2008年以降、ジョージアはロシアとの国交を断絶しており世論が抱くロシアへのイメージも良くありません。また、ジョージア政府は旧西側諸国を中心に組織されているEUやNATOへの加盟を目指しているため、ロシア側としても宗主国として支えているアブハジアと南オセチアの独立を揺るがす動向に神経を尖らせています。

1:キリスト教東方正教会
 旧東ローマ帝国の首都だったトルコのイスタンブールにあるコンスタンティノープル総主教庁を総本山としたキリスト教組織。ギリシャ正教をはじめ東欧や東アジアの各国に設置されている正教会を束ねる団体で、信者を多く抱える各国では国際議員連盟を組んでおり定期的な会合を開いている。

アブハジアと南オセチアの自治問題

ジョージア全国地図(緑部分がアブハジア、紫部分が南オセチア)※Wikipediaより

 ジョージア人の反ロシア意識が芽生えたのは今に始まった話ではありません。15世紀末にグルジア王国が滅んでから、諸民族が小国を建国してにらみ合っていたジョージア地域を19世紀前半にロシア帝国が治めると領内諸民族は圧政に苦しみました。ロシア帝政が崩壊してソビエト体制が発足しても安定しない政治体制に反発する民族運動が止まらず、ソ連崩壊後すぐにジョージアは独立します。しかし、ジョージア政府はかつて繁栄したジョージア王国が築いた多民族国家を樹立しようと動いたため、民族アイデンティティが強いアブハズ人やオセット人から猛反発を受けて独立紛争が発生しました。その結果、アブハズ人はアブハジア共和国をオセット人は南オセチア共和国をロシアの後ろ盾で事実上独立させたのです。

アブハジア共和国

 ジョージア北西部の黒海沿いには古くからアブハズ人が定住しており、歴史的にも東ローマ帝国・ジョージア王国・オスマン帝国からの影響を緩く受ける地域でした。しかし、19世紀に入ってロシア帝国の抑圧的な支配から逃れるため多くのアズハズ人が現在のトルコ領内へ移ると、ソ連によるジョージア人入植政策も相まってアズハズ人のコミュニティは急激に縮小しました。

 これらの弾圧がアブハジア領内に留まったアブハズ人の民族意識を結束させるキッカケとなり、ソ連崩壊後にジョージア共和国へ編入された処置に不満を持つアブハズ人はアブハジア自治政府を樹立。ジョージア政府は軍を派遣してアブハジア戦争が勃発しましたが、ロシア軍の支援を受け入れたアブハズ人たちはジョージア軍をアブハジア領内から退けることに成功しました。1994年に憲法を制定してアブハジアが主権宣言してからはロシアの庇護下で事実上の国家として機能しており、2008年に発生した南オセチア紛争でジョージア海軍がアブハジア沖に攻め込んだ際はロシア海軍がジョージア艦船を追い払っています。しかし、紛争が終結してからはロシア政府の方針でロシア連邦加盟への足場固めが着々と進行しており、アブハズ人の自治独立が侵されるとして2014年に発生したアブハジア革命も失敗に終わりました。現在アブハジアはジョージアとの外交問題だけでなく、宗主国であるロシア主導の連邦同化策にも強い警戒感を抱いているのです。

南オセチア共和国

 ロシア連邦に頼らない完全な独立国家樹立を狙っているアブハジア共和国とは違い、ジョージア北部の山岳地帯に位置するオセット人国家。南オセチア共和国は積極的なロシア連邦への加盟に動いています。というのも、ロシア連邦に加盟する同じオセット人国家である北オセチア共和国はソビエト時代より自治権を認められており、コーカサス山脈を隔ててジョージア政府からの圧力を受ける南オセチアのオセット人は早急なロシア併合を望んできた歴史があるためです。

 ソ連からジョージアが独立してすぐに発生した紛争でも南オセチアの帰属をジョージアにするかロシア連邦にするかが争われましたが、停戦条約では南オセチアをジョージア領とする取り決めがされ一応の事態安定は図られました。ただ、具体的な解決策が提示されなかった停戦条約は南オセチア領内で闇マーケットを発展させる主要因となり、南オセチア内で大多数を占めるオセット人の心中は次第にジョージア政府への不信感が募ったのです。2004年には闇マーケットの主要取引所がジョージア政府によって封鎖され、南オセチア経済の危機が叫ばれると双方の武力衝突が繰り返される状況になりました。そして、当時ロシア首相だったウラジミール・プーチン氏が北京五輪へ向かうタイミングでジョージア軍は南オセチアへの大攻勢を開始。南オセチア紛争が開戦しましたが、予定を切り上げロシアへ帰国したプーチン首相の迅速な事態対処によってジョージア軍の南オセチア侵攻は失敗に終わるだけでなく、ジョージア領内もロシア軍に占拠される返り討ちに遭いました。その後の和平条約でロシア軍はジョージア国内から撤退したものの南オセチアにはロシア軍が駐留しており、2015年に南オセチア政府はロシア連邦への加盟に備える協定にサインしています。ジョージア政府は即座に非難の声を挙げましたが、南オセチアのオセット人の多くがロシア連邦への加盟を望んでいるのは否定できません。

ロシア側の反応

 アブハジアと南オセチアで意見の違いがあるとはいえ両地域が既にロシア連邦体制下に入っているのは事実です。故に、ロシア議員がジョージア国会で起こした行動によってデモが発生したことにロシア政府も憂慮していますが、事実上の併合に向けた動きを加速させているためジョージア政府の立場を軽んじる姿勢を示しています。

 ロシアのドミトリー・ぺスコフ報道官は「ジョージアではロシア嫌いのヒステリックが大流行している」とデモを批判的に捉えロシア消費者庁も経済制裁策としてジョージア産ワインの輸入規制を敷く措置を採りました。ワインはジョージアの主要な外貨獲得手段として経済を支えていますが輸出先のうち6割以上を占めるのがロシアです。ただ、ジョージア政府はこれまでEU圏との貿易関係を重視する一方で旧共産圏との貿易関係を年々減らしてきました。ジョージア政府としてはワインの輸出先をEU圏へ変更すれば問題ない話ですし、ロシアが期待するほどの経済ダメージは与えられないでしょう。とはいえ、ロシア側は7月8日付けでロシア~ジョージア間の航空便運用を禁止する措置を発表しており、物流面でのダメージは後々に尾を引くことになると見られます。

 一介のロシア議員の言動が招いた国際問題にロシア政府は制裁という形で応え、ジョージア政府の支える欧米諸国は批判の声を挙げています。しかしながら、ロシア発動した経済制裁は旧共産圏から離れようとするジョージア政府に与えられる影響は限定的といえます。むしろ心配されるのは、一連のデモ騒ぎに同調して2地域に少数ながらも在住するジョージア人の動きです。自治権を確立している2地域とはいえ散発的なデモ運動が発生して武力沙汰になる可能性も考えられるのです。

地政学上有益なジョージア

 ジョージアの大規模デモは対立するロシアだけでなく盟主である欧米諸国も注目しています。それは何もアブハジアや南オセチアの自治問題に限った話だけではなく、地政学上でもジョージアの混乱を座視できないカフカース地方特有の事情があるためです。

 仮にアブハジアや南オセチアの自治権を拡大すればロシア影響下の諸国に利する動きが加速しますし、逆にジョージアのEUやNATO加盟が実現すればロシアにとっては安保上大きな懸念が浮き上がります。冷戦時代に対立した諸国のにらみ合いがジョージア国土の自治権問題に大きく絡んでいるのです。そのためジョージアはソ連から独立しても常に国際対立の最前線となり、世界の均衡を測る地域として大国からは周辺カフカース諸国と共に注目されてきた節があります。当のジョージア国民はジョージア王国時代の領土回復を願う一心でしょうが、それを他所にして世界各国はジョージアへの影響力を拡大しようと外交ゲームを繰り広げているのです。