韓国向け半導体素材の輸出禁止措置の影響は日本に返ってくる?

 徴用工訴訟を筆頭に日韓関係の雲行きが怪しくなる状況を他所に、日本政府は韓国向けのフッ化水素などに輸出制限をかける対抗措置を実施しました。韓国株式市場において約1/4の比率を占める半導体産業への打撃攻勢に韓国側は大きく反発し、WTO(世界貿易機関)への提訴を表明しています。しかし、輸出禁止措置を長期間実施すれば日本企業にも深刻なダメージを与えかねません。

韓国半導体産業の危機

 昨今、日本と韓国の関係に亀裂を生むナショナリズム由来の外交問題が過熱しています。植民地時代の強制労働を発端とする徴用工訴訟や慰安婦問題だけでなく、日本海上での哨戒機レーザー照射問題。挙句、芸能面でも日本の国威発揚を促すようなファッションが韓国内で批判対象となる状況です。

 特に徴用工訴訟は原告団が実際に訴えた日本企業の本社へ嘆願書を持参するなど、高額の賠償金が絡む外交問題として日韓両政府に突き付けられています。原告団の人数も年金だけでは生活が厳しい韓国の老後事情も影響して増え続けているため、2019年7月4日に日本政府は報復措置として半導体の製造工程に必要不可欠な素材3品目の輸出禁止に踏み切りました。加えて、軍事転用される可能性のある物品を少ない輸出審査で融通する「ホワイト国」の一覧から韓国を除外しています。対して貿易を管轄する韓国産業通商資源部は同月5日に「当該素材3種類の流入しないことを確認した」として国連機関であるWTOに訴訟すると表明。他にも、韓国メーカー製造の半導体の対日輸出制限措置やアメリカなどの主要国と結託して日本に外交圧力をかける選択など、経済制裁返しとする外交カードをいくつか検討しています。

 韓国産業通商資源部の発表によれば規制対象となった素材3品目の輸入済み総量は少なくとも生産量1ヶ月分あり、今すぐに半導体製造へ影響が及ぶわけではないと強調しています。しかし、韓国の総輸出量における半導体企業製品の比率は全体の1/4を占めるため、ただでさえJノミクスの停滞で苦しい経済状況がさらに悪化しないか心配する投資家の声が沸き立ちつつあります。

輸出禁止規制対象

 日本政府が事実上の報復措置として韓国への輸出禁止規制を敷いた半導体素材は「フッ化水素」、「フッ化ポリイミド」、「レジスト」の3品目です。韓国企業は日本製の半導体素材に大きく依存している節があり、フッ化ポリイミドについては約90%を日本製に依存しています。たとえ輸出規制を前に入荷した確保素材があるとはいえ、長期化すれば半導体製造への影響は免れないでしょう。

フッ化水素

 フッ化水素(エッチングガス)は半導体製造工程で欠かせない洗浄剤です。日本企業が世界シェアの8割を寡占している素材で、繊細な製造物である半導体製造では高品質・高純度のフッ化水素を使用して防腐加工や洗浄をするのが望ましいとされます。日本企業各社が製造している純度99.999%級フッ化水素は中国製では代用が厳しいため、韓国半導体業界はしばらく中国製や台湾製のフッ化水素で手を打つことにしていますが、すでにアメリカ企業各社からの受注量に応えられるか不安視する声も挙がっています。サムスン電子幹部が来日して直に交渉へ出向く様子を見ても、長期保存が難しい高純度フッ化水素の確保がいかに困難か伺えるでしょう。事態打開のため今後、韓国企業内でフッ化水素の開発研究を進めるべきとの声が浮き上がっても不思議ではありません。

フッ化ポリイミド

 韓国企業では製造が難しいといわれるフッ化水素と比べて、国産化も可能と見られているのがフッ化ポリイミドです。電子基板やサーミスタの素材として高耐熱、高透過性、高熱伝導性などの特性を持ち合わせているため、テレビやスマホの有機EL画面の製造などに用いられます。こちらも日本企業の世界シェアが90%を超えており、韓国企業も輸入量の9割以上を日本製に依存してきたため影響が心配されています。ただ、韓国企業もフッ化ポリイミドの開発技術は一定水準にあるため国産化へ動き出す見立てもありますが、中国製の輸入量を増やす選択肢もあり得るので輸入に依存する状況はしばらく続きそうです。

レジスト

 他の2品目と比べて輸出禁止への対策が厳しいとされるのがフォトレジストです。半導体の基盤は紫外線や電子線をフォトレジストフィルムに通して描かれるため、基板製造という観点では他の2品目より影響も受けやすい品目といえるでしょう。代替品を準備するにしても、ナノメートル(1㎚=10-9m)単位で回路を描ける紫外線用フィルムを製造しているのは世界中で日本企業だけなので、今後の半導体製造工程で遅れが生じるとすれば最も原因として挙げられる可能性が高い素材と見られています。

日本メーカーに打撃を与える想定シナリオ

 停滞するJノミクスで経済不況が叫ばれているにも関わらず、日本製の半導体素材が輸出規制される事態に韓国社会は動揺しています。過去、アジア通貨危機で多くの国民が非正規雇用で働く状況となり未だに立ち直っていない韓国にとって、日本政府の輸出禁止措置は韓国経済を窒息させようと目論んでいると捉えられている面も否定できません。

 ですが、輸出禁止措置が採られた素材3品目の世界シェアを日本企業が占めている現状を踏まえれば、状況が長引くほど半導体素材を製造するこれら企業が深刻なダメージを受ける恐れがあります。加えて、輸出禁止規制対象の項目でも話題にした通り、韓国企業が自前で開発可能と見られるフッ化ポリイミドについては輸出禁止期間が延びるほど技術研究が進んでも不思議ではありません。仮に規制が解除されたとしても韓国企業が日本製に匹敵する水準のフッ化ポリイミドを完成させれば、これまで韓国向けビジネスで収益を上げてきた日本の素材メーカーの減益にもつながる恐れがあります。つまり、日本側の経済規制が逆に韓国側のイノベーションを促しているという見方もできるのです。さらに、他のフッ化水素やフォトレジストも中国や台湾から輸入する選択肢も韓国企業には残っているので、もし中台製の素材使用が増加すれば規制明けに日本企業へ冷たい風が吹き荒れることになります。

 徴用工訴訟や慰安婦問題といった国粋的な考えが絡む外交問題の報復措置として日本政府は経済制裁を実施した格好ですが、事態が長引けば日本側の不利益にもつながる外交判断に危機感を募らせる財界人は日韓双方とも多いでしょう。国際自由市場という括りでつながっている日韓半導体産業の現状を考えると、日本政府の輸出禁止措置は一時の国粋感情に任せた褒められる行為ではないのです。

長期的な輸出禁止は日本の利にならない

 世界の半導体製造シェアの2割以上を占める韓国企業にはアメリカを筆頭として、常に世界各地から半導体の受注が舞い込んできます。これらを捌ききるためにも韓国企業が今後、完全には無理ですが日本製の半導体素材に見切りを付けて素材の自社開発に取り掛かる可能性も否定できません。

 ただ、今回の輸出禁止措置は互いのナショナリズム発揚が経済問題へ波及した節が大にあります。韓国では徴用工訴訟や慰安婦賠償が過熱して歯止めが効かなくなり、日本も他国で同様に実施されている福島産品の輸入規制を韓国にのみ解除するよう強く求める姿勢を貫くなど、これまで募ってきた互いの挑発行為が日本政府の制裁策で一気に爆発したといえます。しかし、同じ旧西側諸国として密な自由経済圏を築いてきた日本と韓国の貿易関係を考慮すれば、工業製品製造の入口となる素材を韓国企業向けに輸出禁止とすると最後に損をするのは完成製品を販売する日本企業です。国粋主義に由来する半導体素材の輸出規制が自国産業の首を絞めている現実を日本政府は直視しなくてはいけません。