スーダン軍事評議会が新たな統治機構体制を認めるまで

 独裁者と揶揄されたオマル・アル・バシール前大統領の失脚後、民主化を求めるデモが過熱していたスーダンにて2019年7月5日。暫定軍事評議会とデモ隊代表団が新統治機構のトップを軍閥と文民の輪番制とする取り決めをしました。これに反応して、国内で予定されていたゼネストが中止されるなど混乱が収まりつつあります。

バシール大統領の失脚まで

 スーダンは歴史的に北部のイスラム教徒が実権を握る国家でしたが、1989年にバシール氏主導のクーデターが成功して大統領へ就任すると非アラブ系イスラム教徒の国民への弾圧が激化。バシール大統領はネグロイド系キリスト教徒の多い南部への空爆や、アラブ人民兵組織ジャンジャウィードによる非アラブ人の虐殺を躊躇なく実施しました。

 無論、国際社会からは戦争犯罪を繰り返す独裁者としてバシール前大統領を批判する声は常々挙がっていましたが、2011年の住民投票の末に南部が南スーダンとして独立すると石油利権問題(※1)が過熱して南北スーダン国境紛争が発生、外貨獲得策を石油に依存していたスーダン経済は急速にインフレが進み国民生活をひっ迫させました。これに文民団体のスーダン専門職組合や自由変革同盟などが民主的なデモを先導して2019年4月にバシール前大統領を辞任へ追い込み民主的な統治機構を早期設置するよう政権崩壊後に暫定統治を担う軍事評議会へ要求しました。軍事評議会側もデモ隊が訴える新統治機構の枠組み交渉に応じる姿勢を示しましたが、依然として政治の主導権を握りたい思惑があるためデモ隊は首都ハムツールの軍本部前で座り込みを継続。同年5月に向こう3年間の暫定統治機構の枠組みが合意されましたが、軍本部前にて発砲事件が発生して新統治機構の詰めの交渉が一時中断しました。

 虐殺や困窮による反発から国民が立ち上がり、独裁者バシール氏を失脚させた現在のスーダンは歴史の転換点に差し掛かっています。暫定軍事評議会はバシール体制を下地として影響力を維持したい考えがある一方、虐げられてきた非アラブ系スーダン国民にとって民主的な統治システムの実現は譲れないものがあります。

1:スーダンの石油利権問題
 第一次スーダン内戦が終結した1972年に現・南スーダン地域の自治権拡大が図られたが、1983年に今の国境地帯で大規模な油田地帯が発見されると間もなく第二次スーダン内戦が勃発した。停戦合意に従って2011年に南スーダンが独立しても、多くの石油埋蔵量を誇るアビエイ地域の帰属が決まらないだけでなく、国際的にスーダン領と定められた産油地帯に南スーダン軍が進軍して南北スーダン国境紛争が発生しており、石油利権に絡んだ南北間の火種は現在進行形でくすぶり続けている。

ハルツーム大虐殺

 バシール大統領が打倒されて民政化への期待を高めているデモ参加者の思いを汲み取りながらも、権益は維持したい軍事評議会は新統治機構でも軍部の意向が強くなる様に早期の統治体制確立を望みました。対してスーダン専門職組合や自由変革同盟などの文民組織は雑多な権限移譲の末に南北スーダン国境紛争が発生した前例もあるため、丁寧に時間をかけて民主的な新統治機構をスタートさせたいのが本音です。

 せめぎ合わせの交渉を進め、双方は新統治機構への移行期間を3年。国内各地の紛争多発地帯で対立する反政府勢力との停戦を半年以内に済ませるとしましたが、発砲事件による余波で交渉を停滞せざるを得なくなりデモ隊は歓喜しつつも一抹の不安を抱える状況となりました。交渉過程を不服とした自由変革同盟もデモ隊に向けてゼネスト実施を呼びかけ、多くの民衆が仕事を休むボイコット運動に参加しました。一方、軍事評議会は海外から早期に民主的な統治枠組みを策定する声をはねつけるように、大手メディア・アルジャジーラのハルツーム支局を閉鎖させるなど言論統制とも取れる判断を下しました。さらに軍事評議会は5月末までに人権意識を軽視するエジプト、サウジアラビア、UAEからの軍事支援を受けており、軍本部前に居座るデモ隊を暴力的に排除するのではとスーダン専門職組合は懸念の声明を発表していました。

 その不安は2019年6月3日に現実となります。軍本部前から動かない市民デモ隊にスーダン軍は治安維持部隊を投入して実弾を使用した排除を実施したのです。投入された兵器の中にはUAE製の戦車も確認されており、マシンガンや催涙弾を支援国から充填してデモ隊掃討に当たっているのは明らかでした。軍事評議会はデモ隊排除と併せて9カ月以内の国会選挙実施を市民側へ要求しましたが、スーダン専門職組合や自由変革同盟はこれを拒否して街中にバリケードを設置するなど徹底抗戦の構えを見せました。1週間が経過する頃にはハムツールの街は混乱の跡がいたるところで残り、インフラや流通網も麻痺しました。スーダン医師中央委員会の発表によれば一般市民の死亡者数は100人を超えだけでなく、軍事評議会側が軍予備役に市民の死体をハルツームに流れるナイル川へ捨てさせる行為確認されています。事態悪化を危惧した自由変革同盟もデモ終了を呼び掛けて、取り急ぎ軍事評議会との新統治機構交渉を再開させました。

 軍事評議会の根回し外交によって引き起こされたハルツームでの大虐殺劇を欧米諸国は総じて非難し、アメリカも仲裁に入るため代表団の現地派遣を決定しています。そして、大規模な掃討作戦を実施した軍事評議会側も間違いだったと認める声明を発表しましたが、政権基盤の維持を狙ってスンニ派アラブ諸国に支援を要請した動向は市民の不信感を醸成させました。

新統治機構の枠組み合意

 統治機構の枠組みを巡って交渉が決裂した末に大虐殺が発生して、首都ダルフールはゴーストタウンと化しました。事態の仲裁に当たってきた隣国エチオピアやアフリカ連合(AU)は文民主体の新統治機構の枠組みを策定するよう軍事評議会に求めてきましたが、大騒動を引き起こした責任からか軍事評議会も渋々デモ隊代表者との交渉を再開させることに同意しました。

 だからといって国民の怒りが収まるわけがなく、6月30日には首都圏や北部のアトバラにてハルツーム大虐殺以来となるデモが実施され、スーダン軍は実弾を織り交ぜて鎮圧にかかりました。この動きに並行して軍事評議会は7月3日にエチオピアとAU仲裁下で自由変革同盟との枠組み交渉を進め、2日後に新統治機構で新設される評議会メンバーを「文民:軍人」=「6人:5人」という比率で構成とする旨が示されました。スーダン専門職組合によれば新統治機構の統治期間は3年3カ月となる見込みで、民主化へ向けた大きな前進にスーダン各地では国民の祝賀ムードが形成されました。スーダン専門職組合も13日のデモはハルツーム大虐殺の追悼を兼ねて実施しましたが、翌14日に予定されていたゼネストについては撤回する方針を固めています。

 軍事評議会も他国の仲裁が入った新統治機構発足に向けた動きを反故にしないと声明発表しており、2018年から始まった全国的な騒動は鎮静化していくと見られています。ただ、軍事評議会は一連の混乱の最中で交渉プロセスを阻害しようとした軍人将校を複数人逮捕しており、依然としていつ混乱が再燃してもおかしくありません。

民主化プロセスの見本となれるか?

 バシール前大統領が打倒されて歓喜した民衆感情を無視するかのように軍事評議会が支援を得てデモ隊を弾圧した結果、スーダン国内のインフラ網は首都圏を中心により悪化しました。今後、新統治機構の発足に向けた交渉が進んでいくにしても、デモの主要因となった経済混乱はしばらく収まらないでしょう。

 それでも、粘り強くアラブ系国民優位の独裁社会であったスーダン政府が民衆によって打倒された動きを他のアラブ諸国は無視できません。2010年に発生したアラブの春によって多くの独裁政権が打倒されたアラブ地域の国々ですが、エジプトでは再び独裁体制が敷かれ、リビアでは政府機関が2つ樹立されて内戦状態に陥るなど、民衆が夢見た民主化プロセスの実現には至っていません比べて、スーダンでは流血騒ぎに発展したとはいえ、長期的な独裁政権の再形成や内戦突入の兆候は見られないことから穏便に民主化が実現するのか。国際社会は大いに注目しているのです。