中国を念頭に置いたフランス宇宙軍創設

 フランスのエマニュエル・マクロン大統領は2019年7月13日。フランス国防省での演説にて宇宙軍を創設すると発表しました。中国が宇宙兵器開発を推進する状況にNATO(北大西洋条約機構)加盟国間では警戒感が強まっており、すでにアメリカも2018年6月に宇宙軍創設構想を発表しています。

フランス革命記念日の定例会見にて

 マクロン大統領が宇宙軍の必要性を訴えたのは国民の休日にあたるフランス革命記念日の前日。毎年実施される軍事パレードを控えた軍上層部に向け、2019年9月に宇宙担当の最高司令部を創設する声明を発表しました。マクロン大統領は国防省側の要望を承認したとして、将来的には現在の「空軍」を「空・宇宙軍」に再編する考えも明かしました。

 フランスが宇宙軍創設に踏み切ったのはNATO全体の動きに併せて他の欧州各国をリードしたい狙いがあるためです。アメリカのドナルド・トランプ大統領がアメリカ宇宙軍の創設構想を発表して以来、旧西側諸国を中心に加盟する軍事同盟NATOでは中国やロシアの宇宙軍事開発に対抗しうる防衛連携が必要だと叫ばれてきました。2019年6月27日に開かれた国防相理事会でもNATO初となる包括的な宇宙政策が策定され、全人工衛星のうち約6割にあたるNATO加盟国の人工衛星を防衛するため連携を強化していく方針が合意されています。これにイェンス・ストルテンベルグNATO事務総長は「宇宙の軍事化を進める合意でない」と発言しつつも、NATOが宇宙空間を陸・海・空に次ぐ新たな戦闘領域と見なしているのは明白です。NATOの規定には加盟国が攻撃された場合、攻撃を受けた当該国以外の全加盟国への敵対行為として反撃に応じる集団防衛条項があり、その攻撃対象に人工衛星を含めるかの議論も今後NATO内で意見が交わされるでしょう。

 マクロン大統領がNATO理事会に参加した国防省側の要望を尊重して宇宙軍創設に踏み切ったのは、EUを率いる立場としてフランスが欧州圏の宇宙防衛網を率先して築いていきたい意思の現れともいえます。そして、アメリカを含むNATO各国が中国やロシアの宇宙軍事開発に強い危機感を抱いている現れでもあるのです。

中国の宇宙軍事開発

 そもそもなぜ、NATO加盟国であるフランスやアメリカが宇宙軍創設を高らかに宣言しているのか。つまるところ、中国やロシアの宇宙技術が旧ソ連に匹敵する脅威となりつつあると旧西側諸国の集まりであるNATOが恐れているためです。特に自力で宇宙開発を推進してきた中国は国際的な枠組みから外れた独自の宇宙開発を推進する可能性も否定できないので、宇宙空間の権益を守るためフランスもアメリカも宇宙軍創設という判断を下したのです。

 中国の宇宙開発史を振り返っても、米ソ対立と並行して独自に研究を進めてきた弾道ミサイル技術をベースに米露の支援なしで有人飛行にも成功しています。朝鮮戦争でアメリカが仕切りに核ミサイルの使用をちらつかせた経緯から中国の核ミサイル開発は始まり、ソ連と対立して研究支援が打ち切られても70年代初頭には核兵器開発とロケットによる人工衛星打ち上げを成功させました。冷戦終結後も独自路線は変わらず、中国企業が南米市場へ進出したのと同時にブラジルと共同で資源探査衛星を打ち上げるだけでなく、2003年にはアメリカと旧ソ連に続いて3ヵ国目となる単独国有人飛行を成功させました。こうした冷戦時代の米ソに依存することなく、単独で宇宙開発を進めてきた中国は宇宙空間において国際的な協力関係を築く必要性が低いため自ら宇宙兵器開発を推進しているのです。特に人工衛星の処遇については過去、運用終了となった自国の人工衛星を衛星攻撃兵器で破壊して国際的に大きな非難を浴びており、宇宙空間の安保情勢を考慮すればNATO諸国が中国の宇宙兵器開発に神経を尖らせるのは無理もありません。

 旧ソ連の宇宙開発を引き継ぐロシアは自国経済の停滞で思うように進んでいませんが、NATO諸国が宇宙防衛の連携を密にしようと動いているのは中国を念頭に置いている点が大にあるのです。宇宙ステーションの運用でも、中国は国際宇宙ステーションの開発には参加せず独自に宇宙ステーション「天宮」を運用しているため、国際法規を無視した軍事的な宇宙開発に目を光らせる意味でもNATO諸国は中国に厳しい目線を注いでいるのです。

中国の開発途上国干渉

 中国独自の宇宙開発によって宇宙領域の国際秩序が歪みかねない。NATO諸国は自立して宇宙開発に臨める中国が国際世論を無視した宇宙政策を推進しないか憂慮しています。最も、中国が近年強みとしている通信技術は人工衛星の運用と密接に関わるインフラ分野であり、同時に人工衛星は軍事兵器にも転用できる代物のため今後の国際関係に荒波を立てかねないのです。

 思えば5G通信に限らず、インフラ開発によって中国は世界各地の開発途上国へ影響力を拡大させています。スリランカでは湾岸地域の開発を中国から借入して進めた末に返済が厳しくなって港を中国国有企業へ引き渡しており、それを横目に見ていた隣国モルディブでは親中政権が打倒されています。一方で古くから中国資本を受け入れて経済発展を遂げている南米では中国製のインフラ網が整備されつつあります。ベネズエラで独裁政権を維持するニコラス・マドゥロ大統領はマイナンバーカードに当たる「祖国カード」の開発を中国系SIerに委託しており、ブラジルやウルグアイでも中国企業ファーウェイ製の5G通信インフラ網を全国に整備する計画を進めています。こうした中国資本による国際インフラ網構築は現在のアメリカを中心とする通信インフラ網を脅かし、ゆくゆくは中国製の人工衛星インフラ網が国際的な秩序を無視してシェアを広げる可能性を欧米諸国。もとい、NATO加盟国は懸念しています。

 だからといって、足元の西欧圏でもモナコがファーウェイ製通信インフラ網の実験場として国全体を提供する合意を締結しており、中国が人工衛星を運用して世界各地の通信インフラ網を支配下に収める基盤は着々と築かれているのです。抑えていた国際的な人工衛星インフラの秩序が中国によって破壊されかねない。NATO加盟国は自分たちが舵を握ってきた宇宙空間の安保環境に乱れが生じることに嫌悪感を抱いているのです。

中国を意識した宇宙軍

 アメリカに続いてEUの盟主たるフランスが宇宙軍の創設へ乗り出そうとしているのは、宇宙開発を自国の技術や資金回りで推進できて兵器転用も可能な人工衛星を多く抱える中国の存在を意識しているためです。地上の通信インフラ網の広がりを踏まえても、ファーウェイを筆頭として中国企業が開発途上国の通信網を抑えているという見方もできるので、将来的な中国主導の人工衛星通信網の拡大をNATOは危惧しています。

 マクロン大統領がわざわざ世間体の注目が集まるフランス革命記念日前日の国防省会見にて宇宙軍創設を高らかに公表したのは、欧州圏にも広がりつつある中国の通信インフラ網。そして、そのインフラ網を利用した人工衛星経由によるサイバー攻撃等の軍事事案に対応していくと宣言したようなものです。仮に中国が国際的な宇宙開発の歩調に合わせる姿勢を示していたら、フランスもアメリカも宇宙軍創設という言葉を口に出さなかったかもしれません。しかし南米やアフリカ、オセアニアの小国など、着実に中国資本による通信インフラ開発が進んでいる地域では将来、中国が宇宙に展開する人工衛星通信サービスを中国当局のご機嫌ひとつで運用される可能性も否定できません。国際間の宇宙権益を守るためにも今後、フランスやアメリカ以外のNATO加盟国が宇宙軍創設を検討してもおかしくないでしょう。