日本型アイドルの進出がタイ芸能界を変える

 日本のアイドル・AKBグループの上陸をキッカケとして、現在タイでは空前の日本アイドルブームが巻き起こっています。これを好機と捉えて苦しい生活を送る日本の地下アイドルたちが続々と新天地タイへ拠点を移しています。過去、韓国アイドルが幅を利かせていたタイ市場に日本アイドルがなぜ広く受け入れているのでしょう。

BNK48誕生まで

 タイ芸能界は日本芸能界と構造が似通っています。名声欲しさに自身の子どもを芸能プロダクションに所属させようとする親が一定数いるだけでなく、大人になって芸能活動をするにしても芸能事務所に所属していないと大手メディアへの出演は困難です。また、テレビなどのメディア各社は特定のコメディアンや俳優と専属契約を交わして拘束するため、日本芸能界より芸能人への縛りが厳しいともいえます。

 こういった日本の芸能人。もとい、日本のアイドルが売り込みやすい業界環境にAKBグループを運営するAKSが目を付けました。AKSはグループ全体の収益拡大などを目的として、2011年にインドネシア・ジャカルタに初の海外姉妹グループJKT48を誕生させましたが、同時進行していた台湾・台北の姉妹グループ設立に関しては現地企業を折り合いが付かず停滞していました。しかし、設立にこぎつけたJKT48はインドネシア芸能界に風穴を開ける存在として注目を集め、現地法人のアイドルアカデミーが設立されるなどインドネシアに順応した商業展開を実現させました。完成された市場の東アジアへ進出は難しいが市場未発展でノウハウを積んだ東南アジアなら勝機がある。国内でAKBグループの人気が下火になるのと反比例して海外進出に希望を見出したAKSは、新設する国外グループの候補地として次に目を付けたのがタイとフィリピンだったのです。

 そして2017年2月にフィリピンに先んじてタイ・バンコクを拠点とするBNK48がお披露目され、同年8月にAKB48の楽曲「会いたかった」タイ版でデビューを果たしました。すると、タイ芸能界でまかり通っていたセクシーさを誇張する売り方を控える日本アイドル像が受け入れられただけでなく、順調な経済成長によって国民世論が先進国像を表現するクリーンな象徴を求めていたタイ世論のニーズと合致。セカンドシングル「恋するフォーチュンクッキー」タイ版はたった4ヶ月でYouTubeの公式動画再生数が1億回を突破する社会現象を引き起こし、タイの大手企業各社も人気メンバーを続々と広告塔に起用しました。タイ国民がワチラロンコン国王よりも本心では敬愛している王族のシリントーン王女が音楽フェスで踊る様からも、BNK48が今日のAKBグループ総本山である日本よりも爆発的に勢いがあることが窺い知れるでしょう。

 類似した現地芸能界の環境、JKT48の成功経験、タイ社会が若者の模範像を求めたことなど、BNK48の商業的成功には複数の要因が絡んでいます。それまでタイの若者がアイドルを目指すとなれば後述する通り韓国アイドル一択でしたが、比較的年端を重ねてもデビューしやすい日本アイドルシステムはタイ芸能界に受け入れられ、現地のアイドル産業拡大にも寄与しているのです。

日本の地下アイドル進出

 BNK48が耕した日本アイドルが売れる土壌の噂を聞き、鳴かず飛ばずだった日本の地下アイドルが可能性を求めてタイで活動する事例も増えています。好景気によって消費意欲が増大している若者需要を狙うように現地イベント会社も勢いづいており、タイ国内のアイドル市場拡大の一翼を担っています。

 NHKで特集された事例を挙げると、アイドルの聖地・秋葉原で活動した経歴を活かしてタイで支持を集める地下アイドルがいます。日本人とタイ人の混合アイドルグループ「サイアムドリーム」に所属する南さんは秋葉原の地下アイドルとして活動していましたが芽が出ず、タイで「サイアムドリーム」として活動する道を選びました。タイの若者からすれば高額な1人17,000円のバスツアーを成功させるなど、単身タイへ乗り込んでからの活動は日本時代に比べると好調なようです。また保守的な文化が根強いタイではアイドル文化に嫌悪感を抱く層は相当数いますが、日本の地下アイドル興行から着実にタイ国内で実績を積んできたイベント事業会社「サイアムドル」が現地で存在感を際立たせつつあります。自社が手掛ける「サイアムドリーム」を加えた地下アイドルの活躍場所を広げている「サイアムドル」などアイドルイベンターの隆盛は、今後のタイ文化に大きな変化を与える可能性を秘めているといえるでしょう。

 もともと、タイ国内でもアイドルファンは俗に言うサブカル系オタク全体を見渡しても少数派でしたが、BNK48の上陸だけでなく日本から来た地下アイドルの存在も相まってその比率を急拡大させています。タイにおける日本アイドルの商業的成功は国内足元の若者文化に強く影響を与えているのです。

タイ文化に欠如していた清楚感

 日本型アイドルの進出によってタイの若者文化に大きな変化が生じているわけですが、その要因を考えるとタイ社会に蔓延る男尊女卑文化。タイ独特のセクシー表現と共通するものがあり、アメリカ市場を意識したダンスチューンを織り交ぜた韓国アイドルに飽き飽きしたタイの若者が、清楚感・幼さ・かわいらしさを象徴する日本アイドルの魅力に惹かれた点が考えられます。

 タイの各都市では夜になると売春婦が成人男性に呼びかけて営業する姿を目撃するのは珍しくありません。借金返済を目的とした未成年売春婦の多さは社会問題として長年問題視されながらも、安価な接待料を注目して00年代には多くの外国人が風俗観光目的で入国するケースが激増した末、タイでは全国で風俗産業が往々に根付いています。そういった性的なエロさを織り交ぜながらも、欧米人受けするパフォーマンス力で売っていた韓国アイドルは当時のタイ芸能界とすれば都合がよく、男性優位の保守的なタイ社会の空気感も相まって00年代は韓国アイドルが仕切りに持て囃されていました。そして大手メディアの発信に感化されたタイの少女たちは韓国アイドルを目指して韓国芸能界の門戸をたたくようになりましたが、激しい競争と奴隷扱いとも叫ばれる韓国芸能事務所の練習生制度に心が折れて夢を諦める女性も少なくありませんでした。タイ社会でステレオタイプとされる女性への性的イメージが、タイでアイドルを目指す少女の枷になっていた現実は否定できないでしょう。

 そうした卑猥な固定観念や韓国アイドルの競争論を払しょくする存在として、清楚感を売りにする日本型アイドルは新時代の象徴として受け入れられた面は大なり小なりあります。日本のアイドルも競争過多による人気の乱高下やきな臭い運営側の問題も抱えていますが、それでも男性受けするエロさや高いパフォーマンス力を必ずしも強要されない日本アイドルの売り込み手法にタイの若者は惹かれていったのです。タイ社会としても日本のアイドルを豊かさの象徴としたい反面、性風俗に依存している観光産業の清浄化を図りたい狙いもあるため、クリーンなイメージを発信できる日本型アイドルを企業や公官庁が広告塔としてこぞって起用している節があります。タイの既存文化を打ち砕く起爆剤としての役割も日本型アイドルに期待されているのは事実です。

 国を超えて日本のアイドルである乃木坂46がタイ観光庁の大使に就任したのも、そうした清楚感を求めるタイ世論の盛り上がりによる影響が大にあります。日本の地下アイドルも続々と活躍の場を求めてタイに進出しようとする動向からも、タイで問題視されてきた風俗産業の浄化が今後進められるのではとも期待する向きもあるのです。

タイ芸能に革命を起こした

 日本型アイドルのタイ進出は韓国芸能事務所が幅を利かせていた現地の芸能事情に革命を起こしました。タイ芸能界が日本芸能界と構造が似ているのも日本アイドルが進出しやすかった一員でもありますが、何よりタイ国民が男性的エロティシズムに依存しない女性象徴を節に求めていたのも、日本の地下アイドルが十分に進出して活躍できるほどの環境が整備されつつある要因ともいえます。

 BNK48が商業的成功を収めてタイの若者が目新しい文化を追い求めている現状を踏まえれば、タイにおける日本アイドルの需要はまだまだ掘り起こせる余地があります。タイ社会が本腰を入れて性風俗先進国のレッテルを取り払おうと動いている点からも、日本アイドル文化が今後タイ国内で活性化するのは間違いないでしょう。