ジョンソン新首相のEU離脱方針で揺れるイギリス

 テリーザ・メイ前首相の辞任によって争われていたイギリスの与党・保守党の党首選にて、ロンドン市長や外務大臣を歴任したお騒がせ政治家のボリス・ジョンソン氏が次期党首およびイギリス新首相に選ばれました。ジョンソン氏は根っからのEU離脱派で名を通しており、2019年10月31日に設定されているEU離脱期限までに交渉が終わらなくても「合意なき離脱」を強行する構えを見せています。

ジョンソン首相誕生まで

 ブレグジット騒動によって首相に上り詰めたメイ前首相ですが辞任に追い込まれたのはなぜか。最もとした要因として国論を二分するEU離脱論争のまとめ役として上手く立ち回れなかったからと言われますが、その首相就任への道を探っていくと常にボリス・ジョンソンという男の影が見え隠れしています。

 EU離脱を巡って国民投票となった2016年。親EU派のデービット・キャメロン元首相の予想に反して離脱容認が過半数を超え、EU離脱を進めざるを得なくなった責任を取ってキャメロン氏は首相職を自ら辞任しました。すると後任としてジョンソン氏の名前が挙がりましたが、保守党内部でもブレグジット論争が二分した末にEU残留派と離脱派を仲裁できる人間が党首になるべきとの声が高まり、EU離脱論者の急先鋒だったジョンソン氏は党首選立候補を断念。穏健離脱派のメイ氏が保守党党首に就任したのです。しかし、メイ前首相は国民投票の結果を踏まえた離脱の意思を尊重する姿勢を誇示しながらもEU脱退交渉に折り合いが付けられず、国内でも北アイルランドの関税措置を巡るバックストップ問題も浮上して合意なきEU離脱が現実味を帯びてきました。こうして定められた離脱期限までにブレグジットを実現できなかったメイ前首相は辞任に追い込まれ、ジョンソン氏が再び保守党党首としてイギリス首相へ就任する機運が高まったのです。

 迎えた保守党の党首選。すでに2019年5月に実施された欧州議会選挙にて大幅に議席を減らす大敗を喫した保守党に国民が失望している裏で、党首選にはジョンソン氏をはじめドミニク・ラーブ氏やマイケル・ゴーヴ氏など、保守党内で同じくEU離脱派で名を通す閣僚経験者の立候補が相次ぎました。ブレグジット党に大量の議席を奪われて党勢を減速させた保守党の現状を踏まえ、親EU派議員が首相を務める選択はないと考える国会議員が多数を占めたのです。対して親EU派の保守党関係者はメイ政権で外務大臣だったレジェミー・ハント氏を推す体制を築き、10名の立候補者のうち2名に絞られた決選投票ではハント氏は何とかジョンソン氏の対抗馬として滑り込みました。しかし、保守党内でのシラケ感から妥協的な地方議員やサポーター票がジョンソン氏に集まり、総投票数で2倍近くの差を付けてハント氏を破りジョンソン氏は当選。ハント氏は称賛のコメントを送りつつも外相のポストから離れました。

 ブレグジットの国民投票時点でイギリス首相候補に挙げられながらも、EU離脱派に寄り過ぎているとの懸念から保守党党首選への立候補を一度は見送ったジョンソン氏。ですが、政権内のバランスを重要視したメイ政権が招いた停滞によってEU離脱への動きが過熱した末、ジョンソン氏は多くの保守党員から支持を得てイギリス首相の地位に就いたのです。

ボリス・ジョンソンという人間

ボリス・ジョンソン新首相
※Wikipediaより

 EU離脱派から支持を集めながらも国論を二分するブレグジットにおいて存在を危険視されていたジョンソン氏ですが、メイ首相の信用が失われる過程でせめて先頭に立っても違和感ない人間として地方の保守党員から妥協的に支持を集め、ジョンソン氏は虎視眈々と狙っていたイギリス首相に就任しました。ただ過去の経歴を振り返ると、ジョンソン新首相が本当にイギリス社会を安堵させられるか甚だ疑問です。

 名門・オックスフォード大学を卒業したジョンソン氏は紆余曲折を経て保守系メディアのテレグラフに入社すると、ブリュッセル駐在員時代に欧州懐疑派のジャーナリストとして名を馳せ、時のジョン・メージャー元首相からは保守党内部の意見対立を煽った人間として忌み嫌われていました。そして、2001年に保守党員としてイギリス庶民院議員となり政界入りするとEU懐疑派議員として注目は集めますが、スキャンダルを起こしたにも関わらずキャメロン元首相のご贔屓で重要ポストを就くなど有名無実な人間として酷評されていました。そのため、2008年にロンドン市長に就任した際は2012年ロンドン五輪運営を大きく旗を振って推進し、おおよそ今回のイギリス首相選でアピールされた実績を積んできた経緯があります。その後はロンドン市長から庶民院議員として国政に戻って2016年に外務大臣となると、差し迫ったEU離脱論争では離脱派の中心人物として親EU派から大きく警戒される存在にまでのし上がったのです。また、政治家に転身した後もジョンソン氏はかつて所属していたテレグラフ他に寄稿記事の執筆を続けるなど、自らが訴えて世論を喚起する姿勢を貫いています。

 ジョンソン氏が訴えは首尾一貫してEU懐疑論を基軸とするもので、パスクブリタニカ(※1)時代の栄光を心のよりどころとする人々からは多大な支持を受けています。とはいえ虚偽に基づいた記事を発信して雑誌編集職をクビになるだけでなく、女性問題が常に騒がれるなど黒い話題も絶えず、信用に値しないと考えるイギリス国民が大多数占めるのが事実です。

1:パスクブリタニカ
 イギリスが世界最大の帝国として君臨した19世紀後半の時世を差す言葉。今日に至ってもイギリス国内では『栄光ある孤立』とも呼ばれた最盛期の繁栄を国粋的な意味で捉え、他の欧州諸国と距離を取るべきと考えるイギリス国民は社会階層問わず多い。EU離脱論争に拍車をかけている根っこの遠因でもある。

離脱に向けた戦時内閣チーム発足

 素行面で褒められた人間ではないにしても、古くからEUに懐疑的な発言を繰り返してきたジョンソン氏の固定支持層は少なからず存在するため、今回のイギリス新首相就任はEU離脱派国民にとっては悪くない結果と言えるでしょう。しかしながら新内閣の組閣でジョンソン首相は親EU派の閣僚を一掃したため、保守党内部だけでなくイギリス全体で批判が沸き上がっています。

 閣僚の面々を見ても首相選で争ったラーブ氏を外務大臣、ゴーヴ氏をランカスター公領大臣として入閣させるなど同じEU離脱派議員を中心に閣僚を選定ました。親EU派の保守党議員が自ら入閣を拒否した側面もありますが、ジョンソン首相が合意なき離脱を容認する議員を脇に固めたかった思惑も作用しているでしょう。さらにジョンソン首相はゴーヴ氏を中心とする6閣僚のみで構成される戦時内閣チームを発足させ、実際に合意なき離脱を選択する可能性を見据える体制を敷きました。戦時内閣チーム発足に際しゴーヴ氏は「(EU側が要求している)考えが変わることを今でも期待しているが、そうならない前提で動かなくてはいけない。確実に準備する必要がある」と発言しており、メイ前首相時代にまとめ上げられた合意内容の見直しをEU側に要求する姿勢を示しています。

 ジョンソン首相がEUへ見直しを要求している合意内容の中にはバックストップによる無関税通商政策を導入しないとする文言も含まれ、EU離脱を推し進める戦時内閣チームの発足と相まって経済市場では失望感が広まりポンド安傾向を加速させています。ジョンソン首相が合意なきEU離脱の準備に取り掛かるのと並行して、親EU派や財界人の不安は増幅しつつあるのです。

現実を突き付けられた連合王国

 組閣を済ませたジョンソン首相は29日に早速スコットランドの二コラ・スタージョン行政府長官との会談に臨みましたが、EU残留派が多数を占めるスコットランドではジョンソン新首相の誕生に嫌悪感を抱く人々が大勢います。また、バックストップ問題で揺れるアイルランドでも合意なき離脱が現実に起きれば北アイルランド内部でアイルランド島統一運動が盛り上がるとけん制しています。

 こうしたEU離脱派を中心としたジョンソン内閣の発足はイギリス連合体制に混乱を生じさせ、イギリス全体の政治経済を現在進行形で地盤沈下させているのです。だからといって2019年5月に実施された欧州議会選挙でブレグジット党が大勝した様に、イングランド領内だけで見るとEU離脱を求める人々の声が支配的になりつつある現状があります。すでにEU離脱交渉をはじめて3年が経過しており、ジョンソン首相を筆頭としたEU離脱派の政治家としても引くに引けない状況に陥っている節もあります。EUとの離脱協議は優先されるべき事項ですが足元の内政地盤が崩壊しはじめている事態にイギリス政府。もとい、ジョンソン新首相は危機感を抱いているはずです。