香港国際空港の占拠を経て逃亡犯条例デモは新たな段階へ

 香港で続く逃亡犯条例改正の撤回を求めるデモが空の玄関口にも深刻な影響を与えています。デモ参加者が右目を負傷したことをキッカケに民主派のデモ隊約5,000人が2019年8月12日、香港国際空港に居座るデモを実施して空港機能をマヒさせました。重大インフラが停止する事態に中国当局も香港に隣接する深圳に治安維持部隊を派遣するなど圧力を強めています。

国際空港占拠の余波

 台湾で発生した殺人事件を引き金に民主派議員と香港市民の意思を無視した逃亡犯条例の改正審議がはじまるとデモが拡大し、6月16日には約200万人集まる大規模デモが実施されました。そして、22回目の香港独立記念日となる7月1日には香港立法会議場へデモ隊がなだれ込み一時占拠されています。

 中国共産党の息がかかった香港政府はこれら民衆の訴えを弾圧する姿勢を誇示し、治安部隊を使って軽装のデモ参加者を痛めつけるなど国際社会から非難を他所に弾圧姿勢を崩しませんでした。7月21日には地元マフィアとつながりがある白シャツ軍団がデモに参加していない民衆にも危害を加える惨事も発生しましたが、香港政府は事態に便乗して白シャツ軍団が暴れた元朗区での街頭デモを禁止する措置を発表。反動として7月27日には警察の許可を得ないデモが元朗区で発生し、デモ参加者はマスクやヘルメットを準備して治安部隊からの催涙弾やゴム弾の発砲に耐えつつ香港政府に反発しました。8月上旬ごろには失明しかねないレーザーポインターのビーム照射を用いて治安部隊を追い払うだけでなく、催涙弾の煙をカラーコーンと水を用いて抑える知識もデモ隊内で共有されはじめています。そして8月11日にデモ参加者の女性が右目を負傷する事態が大きく注目されると、デモ参加者達の怒りはまた一段階上がって翌12日。黒い服を着た若者たちが香港国際空港で座り込みデモを開始したのです。

 香港国際空港に集まったデモ参加者は、負傷した女性と同じく右目を隠して治安部隊の非人道的な弾圧を全世界に訴えようと行動したわけで、世界有数の国際空港である香港国際空港の機能をマヒさせて国際社会が否応にも関心を向けざるを得ない状況に持ってきたのです。対する香港政府は相も変わらず治安部隊を投入して14日までに居座るデモ隊を排除しただけでなく、中国共産党系の国際誌『環球時報』の記者をデモ隊が束になって暴行した事実に注目。中国政府は「香港の過激な暴力分子(デモ隊)は法律、道理、人権の最低ラインを完全に超えた」と声明を出し、15日以降は香港国際空港に出入りする人間全員に搭乗券確認を実施して香港の裁判所も空港デモ禁止命令を出しました。また、香港と隣り合う深圳市にウイグルやチベットで残虐な民衆弾圧をしたことで有名な武装警察を競技場に駐在させて訓練するなど、いざという時は武力を持って香港人を黙らせる姿勢を中国政府は全世界に発信しました。

 横暴な民衆弾圧に舵を切っている現状にイギリス、カナダ、アメリカなどの政府高官が非難の声明を発表しています。特にアメリカのドナルド・トランプ大統領は長引く米中貿易戦争に絡めて「また暴力的に天安門事件の様なことをやるなら、取引は非常に難しくなる」と発言して中国をけん制しています。そして当の香港市民も香港国際空港で発生した混乱を反省して、17日に警察から実施許可が下りたデモでは約170万人が平和的に雨傘をさしながら逃亡犯条例と暴力弾圧に抗議する意思を示しました。

キャセイパシフィック航空への打撃

香港国際空港に着陸するキャセイパシフィック航空の旅客機
※pixabayより

 国際ハブ空港である香港国際空港が機能停止に陥りながらも、香港市民は欧米諸国の政府高官を味方に付けることに成功しました。一方で香港人として意見を訴えるためデモに参加したことを咎められクビになる社員が発生した香港の航空会社、キャセイパシフィック航空は大きな企業ダメージを受けています。

 香港国際空港を拠点とするキャセイパシフィック航空には多くの香港人が在籍しており、黒い服を着たデモ隊に同調して逃亡犯条例や暴力的な治安部隊の弾圧に非難の声を挙げていました。敏感に反応した中国当局はキャセイ内部の反政府行動に圧力を強め、デモに参加したキャセイ社員の中国本土の渡航を禁止しました。さらに、キャセイの経営側は香港国際空港のデモに参加したパイロット2名を理由開示することなく解雇拠点空港で社員のデモ参加を抑制できなかったとしてルパード・ホッグCEOも引責辞任する事態に陥りました。香港株式市場ではキャセイ航空だけでなく親会社スワイヤーグループの株価が10年ぶりの安値となる大幅な下落となり、中国本土行き路線を多く抱えながらも中国共産党の意向に背いたキャセイ航空の先行きを心配する株主心理が市場を揺らしています。

 香港の一大企業であるキャセイ航空の混乱は香港経済の先行きに不安感を漂わせており、デモが長引けば長引くほど香港資本の各企業へ与える影響は大きくなるでしょう。キャセイ航空も経営陣を刷新したとはいえ、中国共産党に睨まれた状態で経営立て直しに挑むという困難にこれから立ち向かわないといけません。

広東人は意図してデモに向かったのでは?

 市民生活だけでなく香港を代表する企業にも大きな影響を与えた香港国際空港でのデモですが、そのデモ参加者にフォーカスを置くと若者世代が目立っていました。ですが、香港における20代以下の人口は約200万人前後しかいないにも関わらず、デモ参加者のうちに占める若者の比率が現実的に考えて多すぎるという意見も挙がっています。以下、中国事情を専門とする週刊現代の近藤大介特別編集委員が執筆した記事を参考に、香港国際空港の封鎖デモに参加したであろう中国本土の若者の動きを推察します。

 まず、香港国際空港でデモに対して中国政府は「個人的に香港マカオの通行書を保持して香港国際空港で知人を迎えに出ていた徐氏を監禁して身動きを取れなくした」という声明を出しています。近藤氏は声明文中に挙げられている徐氏がデモで混乱しているのに危険を冒して香港国際空港へ向かったのは不可解だと指摘し、徐氏は中国共産党が黙認している中国本土からデモに参加しようと香港入りした人物ではないかと推測しています。香港に隣接する深圳市などを管轄する広東省は中国で最も工場が集中している地域ですが、米中貿易戦争やベトナムなど人件費の安い国へ工場が移転する経済情勢の変化によって若者雇用が激減。失業した若者が中国本土では自らの反発心を下手に訴えられないため、わざわざ香港まで足を運び中国共産党に異を唱えている現象に乗じて、徐氏が香港入りしたのではと執筆しています。しかし、共産党が正義で香港デモ隊が悪というプロパガンダを広めたいがため、あえて中国政府は香港国際空港で暴行被害に遭った徐氏を被害者として大々的に報道して香港デモ鎮圧の正当性させたい狙いがあります。

 つまり、徐氏の出身地と思われる広東省で蓄積された若者の不満が香港で起きた200万人デモの原動力となっている。という既成事実を中国政府は上手く利用して香港のデモを悪だとする世論を喚起しようと躍起になっているのです。逆に言えば中国共産党は広東省に在住する若者が香港人と結託してデモを中国本土へ波及させていく事態を恐れ、武装警察を深圳に駐留させている側面もあるのです。

国際空港占拠で騒動は新たな段階へ

 デモ参加者の右目負傷によって発生した香港国際空港の封鎖デモですが、治安部隊とデモ隊による暴力の応酬によって事態が好転した面と悪化した面があります。巨大インフラをマヒさせて国際世論を味方に付けたことは香港市民にとって良い話ですが、香港資本の巨大企業に先行き不安を与えて武装警察を深圳に呼び寄せた点はどう考えても悪い話です。

 近藤氏が指摘する通り、広東省の若者が香港の大規模デモに参加している動向が中国共産党をより刺激している事実も否定できません。来る10月1日に独立70周年記念日を控えているため、中国政府も深圳に駐留させている武装警察をしばらく動かすこともないでしょう。しかし、独立70周年記念日を過ぎれば国際社会から痛烈な批判が巻き起ころうが、中国政府が武装警察を香港へ派遣して鎮圧に取り掛かる可能性もあり得るのです。いずれにしても、香港民衆が香港国際空港を占拠したことで一連の逃亡犯条例反対デモが新たな局面を迎えたといっても差し支えありません。