アメリカ大統領のグリーンランド購入発言はただのけん制?

 アメリカのドナルド・トランプ大統領が米軍基地を構えるグリーンランドを購入すると発言し、予定されていたグリーンランドを国家構成地域とするデンマークとアメリカの首脳会談が中止となりました。未採掘の天然資源が数多く埋まり、地政学上でも重要な場所でもあるグリーンランドですが、独立を期待しているグリーンランドの現地人はアメリカ大統領の購入発言を茶番だと一蹴しています。

未採掘資源の宝庫

 グリーンランドは大西洋上に浮かぶ、北米大陸とヨーロッパ大陸の北部に位置する世界最大の島です。古くは欧州人が入植者を募るためにグリーンランドと命名された島ですが、実際は冬になるとマイナス20度まで下がることもある極寒の地です。しかし近年、地球温暖化の進行で島中を覆っている氷河が徐々に解け始め、採掘困難だった天然資源の掘り起こしが容易になって資源採掘産業の多大な発展が期待されています。

 判明しているだけでもニッケル、プラチナ、タングステンなどのレアメタルに加え、アルミ、銅、石油といった大量需要が見込める天然資源が島内各地で確認されています。グリーンランドは1979年に高度な独立自治制度を獲得しましたが、地元経済は歴史的な宗主国でもあるデンマークに依存してきました。しかし、採掘産業発展への期待に加えて地元漁業や観光業が好調なことから、2009年にデンマーク政府は捻出するグリーンランド自治政府の年間予算比を2/3から1/3に減らし、グリーンランドとデンマークで折半していた地下資源収入も7,5000万デンマーク・クローネまでをグリーンランド自治政府の取り分として、超過した分を従来通り折半する方針を策定。将来の独立に備えて、グリーンランド自治政府が自立できるようデンマーク政府も積極的に制度設計に関与しています。2007年にはグリーンランド領内の資源採掘の責を担う企業として「グリーンランドミネラルズ」も設立され、海外からの出資も順調に集まっています。

 そのため、アメリカ大統領が資源採掘と後述する安保情勢に絡んでグリーンランドを購入するとした発言に、現地住民とデンマーク政府が反発の声を挙げるのは至極当然と言えるでしょう。デンマークのメッテ・フレデリクセン首相も「グリーンランドは売り物ではない」とコメントしており、唐突なトランプ大統領の発言に釘を刺しています。

トランプ大統領の安保論

 曲がりなりにもデンマークとの首脳会談を控えた時期にグリーンランドの購入発言をしたトランプ大統領ですが、何も目的なくグリーンランド購入の話を持ち上げた訳ではありません。鉱物資源を念頭に置いたグリーンランド購入発言として注目を集めがちですが、その裏にはロシアや中国といったアメリカの対立する勢力の影があります。

ミサイル防衛

 グリーンランドは冷戦時代、アメリカが対ソ連防衛前線として重要視していた場所でもあります。第二次世界大戦で一時期デンマークがナチスドイツによって占領されるとグリーンランドはアメリカ保護下に入り、戦後も旧ソ連のミサイル防衛における最前線として、アメリカ軍は1953年にチューレ空軍基地を設置しました。最も、戦後の冷戦激化を見越していたアメリカは1946年にグリーンランドを1億USドルで購入したいと打診していますが、デンマーク政府は購入要求を受け付けませんでした。むしろ、1968年に発生したアメリカ軍機墜落事故によってグリーンランドに核が配備されている事実が明るみになると反発が強まったため、今日のチューレ基地は弾道ミサイル早期警戒システムが配備されて警戒に当たる程度の任務しか与えられていません。一方、トランプ大統領はロシアと締結していたIMF(中距離核戦力全廃)条約を破棄したことで北極圏における安全保障環境が悪化しているため、「グリーンランドを購入してアメリカ軍の防衛体制を見直したい」というアメリカ大統領の本音も透けて見えているのです。

中国資本への懸念

 対露防衛の最前線としてグリーンランドが位置している地政学的視点だけでなく、トランプ大統領は世界中のレアアースを掌握しようする中国資本がグリーンランドへ流れる懸念も抱いています。米中貿易戦争によって互いに報復関税を応酬し合う状況下、アメリカは自国の情報通信機器に必要な中国産レアアースの値段がじわじわと値上がりする現象に苦しんでいます。中国は全世界の採掘済みレアアースシェアの7割を抑えており、仮に中国が一帯一路構想と絡めてグリーンランドへ積極投資する行為に拍車がかかれば、アメリカ経済は大きなダメージを受けかねません。事実、海外から順調に投資資金を集めている前出のグリーンランドミネラルズ社の筆頭株主は中国の盛和資源社ですし、2016年に中国がグリーンランド領内の古くなった基地を購入しようとした際はデンマーク政府が阻止しています。こうした、中国によるレアアース掌握政策とグリーンランドへの投資策にトランプ大統領は警戒感を強めているのは言うまでもありません。グリーンランド購入を口走ったのも、ロシアだけでなく中国に対するけん制の意図があるのではと思われます。

グリーンランド世論と政府見解

 アメリカ本土の防衛、レアメタル利権のにらみ合い、中国資本によるグリーンランドの産業掌握への懸念。グリーンランド購入発言の意図を探っていくと、アメリカにとって喜ばしくない事態を未然に防ぐための施策としてグリーンランドを購入したい。という、トランプ大統領の腹の内がよくよく理解出来ます。

 だからといって、グリーンランドではトランプ大統領の発言を戯言だと受け取っている住民が大多数を占めます。現地のホテルオーナーは「ソーシャルメディアでは完全にジョーク報道だと思われているし、私に言わせてみてもあり得ない話だ」と、トランプ大統領の購入発言を全く真に受けていません。グリーンランド自治政府のヴィットス・クヤゥキッチョク財務大臣も中国の脅威を踏まえたうえで「安全保障上の問題は理解している。でも、私たちには投資が必要なわけで、流れるお金に色が付いているわけではない。(中国を含めた)国とのバランスは取っている」と、トランプ大統領が過敏に反応している安全保障上問題となる資源掌握は起こりえないと発言しています。つまり裏を返せば、独自の自治政府を持つグリーンランドの人々は主権国家の国民と同等の意識を持っているわけで、気まぐれな大国の大統領の購入発言に一喜一憂していないのです。

 国際的なパワーバランスを考えればトランプ大統領のグリーンランド購入発言にも一理あります。しかし、長い歴史を経てグリーンランド人というアイデンティティを確立してきた現地住民と、それを支えるデンマーク政府の考えが覆ることはあり得ません。自国第一主義の範疇を出ない発言に動じるほど、グリーンランド住民の意思は緩くはないのです。

グリーンランド購入は実現し得ない

 トランプ大統領はデンマークのフレデリクセン首相が自身の購入発言に反発したことに「馬鹿げた考えだと表現した底意地の悪い女だ」と激しく罵倒しましたが、フランス・ビアリッツのG7会議前にフレデリクセン首相から電話が入ると「素晴らしい女性だ」と態度を一変させました。やはり、グリーンランド購入発言はロシアと中国を念頭にしたトランプ流パフォーマンスだったと判断してよいでしょう。

 ですが、アメリカにとってグリーンランドが安全保障上重要な拠点である事実に変わりはありませんし、米中貿易戦争に関連するレアアース争奪戦によって存在感が増していることも否定できません。一方、グリーンランド自治政府はデンマーク経済に依存しているとはいえ、地球温暖化の進行によって資源採掘量が増加すれば間違いなく独立して経済を回せる主権国家となります。トランプ大統領からすれば、今このタイミングでアメリカがグリーンランドを購入しなくてはロシアや中国に圧力をかけられないと考えているのかもしれません。ですが、すでに主権国家の条件を整えつつあるグリーンランド自治政府の存在をないがしろにした不動産取引はハッキリ言って不可能なのです。