イスラエル史上初の国会再選挙とパレスチナ問題の軽視

 極右的なシオニズムを支えとして2019年4月9日のイスラエル国会選挙で辛勝した、ベンジャミン・ネタニヤフ首相率いる右派政党リクードが政権の主導権を奪われるかもしれません。選挙後の組閣交渉に行き詰まった末に実施された。2019年9月17日の国会再選挙で野党連合『青と白』に惜敗し、ルーベン・リブリン大統領が大連立を念頭に置いた組閣を命じました。

リクード政権の陰り

 ユダヤ人国家イスラエルが第二次世界大戦後に大国の助力で建国されて以来、ユダヤ人政権は元から領土内に在住していたイスラム教徒パレスチナ人の迫害を代々続けています。アラブの春を発端とする中東の混乱に触発されたネタニヤフ首相はじめ、ユダヤ人至上主義のシオニズムに傾倒するリクード国会議員もパレスチナ人弾圧政策を改める様子を見せていません。近年では、パレスチナ地区に閉じ込められているデモ参加者を実弾で死傷させるだけでなく、パレスチナ人の住む地域におけるユダヤ人入植を推進するなど、非人道的な態度を硬化させつつあります。

 人権的な抑圧に怒りを募らせるパレスチナ人は無慈悲な弾圧に反発していますが、地域大国としての存在感を増しているイスラエルに反抗できる手段も次第に奪われています。ガザ地区とヨルダン川西岸地区で共同統治されていたパレスチナ暫定自治政府は、交戦派ガザ政府と穏健派ヨルダン川西岸政府に二分され、ジリ貧の状況下で武力抵抗するガザ地区はイスラエル軍の執拗な武装弾圧によって生きた牢獄と化しています。こうした、緊張感をいたずらに高めるリクード政府の姿勢に、イッシュ・アディットなどの野党が団結する政党連合『青と白』は中東地域の安定を揺るがしていると非難してきました。

 迎えた2019年4月9日の任期満了にともなうイスラエル国会(クネセト)選挙では青と白がリクードに拮抗、120ある議席のうち35議席を分け合うことになります。ただ、国会第一党となったリクードがリブリン大統領の指示で組閣に動き出しましたが、連立相手として目されていた極右政党『イスラエル我が家』との交渉が期限の5月29日までに締結できませんでした。リクードと同じシオニズム右派のイスラエル我が家ですが、より過激なシオニズム政党のイスラエル我が家は政権の連立条件としてユダヤ教神学校生徒の兵役免除の廃止を求めるなど、政策面の溝を埋められなかったのです。これを受けてイスラエル国会では連立交渉期限を見越してやり直し再選挙の実施が議論され、賛成74反対45の投票数から9月17日に再び国会選挙をやり直すこととなりました。

 リクード政府によるパレスチナ人弾圧を支持する右派ユダヤ人は数多くいますが、国際社会からの人権侵害国家のレッテルを張られているイスラエルの現状に危機感を募らせるユダヤ人も少なくありません。パレスチナ地区をめぐる問題を火種として、イスラエル政界の迷走が続いているのです。

ネタニヤフ首相の汚職

 パレスチナ地区への弾圧に反発する野党だけでなく、イスラエル我が家の連立拒否で建国史上初の国会再選挙に持ち込まれたネタニヤフ首相ですが、政権の支持離れを加速させている原因は何もパレスチナ問題だけではありません。ネタニヤフ首相は予てより汚職問題を抱えており、いよいよ弾劾裁判がはじまるのではとの世論も盛り上がっているのです。

 ネタニヤフ首相が1996年に国家元首となって以来、現地メディアは度々ネタニヤフ首相と妻のサラ氏が政治資金を私的流用していると報道し、警察や検察もその都度捜査のメスを入れてきました。ですが過去、15回は事情聴取に応じたネタニヤフ首相は一度も起訴されておらず、当の本人も「大々的な警察からの勧告につながった事例もあるが、いずれも何もなく終わった」と自慢げにコメントを残しています。一方、警察や検査も逮捕できずにはいたものの確たる証拠を数年かけて集めており、2019年2月28日には計3件の収賄や詐欺の疑いで起訴へ踏み切りました。国家元首が逮捕される可能性が浮上してもネタニヤフ首相は「魔女狩り」だと一蹴しましたが、6月21日には妻のサラ氏が公的資金の私的流用の疑いで訴追されるなど、夫妻揃っての逮捕への秒読みがはじまっています。

 イスラエルの法律では首相であっても逮捕されない限り職務を続けることができますが、長年にわたり汚職の噂が絶えないネタニヤフ首相の政治生命は危機的状況にあります。無論、国家元首のきな臭い噂が証明されはじめたことで与党リクードの支持基盤に綻びが出てきており、離れていった支持者がイスラエル我が家など別の右派政党の支持に回っているのです。

2019年9月の国会再選挙

 パレスチナ人排斥策に汚職問題と、盤石な体制が崩れはじめたリクードに不信感を募らせる有権者が増えたことは想像にし難くないでしょう。迎えた9月17日の再選挙でも、リクードは青と白と得票率を拮抗して惜敗していますが、同時に目の敵にしていたアラブ人政党連合『ジョイントリスト』を躍進させるスキを生み出しています。

リクードの惜敗と青と白の辛勝

 4月の選挙では同じ35議席で並んだ両陣営の得票率は再選挙でも大きく変わりませんでしたが、やはりネタニヤフ首相の汚職捜査の進展が大きく選挙結果に影響を与えたといえるでしょう。出口調査通りに議席争いは接戦となったものの、前回選挙と比較してその意味合いは大きく異なるものがあります。最も、リクードが31議席で青と白が32議席となっており、議席だけ見れば両党とも議席を落としています。ネタニヤフ首相の捜査進展を踏まえればリクードが議席を落としたのは分かりますが、青と白が議席を落としているのは国際的な非難を浴びているヨルダン川西岸地区の入植問題に具体的な解決策を提示できていないためです。それでも、長期政権で汚職まみれとなっているリクードよりも、政党連合で新鮮味のある青と白を支持するほうが幾分マシと考えている有権者が相当数いるわけです。

アラブ系政党の躍進

 そして忘れてはいけないのは、二大勢力の選挙戦に嫌気が差した有権者がアラブ人政党連合『ジョイントリスト』を国会第3勢力へ押し上げる原動力となった点です。以前から、血統を同じとするパレスチナ人への政府弾圧に対し、イスラエル国内在住のアラブ系住民も怒りを募らせていたのは至極当然なわけで、今回の再選挙では反シオニズム姿勢が如実に示されたといえるでしょう。リクードに失望した有権者がアラブ人排斥を謳うイスラエル我が家に投票して8議席を確保しましたが、ジョイントリストはそれを上回る投票率を獲得して前回から3議席伸ばす13議席を抑えました。逆に言えば、再選挙報道で大々的に注目されてきた二大勢力やイスラエル我が家の動向に比べて、イスラエル在住アラブ人の動向はあまり注目知れていなかったとも言えます。再選挙後、早速ジョイントリストは青と白による組閣を支持するとの表明を出しており、リクード政府によるパレスチナ人弾圧の打開に向けた糸口を掴もうと動き出しています。

シオニズム至上主義の影

 再選挙の結果。議席上は青と白がリクードを上回りましたが、政局安定を念頭にリブリン大統領はネタニヤフ首相に組閣を命じています。ただ、10月に入れば検察によるネタニヤフ首相の事情聴取が始まるので、リクードを中心とする政権樹立は困難だろうと見られています。一方、国会第一勢力として躍進した青と白は政党連合のため、イデオロギーの面では相容れない部分もあります。青と白を取りまとめるイスラエル回復力党のペニー・ガンツ党首もシオニズム重視の姿勢を取る人物で、左派的な思想が尊重されないイスラエル国会内の現状を嘆く向きもあります。パレスチナ政府も「選挙結果に期待していない。どちらが勝ってもコカ・コーラとペプシ程度の違いしかない」と失望感を顕わにしている状況です。

 ネタニヤフ政権よってパレスチナ地区への弾圧は続いてきましたが、その実4月の選挙でも9月の再選挙でもパレスチナ問題は重要視されていません。ですが、アラブ人政党連合であるジョイントリストが存在感を際立たせたのは、イスラエル政府による人権侵害がユダヤ人国民に少なからず突き付けられたともいえます。人間対立劇としてネタニヤフ首相とガンツ党首の動向に注目が集まっていますが、足元のアラブ人弾圧を無視することは許されないのです。