旧東ドイツ地域の2級市民意識から党勢拡大するAfD

 ドイツ国内でも移民難民の流入数が少ない旧東ドイツ地域で、極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が州議会の議席を伸ばし続けています。旧西ドイツ地域との経済格差を嘆く旧東ドイツ地域の住民は自らを2級市民だと卑下しており、ドイツ全土でも外国人による犯罪が少ないにも関わらず難民排斥運動が活発化しています。

埋まらない東西経済格差

 第二次世界大戦を終えてドイツはアメリカ側が統治する旧西ドイツとソ連が統治する旧東ドイツに分断されました。その後、自由主義経済によって年々豊かになっていく旧西ドイツと対照的に、計画経済と監視社会による抑圧的な国家となった旧東ドイツでは国民の不満が蓄積されていきます。

 ベルリンの壁が崩壊して1990年に東西ドイツが再統合されてからは、高給な職場を求めて働き盛りの旧東ドイツ国民が旧西ドイツの工業地帯へ大挙して引っ越しました。また、旧東ドイツ地域内の行政機関の統合再編も叫ばれ、1996年には首都ベルリン市庁とベルリンの郊外地域に当たるブランデンブルク州庁舎の統合論争が過熱。住民の反対多数で否決されたものの、統合論争の盛り上がりは財政的に余裕のない旧東ドイツ地域の経済基盤の脆さ匂わせました。今日においても、ドイツ経済をけん引する重工業企業の拠点の多くが旧西ドイツ側に位置しており、各企業の製造拠点の多くは旧東ドイツ域内ではなくハンガリー、チェコ、スロバキアといったドイツ国内よりも人件費が安い近隣諸国に置かれています。

 東西ドイツ再統合から30年近く経過しても縮まらない経済格差に旧東ドイツ領民は憤り、欧州経済をけん引する旧西ドイツ領内の経済成長を妬んでいます。さらに、中東や北アフリカで発生したアラブの春によって大量のイスラム難民がドイツへ押し寄せたことで、不満の矛先が流入する移民難民にも向けられたのです。

移民排斥論と新興政党への期待

 チュニジアのジャスミン革命を発端として、中東から北アフリカのアラブ全土に広がったアラブの春は多くアラブ系イスラム教徒の暮らしを奪い、社会福祉制度が手厚い欧州圏を目指す難民を激増させました。その救済策として、ドイツのアンゲラ・メルケル首相は100万人以上のイスラム難民を国内に受け入れる方針を打ち立てました。

 メルケル首相の難民受け入れ方針に旧東ドイツ地域民が敏感に反応したのは言うまでもありません。旧西ドイツ地域との経済格差が縮まらず2級市民だと自称する人々も多いのに、アラブ世界の都合で大挙して流入する難民に職を奪われかねないと反発する声が沸き上がったのです。特に旧東ドイツ出身にも関わらず、与党内の反対意見を抑えつけて難民流入を推進したメルケル首相に対する期待感は急速に失せました。また、難民に関わる対応策を満足に打ち出せない右派与党のドイツキリスト教民主同盟(CDU)や連立する左派与党のドイツ社会民主党(SPD)に失望する世論もドイツ全土で形成されていきます。ただ、イスラム難民の多くがドイツ南部で経済基盤が盤石なバイエルン州やバーデン=ヴュルテンベルグ州に集中して流入しており、国内では相対的に豊かとはいえない旧東ドイツ方面へ向かう難民は多くありませんでした。

 にも関わらず、税収が難民支援に回される点などを懸念して難民排斥デモに参加する旧東ドイツ地域民が増加しました。最も、東欧諸国との国境沿いに位置して難民の流入口にもなっているザクセン州では、難民の収容施設やコミュニティをターゲットにした犯罪がドイツ国内でも頻発するエリアとなります。地元経済の地盤沈下だけでなく、イスラム世界から来た難民への反発感情は、ザクセン州内に反イスラム団体「西洋のイスラム化に反対する欧州愛国者(通称:ペギーダ)」を発足させただけでなく、同じく移民排斥を強く訴える新興極右政党AfDの支持を拡大させました。2014年にAfDがはじめて州議会で議席を獲得したのもザクセン州議会だった点からも、いかにザクセン州内の難民排斥意識と2級市民として自身を卑下する気持ちが根深く定着しているのか理解できます。

 延々と経済格差の是正してくれない既存政党へに失望感に加え、イスラム圏から逃れてきた難民問題が浮上して旧東ドイツ地域民の心中は穏やかではありません。例え懸案されているイスラム難民が他のドイツ地域へ流入しようとも、自らの血税が外国人の救済策に使われることを多くの旧東ドイツ地域民がよしとしておらず、党歴が浅いAfDの強固な支持基盤となっているのです。

州議会で勢力広げるAfD

 ドイツの税金が他のEU諸国に分散されている現状への不満だけでなく、民族アイデンティティも侵されかねないとの懸念から旧東ドイツ地域で支持を拡大しているAfD。2019年5月に実施された欧州議会選挙でもブランデンブルク州やザクセン州からの票田を糧として、AfDは議席を7から11へ伸ばしました。その勢いを示すかのように、2019年9月1日に実施された両州議会選挙でもAfDは既存政党を抑えて第2勢力にのし上がり、2級市民意識を払しょくしたい旧東ドイツ地域民の土着意識ある民意が顕わとなりました。

ブランデンブルク州議会選挙

 首都ベルリンでは、勢いづく環境主義政党の同盟90/緑の党が欧州議会選挙でも優位に選挙戦を進めましたが、郊外圏かつドイツ国内でも貧困層が多いとされるブランデンブルク州では反EUの姿勢を明確に示すAfDを支持する声が広がっていました。それと反比例して、長年ブランデンブルク州議会で幅を利かせていたSPDや旧東ドイツの独裁政党の系譜を受け継ぐ左翼党の支持率は急激に下落しました。結果、前回選挙では得票比率12.2%を得て11議席だったAfDの議席数は跳ね上がり、得票比率23.5%で23議席を確保。第1党の座を死守したSPDが26.2%で25議席と前回から大きく議席を落としたのを横目に、AfDは第2勢力に躍り出たのです。また、左翼党が議席を落としたのと相対して緑の党が勢力を広げ、地域政党のブランデンブルク連合市民運動/自由な有権者(BVB)が初めて議席を獲得しました。

ザクセン州議会選挙

 イスラム難民たちが目指している地域ではないにも関わらず、東欧諸国と国境を接している故に難民排斥運動が活発なザクセン州でもAfDは議会勢力図を大きく変えました。元来、強固な右派の支持基盤からCDUが左翼党を抑えて党勢を維持してきたザクセン州議会でしたが、選挙を経て第2勢力だった左翼党が議席を27から14に減らしました。代わりに第2党にのし上がったのはCDUの票田も奪って支持を集めたAfDで、前回選挙にて得票比率9.7%の14議席だった勢力を27.5%の38議席と、2倍以上に議席数を引き延ばしたのです。その陰で、国政ではCDUと連立与党を担うSPDが第3党から第5党に転落。中央政界で情勢を見守っていたSPD首脳部に衝撃を与えました。好調な結果を収めたAfDのイェルク・モイテン共同党首は選挙後に「AfDがこの選挙の唯一の勝者だ。旧東ドイツ地域の人々は賢明な判断をした」と勝利宣言を発表、予てから支持基盤とされてきたザクセン州において存在感を誇示しました。

自称2級市民の声が政界を揺るがす

 旧東ドイツ地域の国民が募らせてきた経済不安や移民難民流入への恐怖心を支えとして、AfDはついに州議会において一大勢力を築くまでの全国政党となりました。ただ、これまで国際社会との協調を是としてきたCDUやSPDの姿勢を擁護するメディアの声も大きく、今後話し合われる州政府の連立政権交渉にはAfDはまず参加させてもらえないでしょう。

 一方、国政の舞台ではメルケル首相の後任として期待されていた。アンネグレート・クランプ=カレンバウアーCDU党首の責任を問う声が党内で噴出しています。というのも、先の欧州議会選挙でCDUは議席を減らしており、失望したメルケル首相がクランプ=カレンバウアー党首に首相職を委譲しない方針を固めた事実が明らかにされ、CDU組織内ではポストメルケルの主導権争いが再燃しつつあります。無論、内部闘争を複雑化させているのは非人道政党とも揶揄されるAfDが国民の不満の受け皿になっているからに他なりません。しかし、東西再統合から30年もの月日が経過しても一向に縮まらない経済格差に旧東ドイツ地域民は自尊心を傷つけられており、地域社会を上向かせる一縷の望みを託してAfDを積極的に支持しているドイツ人も少なくないのです。