オーストラリアのカエンタケ発生から考えるナラ枯れ

 オセアニアで生育していなかったはずのカエンタケがオーストラリア北部のケアンズ近くで発見され、環境研究家の関心を寄せています。カエンタケは森林が枯れる現象として問題視されているナラ枯れした木々に発生するため、新たな生育域への拡大が環境破壊のバロメーターになっているとの声も挙がっています。

オーストラリア初の事例か?

 日本や朝鮮半島など東アジア圏で自生しているカエンタケが遠く離れたオセアニアで発見されるのは初めてです。周辺諸国ではジャワ島で生育しているのが確認されていますが、インドネシアとオーストラリアの間にあるインド洋を超えてカエンタケが見つかったのは環境研究家に衝撃を与えました。

 最初にカエンタケを発見したのは、オーストラリア北部ケアンズの熱帯雨林を日々フィールドワークしているキノコ写真家のレイ・パーマー氏です。10年以上、ケアンズ周辺の森林に生息するキノコを撮影し続けているパーマー氏が初めてカエンタケを見つけたとき、すぐに毒キノコだと分かっただけでなくオーストラリアで見たことない品種と判断しました。パーマー氏はすぐ、オーストラリア有数の生物研究機関であるジェームスクック大学に採取したキノコを送り、菌学者のマット・バレット氏に新種キノコの調査依頼をしました。結果、採取されたキノコは過去にオーストラリアでは発見されていない毒性の強いカエンタケであることが判明したのです。バレット氏は「これまで知られているカエンタケの分布域を著しく拡大する発見」だと驚きのコメントを残しており、なぜ東アジア原産のカエンタケがオーストラリアの熱帯雨林で見つかったのか疑問視しています。

 ただ、キノコ写真家のパーマー氏は「(カエンタケの)発見は珍しいが、私はこれまでオーストラリアに生息していないはずのキノコを発見してきた」とも発言しており、果たしてカエンタケが本当に地球温暖化の影響でオーストラリアに生息域を拡大させたのか。今後、未解明の部分が研究されていくことが期待されています。

枯れた木にカエンタケ

 オーストラリアに生息していなかった新たなキノコが発見された。この情報だけなら、恐らく世界中の関心を浴びるニュースとしてカエンタケ発見の話題は共有されなかったでしょう。でも、環境学者や生物学者がカエンタケ発見のニュースに衝撃を受けているのは、カエンタケが近年問題視されている森林が枯れる現象。ナラ枯れのベンチマークとなるキノコだからです。

 日本国内でも森林の生態系に悪影響を与えるとして忌み嫌われているナラ枯れは、晩夏から秋にかけて発生する昆虫カシノナガキクイムシがナラやクヌギといった広葉樹に寄生して、キクイムシが削った幹に繁殖する酵母菌によって木の道管が侵食されて幹全体が枯れ果てる現象です。人の手が加えられていない天然の広葉樹に好んで寄生するため、手入れされず放置された里山が増えつつある東アジア諸国ではキクイムシの増加に頭を悩ませています。そして、生態系に影響を与えているキクイムシと共生する酵母菌を好んで生育するのがカエンタケといわれており、カエンタケが増えることは周辺の木々がナラ枯れの被害に遭っていることの証明になるとされています。

 ただ、キクイムシやカエンタケが増加しているのは人の手が入っていない広葉樹林の増加だけでなく、地球温暖化によって多種多様なキクイムシが越冬できる環境が整いつつあるのも要因として挙げられます。熱帯雨林が生い茂るオーストラリアでカエンタケが見つかった要因として温暖化が絡んでいる線も、仮説としてあり得ない話ではありません。

カエンタケの毒性

 カエンタケの増加が地球温暖化の進行を示している向きの声も散見されますが、猛烈な毒性を持つカエンタケは里山に入る食材散策者に健康被害を与えてきました。古くから、不用意に食べて死亡する事例も報告されているカエンタケは、キクイムシが長生きしやすくなった近年において似ている食用キノコと間違えて誤食する可能性も高まりつつあります。秋の行楽シーズン、日本の各自治体でも注意喚起されているカエンタケの危険性に留意して食材散策を楽しみたいものです。


触れるだけでも危険

 菌類の収穫シーズンでもある秋は山中に入ってキノコ採取に興じる人々もいるでしょう。しかし、食用キノコは広葉樹の根本に発生する種類が大半のため、知らず知らずのうちにナラ枯れが発生しているエリアに入った際はカエンタケに手を触れないよう注意しなくてはいけません。カエンタケの表面にはトリコセテンというカビ類系の毒素が強い皮膚刺激性を有しているため、表面に触れただけで皮膚が炎症します。後述する食べた場合と比べて実害は少ないものの、接触後に十分な石鹸による洗浄を行わないと炎症の痕が残ることもあります。

致死量は数グラム

 カエンタケは食用のベニナギタケや冬虫夏草に見た目が酷似していることもあって、触れるだけでなく最悪食べてしまうケースも少なからず報告されています。仮に食べてしまうと、約30分後には手足の痺れだけでなく、発熱、悪寒、下痢、嘔吐等々、消化器官系を中心とした部分に異変が発生します。何ら治療せずそのまま放置すれば、呼吸困難や言語障害といった脳神経障害に関わる異常が発生した末に死亡します。また、致死量はわずか3gほどのため、ベニナギタケと間違えて大量摂取すると取り返しのつかない死亡事故に発展する恐れもあるのです。過去には、散歩中の犬がカエンタケに触って腫れてしまった後ろ足を舐めて中毒死する痛ましい事件が発生している点からも、素人が下手に未知の山菜に触れないことが大事なのかよく理解できるでしょう。


 問題は仮に地球温暖化の進行でキクイムシの越冬率が高まり、ナラ枯れの発生件数が増えて、自生するカエンタケの数も増えれば、風光明媚な自然に触れる楽しみも含めた里山散策に規制がかかる可能性も否定できないことです。さらに、ナラ枯れの大量発生は広葉樹が落とす木の実を食べられない鹿や熊といった野生動物を市街地に誘う遠因にもなります。そういった意味では、カエンタケの増殖は本来あった自然環境の崩壊がはじまっているサインなのかもしれません。

環境破壊への警鐘か?

 カエンタケがキクイムシが寄生してナラ枯れした広葉樹の根本を好んで自生する習性は、専門家界隈ではよく知られていました。ですが、熱帯雨林茂るオーストラリアでカエンタケが新たに発見されたのは、人類がまだ知らない習性をカエンタケが持っている証拠でもあります。仮にカエンタケがキクイムシ由来の酵母菌以外にも寄ってくる性質があって、その酵母菌が地球温暖化によって増殖しているとなれば、地球の環境変動の要因を調べる意味合いでもカエンタケの研究がさらに活発化するでしょう。

 一方、カエンタケの原産地域でもある日本を含めた東アジアではナラ枯れの被害が年々増加しています。その要因を考えれば温暖化の進行でキクイムシが長生きするようになった点も挙げられるでしょうが、山里の間伐など山林を整備する人々がいなくなった点も挙げられるでしょう。生活の営みとして山の木々の自然サイクルを管理していた人間がいなくなったことが、日本における環境破壊につながっている事実は否定できません。仮にナラ枯れやカエンタケの増加が地球温暖化によるところが大だったとしても、人間が崩した環境バランスを維持する活動に怠慢は許されないのです。