フランス全土で反フェミサイドの声が高まる

 フランス・パリ市内で2019年10月19日、女性への暴行殺人「フェミサイド」に反発するdie-inデモが行われました。2019年に入ってフランスで発生した「フェミサイド」はすでに100件を超え、発生件数も昨年度の121件を上回るペースで女性がパートナーの男性などに殺害されています。

100人目の被害者発生によるデモ

 フランスは予てより、他の西欧諸国と比べてフェミサイドの発生件数が多いことで知られていました。EU統計局のデータでは女性10万人あたりでフェミサイドに遭う人数はスイスが0.13人、イタリアが0.11人、スペインが0.12人となっていますが、フランスは0.18人と難民流入で殺人事件の増加が叫ばれるドイツの0.23人に迫る数値となっています。フランス国内のフェミサイド発生件数も2018年度より早いペースで増加しており、女性の権利を訴えるフランス国内の各団体も女性殺人の多発に危機意識を抱いていました。

 ほどなく、2019年9月1日にフランス南東部ニース郊外の街カーニュ=シュル=メールにて、26歳の男性がパートナーの21歳の女性を殺害する2019年100件目のフェミサイドが発生すると、フェミサイドの被害者数が3桁に達した事実にフランス世論は大声を挙げだしました。フェミニズム団体は抗議の意思を示すため翌日にはパリにて抗議デモを実施。フランス政府もフェミサイド対策として500億ユーロ(約5億8,200万円)を捻出するだけでなく、後述するように全国に1,000ヵ所近くシェルターの役割を担う住居を設ける計画、対DV夫やパートナーへの法制度改革を実施する旨が発表しました。主要都市のモニュメントや公官庁も敏感に反応して、フェミサイドに反発する声を盛り上げるなど100件目の被害女性が死亡してからフランス全土で反フェミサイドキャンペーンが展開されたのです。10月19日にはパリ中心部の共和国広場にて死んだ演技をして反殺人を訴えるdie-inデモが実施され、参加者は被害女性の名前が記されたプラカードを掲げて抗議の意思を世界に示しました。

 自由恋愛が国の文化として根付いているフランスでは、結婚だけでなくカップル関係を法律上認めるPACSという制度もあって気楽に恋愛を謳歌できます。その分、傲慢な男性が女性を殺してしまうフェミサイドを発生させる遠因にもなっているでしょう。良識ある一般のカップルなら起こし得ないフェミサイドですが、衝動に駆られて女性を手にかけて殺す男性の事件は国民の関心事として注目を集めているのです。

フランス政府の対応

 フランス政府も一連の反フェミサイド運動の活性化を踏まえて早速対策に乗り出しています。しかし、一部の社会運動団体は継続的に多額の国家予算がフェミサイド対策に充てられない現状に満足しておらず、反フェミサイド対策の計画を発表して間もないフランス政府も頭を悩ませています。

セーフティ制度の拡充

 フェミサイドの被害が発生する要因の一つとして、女性が家庭の経済収入を夫やパートナーに依存している点がしばしば挙げられます。いざDVなどフェミサイドにつながる暴力沙汰が発生しても、自力で物理的に距離を取ることが難しい女性が大勢いるのです。そのため、フランス政府は国を挙げてフェミサイド被害者に衣食住の不自由なく保護する方針を公表して、シェルター施設を約1,000ヵ所(緊急避難所:250ヵ所・住宅手当付き住居:750ヵ所)新設する考えを明言しました。さらにセクシャルハラスメント専門の相談ダイヤル「3919」を行政府とメディアが宣伝活動をしており、エマニュエル・マクロン大統領も音頭を振ってデモンストレーションをしています。

 しかしながら具体的な計画をこれから詰めていくだけでなく、継続的にフェミサイド対策資金が捻出されるか不透明なこともあって、対策が不十分だとするフェミニズム団体の声も湧き上がっています。一方、世間的にフェミサイドが注目されることで相談ダイヤル「3919」の存在が広く認知される機会を得ている点は評価されるべきでしょう。

法制度の変更

 シェルター施設で物理的に関係を切り離しても加害男性が被害女性に付きまとうケースも十分想定されるので、フランス政府は法制度の改正する旨も発表しました。裁判所で接触禁止令やDVで有罪となった容疑者にブレスレットを装着させ、被害女性に接近すると電気ショックを与える制度を設ける構想を明らかにしています。さらに、DVをして別居させられている父親が子どもや母親へ強引に会いに行った際は、病院に入院していようと被害者側から刑事告訴できる制度を敷く案も明言されました。場合によっては父親側の親権を停止する措置も執られる計画もフランス政府は発表しており、パートナー関係に縛られない親権制度の改革も必要だと訴えられています。

 フランス政府のエドゥアール・フィリップ首相は「性差別などで起こり得るDV被害は我々の文化慣習に深く根付くもの」として、これまでの男性優位社会から糾弾されていないセクハラ被害も存在するとコメントしました。最終的な措置は11月に入ってから発表される予定ですが、DV被害者団体からは効果的なDVやフェミサイド防止には更なる罰則規定を設ける必要があるとの声も挙がっています。

犯罪組織もフェミサイド

 カップル間のフェミサイドによる死亡事件が大きくフォーカスされがちですが、何も恋愛のもつれから発生するフェミサイドに準ずる行為だけがフランスで問題視されているわけではありません。近年、フランスを拠点とする各ギャング組織がアジア系女性をターゲットとした暴行に手を染めています。

 主に新入りギャングの度胸試しとして広がっているアジア人暴行「中国人狩り」の発生件数は、パリ郊外のヴァル=ド=マルヌ県だけでも2019年に入って50件を超えています。7月12日には帰宅したばかりのアジア系女性を強盗が襲い、腕を骨折しただけでなく対人恐怖症を患いました。逮捕されたのは17歳の少年だったことも大々的に報道されましたが、最近になって都市圏を中心にギャングがフェミサイド紛いの暴行を繰り返しているのです。フェミニズム団体が2019年100件目のフェミサイドに対して敏感に反応したのは、以前より若いギャングがアジア系女性へ暴行を繰り返してきた出来事が少なからず関係している面があります。

 フェミサイドへの反発がフランス全土で素早く共有されたのは、いかなる状況下でも女性がフェミサイドに遭いかねない物騒な空気感がフランスで漂いはじめているためです。統計的には北欧や東欧圏のほうがフェミサイド発生率は高いとはいえ、社会問題としてフェミサイドが浮き上がってきたのはEU圏をけん引する国家として由々しき事態とも言えます。

男女の不平等感残るフランス社会

 世界的な「#MeToo」運動の盛り上がりもあって、フランスでも大御所俳優アラン・ドロン氏の積み重ねてきたセクハラ行為に非難が集まるなど。欧州圏では一般常識として女性の権利を訴える気風が芽吹きつつあります。理不尽な暴力によって女性が殺されるフェミサイドへの反発がデモ運動に発展するのも、「#MeToo」運動を発端として女性が社会に自らの主張を訴えやすくなった潮流あってのことです。

 しかしながら、自由恋愛が国の文化として根付いているフランスにおいて男性が女性に服従関係を強いることは未だにあり、フランス政府としてもパートナー同士の人権を尊重して交際する文化を根付かせることに苦心しているのが現実です。特にフェミニズム団体やDV被害者団体といった当事者意識の強い国民が戦々恐々とするのは無理もなく、11月に発表されるフランス政府の対フェミサイド法案の内容によっては更なるデモ拡大もあり得るでしょう。