100万人デモ行進で生活苦訴えるチリ貧困層

 国の経済成長に肩入れするチリのセバスティアン・ピニェラ大統領への不満が爆発したデモが全土に広がっていき、チリ史上最大規模となる100万人規模のデモへと発展しました。ピニェラ大統領は事態を受けて内閣改造や最低賃金の引上げなどを発表しましたが、富裕層かつ右派の政治家であるピニェラ大統領に貧困層は怒りの声を挙げ続けています。

きっかけは地下鉄運賃

 ピニェラ大統領が2度目の国家元首に就任すると、チリ政府は政権交代前の左派政策を転換して経済成長を優先する財政赤字の解消を最優先とする方針を固めました。ですが、予てからの経済格差問題を放置する素振りを見せるだけでなく、料金の高い公共サービスをさらに値上げする指針を示すなど、政府の財政健全化策は経済的に日々苦しむ貧困層大衆の反感を買う姿勢を貫いてきました。

 そして2019年10月6日、サンディアゴ地下鉄の運賃を値上げする法案に反対するサンディアゴ市内の高校生がデモを開始。デモの参加人数は日を追うごとに膨れ上がり、10月18日には国内全土の労働組合が結託した大規模デモが暴徒と化してチリ政府は非常事態宣言を発令しました。翌週の10月25日には全国で100万人規模のデモ行進が各都市で実施される歴史的な出来事も起きます。これに受け、ピニェラ大統領は「平和的なデモ行進によってチリ国民は公正に支え合う国の未来を望んだ」「私はチリ国民のメッセージを聞いた」として、23日に明言した既存年金支給額の増額案や電気代引き下げだけでなく、28日に内閣改造を発表して内務・治安相や財務相といった重要閣僚8名を変更しました。それでも貧困大衆の怒りは収まることはなく、非常事態宣言が解除されても過激デモ集団と治安維持部隊が衝突する事態が全国各地で散発しています。急激な治安悪化の影響は外交方面にも深刻な影響を与えており、チリ政府は国内で開催予定だった国際環境会議COP25とAPEC(アジア太平洋経済協力会議)の開催中止を発表。COP25の代替開催地はスペインのマドリードに決まりましたが、APECの代替開催地は調整中のようで「来年マレーシアで開催される」との発言のみにとどまりました。

 抗議デモ拡大によって南米で最も政情が安定していると謳われたチリの国内情勢は悪化の一途をたどっており、すでに20人の死者と7,000人以上の逮捕者が出ています。さらに予定されていた国際会議にも関わらず、自主的に代替地を立てることなく中止を発表する失態にピニェラ政権は崩壊の危機を迎えています。

公共事業を民営化させて得た経済成長

 そもそもチリは過去、アウグスト・ピノチェト軍事政権による積極的なインフラ事業の民営化によって安定した経済成長を実現させてきました。一方で民主化後、軍政期から続く経済格差が問題視されてきましたが、低所得者層の見方を標榜する左派政治家が長く政権のかじ取りを握ることで貧困層と中産層以上。双方の反発心を寸前のところで抑えてきたのです。


公共事業を積極的に売却したピノチェト軍政

 ピノチェト将軍が1973年に大統領へ就任する以前、チリはソ連など旧東側陣営の社会主義を重んじながらも資本主義を織り交ぜる経済政策を執っていました。ですが、国内の主要輸出鉱物である銅の利権をアメリカ資本に抑えられるとチリ経済は不安定となったので、ピノチェト将軍ら親米派軍人が社会主義政権を打倒して独裁体制を敷きました。大統領に就任したピノチェト将軍は「チリの奇跡」と呼ばれる新自由主義(※1)経済策によってインフラ事業を民間に売却するなど、政府財政を圧迫しかねない事業を切り離すことで安定した経済成長を実現させました。ですが、過去の社会主義政策に依存してきた貧困層を見捨てる姿勢を誇示した点に反発する声が高まり、ピノチェト将軍は非人道的な手法でこれを弾圧しはじめると次第に支持率は低下しました。結果、1990年にピノチェト将軍は政権を下野して以後の人生を政治犯罪の法廷論争に身を捧げることになります。

インフラ民営化を加速させた左派政権

 民主化が達成されたチリでは、ピノチェト軍政期の新自由経済政策を継承しつつも貧困格差を是正しようとする動きが活発化しました。慢性的に不足していたインフラ設備費の獲得を念頭に水道事業などの民営化へ踏み切るなど、さらなるインフラ事業の売却を進めて全国的な生活基盤の均一化を図ろうとしたのです。しかしながら、公共性を重要視する左派政権と収益性を重要視する親ピノチェト右派が国会内で勢力を拮抗させる状況が続いて民営化に際する規制の議論が深まらず、行政も民営化されたインフラの監督規則を定着できませんでした。さらに、「チリの奇跡」の頃にも多くのインフラ事業を金持ち実業家へ売り払っており、法規制も節穴ばかりだったため水道の利用料は民営化後総じて高くなったのです。

 20年間続いた左派政権は確かに軍政期以前の貧困対策と経済成長を並行して実現しようと奮闘して実績を収めました。ですが同じく、親ピノチェト右派や中産層以上の国民にとって全国均一化されたインフラ開発方針は利益を得られましたが、インフレを抑えて経済成長を鈍化させる足かせ策として嫌悪感を抱かれたのです。こうした不満の受け皿として、2010年に大統領へ就任したのが実業家だった現職のピニェラ氏で、以来チリでは国政選挙が実施される毎にピニェラ右派政権とミシェル・バチェレ左派政権が交互に誕生する状況が続いています。


 以上を整理すると、社会主義政策を重んじる左派政権の土壌だったチリ社会を、ピノチェト軍政が新自由主義経済策を推し進めてインフラ事業の多くを実業家へ売り払い、民政化後もインフラ開発を念頭に水道業などの民営化を進めたところ国民の生活費用負担が増え、左派と右派が国会で拮抗して政策がまとまらず貧困層を中心に大規模デモが発生した。という今日に続く図式が描けるのです。

 加えて、OECD(経済協力開発機構)が2018年に報告した資料によればチリの貧困家庭出身の子どもが中間層になるまで180年、つまり6世代前後の時間を要するとの調査結果を公表しています。貧困層は大規模デモで自らの意思を示さなければ、中産層以上の国民へ自分たちの苦しい生活状況に無関心であり続けるだろうと危機感を抱いているわけです。

1:新自由主義
 ニューリベラリズムとも。市場原理における収益回収を第一とする考えで、インフラ事業の民営化など利益を生み出すことが困難とされる事業を切り離して国家の経済成長を最優先とする概念。1970年代以降、旧西側諸国を中心に急速に浸透した経済思想であるが、同時に切り捨てられた人々の多くが貧困層に陥っており、2010年代に入ってからは少数の富裕資本家が世界を好き勝手できる状況に不満を持つ大衆が世界各地で激増している。

難民貧困層と中産層以上の対立

 2010年代に入り、経済格差への反発を助長している新たな要因として急浮上しているのが政情不安叫ばれる国からの難民流入です。直近でもベネズエラの反政府デモによって難民が周辺国へ大量流出するなど、南米圏では行き場を失った人々が比較的治安が安定している国々への定住を目指す動きが加速しています。曲がりなりにも、チリは新自由主義経済の恩恵を受けて南米でも政情が安定している国として評価されているため、これから数年間はベネズエラ難民などが大挙して流入する状況を止めることは出来ないでしょう。ともなれば、ピノチェト思想の流れを汲む中産層以上の右派が貧困層対策に渋い顔をするのは必至です。

 ピニェラ大統領も大規模デモ行進による訴えから社会保障の見直しを表明しましたが、未だに混乱は収まらずデモ隊はピニェラ政権の総辞職を求めています。仮に貧困層に妥協して総辞職すれば、左派勢力が再び政権に返り咲いて貧困対策に注力するでしょう。ですが、難民の大量流入というこれまでと異質な社会問題に親ピノチェト右派からの排斥論が噴出しても不思議ではありません。