バビシュ首相へ辞任要求デモが発生しても与党支持率が下がらないチェコ

 共産主義政権を打倒したビロード革命からちょうど30年を迎えた2019年11月16日。大富豪アンドレイ・バビシュ首相の辞任を求めるデモがチェコ全土で実施されました。25万人規模のデモが実施されるのは6月24日以来2度目となりますが、バビシュ首相率いる与党ANO2011の支持率は依然として20%台をキープしています。

不正な資金流用

 ポーランドやハンガリーといった隣国では極右政党の強権政治によって民主主義の危機が叫ばれていますが、チェコもアラブの春以来から続くイスラム難民への嫌悪感が広がっており既存政党への信頼感が揺らいできました。そうした不安の声を支えとして2017年の国会選挙で第1党となったのが、バビシュ首相率いるポピュリズム政党ANO2011です。

 しかし、バビシュ首相が連立内閣で財務大臣だった2016年ごろ。自身が経営していた農業企業へEUからの補助金を不正に流用した疑惑が浮上したのです。折しもチェコでは2016年に利益相反法が改正され、政府閣僚が国際機関からの補助金を民間企業へ流す行為が禁止されました。チェコ指折りの実業家でもあったバビシュ首相もこのとき、経営していた農業企業やメディアグループの経営権を他人に譲渡しています。にも関わらず、売却したはずの企業へEU補助金を流用した疑いが浮上したわけで、利益相反法に抵触していると野党が内閣不信任案を2018年11月に提出して否決される事態に発展。チェコ国民も呼応し、2019年6月24日には共産政権を打倒したビロード革命以来となる約25万人規模のデモが実施されて、バビシュ首相に辞任を求めました。これに当のバビシュ首相は疑惑を否定していますが、実業家時代に中小企業向けEU補助金をホテルのカンファレンスセンター建設に不正流用した疑いについても捜査のメスが入っており、国民からは厳しく説明責任を追及されています。

 ビロード革命がはじまった記念日に大規模なデモが実施されたのは、不正な資金流用によって実業家としてのキャリアに固執するバビシュ首相への批判の声が広がっている何よりの証拠なのです。否決されたものの、野党も2019年6月に2度目の内閣不信任案を提出しており、政治への失望感を糧に国家元首となった実業家は危機に瀕しています。

大衆政党ANO2011

 改正してすぐ利益相反法に抵触している疑惑が浮上し、国民からの信用を失いつつあるバビシュ首相。しかし、彼が率いる与党ANO2011の支持率は最初の大規模デモが発生した2019年6月現在でも、他の政党を大きく引き離して30%以上の支持率を獲得して第1位の座に君臨し続けています。なぜ、不祥事が発生したANO2011の支持を続けるのでしょう。

 ビロード革命に続くビロード離婚によって1993年に現行のチェコ共和国体制が確立して以来、チェコ政界は右派の市民民主党(OSD)と左派のチェコ社会民主党(ČSSD)による二大政党制が00年代まで機能してきました。しかし、2004年のEU加盟を発端として高学歴の若者が収入と社保の水準が高い西欧諸国へ流出しはじめ、高い経済成長率を引き換えに若年層の人口比率が年々減少し続けているのです。また、アラブの春を発端とするイスラム圏からの難民流入はチェコ社会に不安感を与え、満足な対策を講じない既存二大政党に変わって新興政党に支持が集まるようになりました。そのうちの一勢力として2012年に新党ANO2011を立ち上げたのが資本家のバビシュ氏です。

 英訳すると”YES2011”となる新政党は左右のイデオロギーに寄らないポピュリズム(大衆主義)を掲げ、生活が厳しくなりやすい自営業者や年金受給者の免税制度を廃止する共産的な考えを掲げつつも、EUとして一つの欧州を実現させる国際体制に反発する国粋的な方針を打ち出しました。結党間もなく、OSD党首側近の汚職をキッカケとして2013年度国会選挙が実施されるとANO2011は47議席を獲得、第1党となったČSSDとキリスト教民主同盟=チェコスロバキア人民党(KDU=ČSL)と連立して政権を担いました。2017年にバビシュ氏の脱税疑惑が浮上すると政権は揺らいだものの、EUによる欧州統合への反発姿勢、伝統的政党への不信感などを理由にANO2011への支持離れは進みませんでした。結果、任期満了にともなう2017年度国会選挙でANO2011は78議席を確保し、第1党に躍り出てバビシュ氏は不正疑惑を抱えたままチェコ首相に就任することになったのです。

 バビシュ首相はその後、警察などの捜査が進展するほど汚職疑惑が次々に浮上して現在に至ります。しかし、反EUや反イスラムなどの考えはチェコ国内だけに生活拠点を持つ有権者から幅広く支持を集め、そうでない層も独立以来政界を支えてきた二大政党へ不信感が募っていることから、バビシュ首相辞任の声が広がっていながらも所属するANO2011の支持率が下落しない奇妙な現象が起きているのです。

チェコのトランプが抱く危機感

アンドレイ・バビシュ首相
※Wikipediaより

 一方で資本家でもあるバビシュ首相は、既存政党が進めてきた西欧諸国中心で運営されているEUにすり寄る姿勢に一貫して危機感を口にしています。ビジネスマンとしてキャリアを重ねてきたバビシュ氏が現在のチェコに憂いる問題とは何なのでしょう。

 現在のスロバキアで誕生したバビシュ氏はブラチスラバ経済大学卒業後にチェコスロバキア共産党に入党、共産党傘下の国際貿易会社でモロッコ駐在員として駐在しました。ビロード革命後にスロバキアへ戻ると、チェコで新たに設立された農業企業の代表に就任して新興成金のオルガルヒとなり大富豪となりました。対してチェコ政界はビロード離婚後、経済的に豊かな西欧諸国との関係を強化して高い経済成長を実現させよう奮闘、EU加盟を実現させます。しかし、世界的な政情不安によって国内の経済情勢が大きく左右されることが多くなり、西欧諸国企業の製造拠点として地位を獲得したものの若者の祖国離れで工場労働者不足が心配されるなど、チェコ社会は次第に西欧諸国からの出資金なしでは経済循環が回らない状況に陥っています。こうした国家としての自立性がなく、資本力を持つ外国から多額の投資を受ける現在のチェコを楽観視していない中産層以下のチェコ国民は少なくありません。バビシュ氏としても欧州統合路線によって経済面では恩恵を受けたものの、ヨーロッパ各国独自のアイデンティティが薄れゆく状況に嫌悪感を持っているのです。

 故に、チェコ在住の大衆主義有権者は地場産業を尊重した経済循環を望んでおり、バビシュ氏も西欧諸国主導のヨーロッパ統合に懐疑的な考えを抱いています。それはバビシュ氏が不正資金流用を追求されようとも変わらない事実で、ビロード革命の日にデモへ参加した人々もチェコ人アイデンティティ回復の思いを胸に潜めているのです。

バビシュ政党しか選択肢がない?

 ANO2011はバビシュ首相が立ち上げた政党に他なりませんし、もっと言えば2年に一度実施されるANO2011党首選もこれまで対抗馬が立候補することなくバビシュ氏の再選が続いています。とはいえ、チェコ国内に根を下ろさざるを得ない有権者にはポピュリズムかつ祖国アイデンティティの回復は非常に求められており、ビロード革命以来の大規模デモ運動が起こってもANO2011の支持率は下落しないのです。

 しかしながら、ANO2011が単独与党として政権運営できているのはバビシュ氏の強力なリーダーシップが作用してきた点は否めません。仮にバビシュ首相が不正資金流用の罪で逮捕される事態となれば支持率1位を維持しているとはいえ、ANO2011党内の幹部人事が混乱するのは必至です。一方、大規模デモの発生と併せて二大政党をはじめとして野党からの追求も過熱していますが、一貫して親EU政策を推し進めてきた既存政党への信頼感は依然としてANO2011ほど高くありません。また、ライバルとして同じ新興政党のチェコ海賊党や自由と直接民主主義も台頭していますが、双方とも論調に偏りが激しいことからANO2011ほど支持を集められていません。仮に党の創始者であるバビシュ首相が逮捕されようとも、バランスを保ちながら政権運営能力があると信頼されている政党はANO2011しかないのです。