ネタニヤフ首相の汚職起訴により組閣できないイスラエル国会

 イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相が汚職の疑いで検察当局に起訴されました。長期政権を維持しながらも、パレスチナ自治区のアラブ人に人権侵害を繰り返してきたネタニヤフ政権ですが、2019年だけで国会選挙を2度実施する事態を招くなど。汚職追及と併せて失脚へのカウントダウンがはじまっています。

停滞するイスラエル政界

 1996年の首相初就任以来、君臨し続けてきたネタニヤフ首相は政権を担う度にイスラエル国内に内包しているパレスチナ自治区のアラブ人を弾圧する政策を推進し続けました。そして、首相在任期間が長引くほどネタニヤフ氏周辺の黒い噂の数も多くなり、2010年代中盤にもなるとネタニヤフ氏への信頼が揺らぎ始めていました。

 一方、2014年のガザ侵攻によって荒廃したパレスチナ自治区ガザ地区では、パレスチナ自治政府から独立状態となっているイスラム原理主義組織ハマスが事実上政権を掌握し、ガザ地区のアラブ人は聖地エルサレムへの帰還を訴えるデモを過熱させています。ネタニヤフ首相はこれを利用して、徹底したユダヤ人至上主義を掲げ「聖地の住民」を自負するユダヤ人ナショナリズムを高揚させ、兵役を含めた国民の愛国心定着に精を出してきました。ですが、純粋なユダヤ教信仰を是とする政党「イスラエル我が家」が軍隊強化に勤しむネタニヤフ首相の方針に眉をひそめ連立内閣が崩壊し、パレスチナ自治区への過剰な干渉に反発する国民の声も湧き上がり、2019年4月の国会選挙が実施される運びとなります。結果、反ネタニヤフを掲げる野党政党連合「青と白」がネタニヤフ首相率いる与党「リクード」と同じ35議席となり国会内の勢力が拮抗します。

 4月選挙終了後、ネタニヤフ首相は組閣に取り組みましたが依然としてイスラエル我が家との距離を縮められず、青と白もネタニヤフ首相の検察調査が進んでいることを理由に連立を拒否、事に窮したネタニヤフ首相は開会したばかりの国会をたった1ヶ月で解散させます。すると2019年9月の国会選挙では青と白が33議席となり、リクードの32議席を抑えて国会第1党になっただけでなく、アラブ人政党であるジョイントリストが13議席を獲得して第3勢力に躍り出るなど、シオニズム至上主義を押し出してきたネタニヤフ首相の影響力を削ぐ結果となりました。これは9月選挙の前の時期にはネタニヤフ首相の妻であるサラ氏が詐欺容疑で訴追されたこともあって、選挙前の時点で首相職に留任してもネタニヤフ氏が失脚するストーリーが容易に想像できた故の結果でもありました。

 そして案の定11月21日、イスラエル検察当局のアヴィチャイ・マンデルブリット司法長官はネタニヤフ首相を贈収賄など3つの案件で起訴する方針を発表しました。当の本人は「でたらめな事実に基づいて政権転覆を図るクーデターだ」と反論していますが、外堀が完全に埋められた状況でネタニヤフ首相の発言力は落ちています。

起訴された3つの案件

 イスラエル検察当局がネタニヤフ首相を起訴した罪状は3つ。ケース1000、ケース2000、ケース4000と呼ばれるこれら案件は、いずれもネタニヤフ氏率いる与党リクードが有利な方向へ働くよう促す汚職行為で、マンデルブリット司法長官は「法の施行は選択ではない。右派か左派かという問題でも、政治の問題でもない」と発言して起訴へ踏み切ったとしています。青と白を率いるベニー・ガンツ氏も「非常に悲しい日だ」と政界汚職を嘆きつつ検察の判断を支持する声明を発表しています。

ケース1000:贈答品による支持者確保

 首相就任期間が長いネタニヤフ氏は富裕層の資本家との手広いネットワークを形成していますが、同時に資本家サイドの便宜を図る見返りにシャンパンやタバコといった贈答品を大量に受け取っていた疑いが浮上しています。ネタニヤフ首相本人は友人関係の範疇だと訴えていますが、検察側は支持固めを目的とした汚職行為に当たるとして捜査を進めています。

ケース2000:新聞社との広報策

 右派の大手新聞社イスラエル・ハヨムの主幹にネタニヤフ首相が接近し、競合メディアの影響力を弱める法案提出を引き換えに偏向報道を求めた疑惑も浮上しています。すでにネタニヤフ首相と関係を蜜月とした主幹は起訴されていますが、ネタニヤフ首相と同じように背任疑惑を否定しており逮捕にこぎつけていません。なお、イスラエル・ハヨム優遇法案は国会で否決されています。

ケース4000:ネット通信会社への調略

 ネタニヤフ首相は大手通信社ベゼクの筆頭株主にも近づき、規制上優遇する見返りに傘下のネットニュースサイトに与党リクードが有利になる報道をする取り決めを交わした疑いでも起訴されています。この件についても、当該筆頭株主は起訴されているものの起訴内容を否定しており、ネタニヤフ首相も「専門家の同意も得ていた」と発言して汚職疑惑を否定しています。

1年間で3度目となる国会選挙を実施か?

 ネタニヤフ首相の政治汚職疑惑によって、イスラエル政界はいつまでたっても内閣を発足できない状況に陥っています。ただ、現行のイスラエル法では実際に逮捕されない限りは首相職を続けられるため、内閣が発足できない現状下でもネタニヤフ首相が暫定的にその役目を担っているのです。

 そのため、リクード陣営は国会の場でネタニヤフ首相が逮捕されても免責を得られるよう法案改正に動き出しており、反発する青と白などの野党勢力と火花を散らせています。仮に公判を経て収賄罪が確定すれば、ネタニヤフ氏は最大10年の懲役を科せられて政界復帰が困難となりかねません。近年においてはネタニヤフ一強体制を維持して党内結束を固めてきたリクードにとっては、党勢を左右する一大事であることは言うまでもないでしょう。対して、ガンツ氏率いる青と白との大連立政権発足が見送られた様相に世論は失望しており、憲法で定められている選挙後3週間以内に国会議員の過半数から支持される首相が選出されていない状況からも、来年3月に1年スパンで3度目となる国会選挙が実施される可能性も濃くなっています。

 リクードはこれまで、ネタニヤフ首相による強いけん引力とシオニズムファーストの党是によってユダヤ系国民から支持を獲得してきました。しかし、パレスチナ自治区への甚だしい人権侵害だけでなく、ネタニヤフ氏の汚職起訴からパワーバランスが崩れ、議会では各党勢力が入り乱れ議論が進まないどころか、国の根幹をなす内閣すら発足できず選挙を繰り返す悪循環を繰り返そうとしています。

ネタニヤフという権力者の存在

 曲がりなりにもイスラエル政界はネタニヤフ首相という絶大な権力者によって国の均衡が保たれ、ユダヤ人アイデンティティもなお一層強まりました。一方、長期政権の持続はネタニヤフ首相への癒着体質を生み出す事態を招いただけでなく、パレスチナ人に対する非人道行為の数々をイスラエル政府の名の下で容認する体制が敷かれたのです。

 その顛末が野党連合である青と白やアラブ人政党のジョイントリストが国会で勢力を拡大させる要因となったわけで、イスラエル政界の混乱を招いた主要因ともいえます。仮に年末までに組閣が実現しなければ、12カ月以内で3度目となる国会選挙が実施されるでしょう。さらに、国会内のけん引役として存在感を見せていたネタニヤフ首相が逮捕される事態にも発展すれば、リクードの支持は大なり小なり揺らぎかねません。とはいえ、リクード一強で推進してきた政策の数々はイスラエル社会に大きな影を生み出しており、次の選挙でどの党がリクードに勝ったとしても茨の再建政策に向き合わなければいけないのです。