NCPとバシール独裁色打ち消すスーダンのハムドク内閣

 オマル・アル・バシール軍事独裁政権を打倒して、文民と軍人による最高評議会体制に移行したスーダン政府が11月28日。バシール政権を支えてきた国民議会党(NCP)の解党を命じました。スーダンでは今後10年間、バシール政権を支持する行為やNCPの名を掲げた政治活動は禁止されます。

バシール政権崩壊から最高評議会設立まで

 エジプトに隣接するスーダンは、古くから北部に住むイスラム系アラブ人が南部のキリスト系住民や西部のフール人を冷遇してきました。特に1989年から国家元首の座に就いたバシール大統領はキリスト系住民にイスラム法典を強要し、フール人殲滅を目的としたダルフール紛争を起こすなど、アラブ人至上主義に基づく非人道的な行為をNCP議員の支持基盤の支えから遂行していきました。

 当然、国際社会はイスラム教の戒律を強制するバシール前大統領やNCPの姿勢に総じて批判して、世界の警察を自称したアメリカは1993年にスーダンをテロ支援国家に指定するなど欧米諸国と対立しました。ですが足元では、難民としてアメリカに移った南部住民の声から南北内戦の停戦を余儀なくされ、2011年に南部が南スーダンとして独立すると国家財政の要だった石油利権の多くが南スーダンへ移譲されます。挙句、更なる石油利権を求めて南スーダン軍が係争地の油田地帯へ進軍して南北軍が衝突、国連やエチオピアの仲裁で戦火拡大は抑えられましたが南北国境の油田施設は軒並み破壊され、スーダン国内も急激なインフレが発生して経済がひっ迫しました。

 度重なる内戦と油田破壊はスーダン国民の怒りを爆発させ2018年末には全国各地でデモが発生、スーダン専門職組合や自由変革同盟などの文民デモ隊が先頭に立ってバシール前大統領の辞任要求キャンペーンを展開します。バシール前大統領もはじめは非常事態宣言を発令してデモ隊を抑え込もうと試みましたが、鎮圧に当たったスーダン軍下士官兵ですら民衆に同情してデモに合流する状況下、バシール前大統領は2019年4月に解任および身柄を拘束されました。30年続いた独裁政権の崩壊によってスーダン軍は暫定軍事評議会を発足させ民政移管の準備に入りましたが、軍部主導の移管プロセスにデモ隊側は反発して統治機構発足交渉が一時中断、スーダン全土でデモ隊と軍隊側が衝突する事態が発生しました。とはいえ、双方とも血生臭い混乱を避けたい意思が強く、デモ隊側の呼びかけとアフリカ連合(AU)の仲裁もあって暴動沙汰は鎮静化しました。

 間もなく、軍部とデモ隊側はAUと地域大国のエチオピアが仲立ちして新制評議会メンバーを「文民:軍人」=「6:5」の比率で構成する旨を発表8月には両陣営が暫定憲法へ署名するなど民政化プロセスが大きく前進しました。デモに参加した大衆は歴史的な合意に諸手を挙げて歓喜しましたが、並行して軍部がデモの象徴でもある壁の落書きを消すなど市民の反感感情を買う行為を続けています。

ハムドク内閣発足

アブダラ・ハムドク首相
※Wikipediaより

 度重なる暴動を経て民政化に向けた最高評議会が設立される運びとなると、最高評議会は国連アフリカ経済委員会でチーフエコノミストを務めていたアブダラ・ハムドク氏に新首相の就任を要請。ハムドク氏はこれを受領して、ジェンダーバランスを考慮した18人の閣僚を指名して新生スーダン政府が発足しました。

 イギリス・マンチェスター大で経済博士号を取得したハムドク氏はコンサル企業のデロイトトーマツに入社後、国際労働機関(ILO)のジンバブエ担当やアフリカ開発銀行のコートジボワール担当などを歴任し、国連アフリカ経済委員会のナンバー2を務めたコンサル畑の人物です。バシール政権への批判が過熱した2018年9月には財務大臣へ指名されましたが就任を拒否するなど、予てよりバシール前大統領とは距離を保っていました。過去の反省としてバシール政権やNCPを連想させたくない最高評議会にとって、ハムドク氏は波風抑えつつスーダンの混乱を取りまとめられる最適な人物だったのです。ハムドク氏も民主化プロセスを進める最高評議会からの要請を受け入れてすぐ首相に就任すると、自由変革同盟が推薦した人物から新閣僚18名を指名しました。

 指名された閣僚の中には女性閣僚が4名入閣するなど、男女不平等感が根深いイスラム圏の国家としては一歩踏み込んだ組閣が実現しました。そして、最高評議会とハムドク内閣は真っ先に法案「1989年6月30日に発足した政権の解体」を承認し、前独裁政権への制裁策を執りはじめます。

内政平定が最優先事項

 新たに発足したハムドク内閣や最高評議会は非人道的な象徴として、バシール前大統領や彼を支えた政党NCPのイメージ払しょくに躍起となっています。これは、ハムドク首相がバシール前大統領やNCPを支持した公立大学の研究者たちのポストをはく奪している点からも、いかにハムドク内閣や最高評議会がアラブ人至上主義の再燃を警戒しているかを感じ取れるでしょう。

 バシール独裁政権時代、スーダン政府はイスラム法典に基づいた厳格な規律を順守するよう全国民に押し付けてきました。特に女性の人権が著しく制限されているイスラム法典は、パンツスタイルでパーティーに参加した女性を逮捕対象とするなどの規則があり、違反した場合は罰金刑、むち打ち刑、禁固刑といった犯罪として罰を受けることが容認されてきたのです。この時代錯誤甚だしい人権侵害法をハムドク内閣は発足間もなく廃止にしており、同時に理不尽かつ伝統的なイスラム法典を維持してきたバシール政権やNCPを否定する姿勢を表わしているのです。

 さらに、バシール前大統領の軍事政策によって引き起こされた経済インフレだけでなく、未だ治まらないダルフール紛争や南スーダンとの緊張感の緩和に向けたプロセスを推進するためにも、ハムドク内閣にとってはバシール前大統領やNCPの支持層が権力を持つことは危険視されているわけです。一連の処遇をハムドク首相はTwitterにて「復讐ではない」と前置きした上で、「不誠実な人々によって踏みにじられてきたスーダン国民の尊厳を守るためだ」と書き記しています。混乱を抑え込みつつ民政移管を実現するためにも旧来の圧政者支持を崩す必要に迫られています。

 人権侵害を往々に認めてきたスーダン社会を変革するため、ハムドク内閣と最高評議会は一刻も早くバシール前大統領とNCPの残党支持層を取り崩したいのは明白です。ただ、今回の政変で不遇な目に遭っているNCP関係者もスーダン国民に変わりはありません。ハムドク内閣としては内戦鎮圧や外交関係の回復を優先したい思いもあるでしょうが、負い目となったNCP関係者の処遇についても熟慮するべき点は多くあるでしょう。

バシール政権の残り香

 イスラム法典による規則から人権侵害を続け、異教徒排斥論に基づいた戦争を繰り返した末にスーダン経済を混乱に陥れたバシール前大統領やNCPの罪は非常に重く、欧米諸国との関係を改善したいハムドク内閣や最高評議会にとって拭いたい過去です。一方、バシール独裁政権期のスーダン政府は中国やロシアといった旧東側陣営と距離が近く、軍事やインフラの分野では中国企業と根深いパイプ持っている点も見逃せません。

 ハムドク内閣発足を受けて、バシール前大統領と対立していたアメリカ政府も「前政権の政策と慣行を破るものだ」と好意的な反応を示しており、23年ぶりにスーダン本国へ外交大使を派遣する方針を発表しました。アメリカの首都ワシントンD.C.に入ってアメリカ政府高官との外交に臨んでいたハムドク首相も、アメリカ本国へスーダン全権大使を派遣する声明を発表しています。しかし内政面だけ振り返れば、旧バシール政権やNCP寄りの政府関係者や親中実業家の立場は危うくなっており、ハムドク内閣は旧権力層の反発心をいかに抑え込むかも考えなくてはいけません。