なぜイラク人ミレニアム世代はデモを続けるのか? ~トゥクトゥク革命~

 中東イラクで政権への不満から大規模なデモが発生していますが、容易に武器が手に入る状況下にも関わらず非暴力に徹したデモを続けているとして注目を集めています。反政府デモは10月初旬から今日まで長期化する様相を見せていますが、戦争を肌身で感じて成長してきた若者によるデモが鎮静化する様子はありません。

政治腐敗と高い失業率への不満

 古くよりイラクはイスラム教スンニ派とシーア派の緩衝地帯としてオスマン帝国(現:トルコ)と帝政イランによって所領が争われてきました。第一次世界大戦後はイギリスが傀儡王朝を打ち立てて政治干渉しただけでなく、第二次世界大戦を経て傀儡王朝が崩壊してもイラク戦争など欧米諸国からの政治干渉は終わりませんでした。長引く戦乱は過激派組織イスラム国による非人道的な勢力の制圧統治を許す事態を招いています。

 近年でも、2017年頃にイスラム国勢力がイラク国内からほぼ駆逐されると市民が生活再建へ期待を寄せるようになって、2018年10月にはフランス語が堪能な国際肌のアーディル・アブドゥルマフディー氏が首相に指名されると、イラク政府としても復興への足掛かりを進める動きを見せました。しかし、戦闘によるインフラ設備の破壊や老朽化だけでなく、依然として国内各所で宗教対立を原因とした武装勢力の衝突が繰り返され、学を修めても安定した就職口がない現状に国民の憤りを噴出させています。アブドゥルマフディー内閣が発足してからも各地で散発的なデモが発生して、度々政府側の治安維持部隊を投入して反乱を抑えてきました。ですが、イラク政財界は度重なる諸外国からの干渉により汚職が蔓延しているため、イラク人の多くは権力者の振る舞いを信用していないのが現実です。特に、戦争を間近で体感しつつ成長してきたミレニアム世代(1980年代~1990年代前半生まれ)の多くが治安悪化の責任を旧世代に求めており、諸外国からの干渉政治を終わらせるべきとする論調が進行宗派関係なくミレニアム世代間で強く共有されてきたのです。

 イラクの首都バグダッド南部で10月から始まったデモの参加者数が爆発的に伸びたのも、デジタルネイティブに当たるミレニアム世代を中心にSNS上で呼びかけられた点が強く作用しています。デモ発生から1ヶ月時点で300人以上が死亡、15,000人以上が負傷してもデモが鎮静化しないのは、将来世代が自らのアイデンティティと関係なく結託して国民生活に無関心な権力層へ真っ当な生活環境の整備に向き合って欲しい願いに他なりません。

役割分担された非暴力デモ

 スンニ派とシーア派の宗教対立激しいイラクにおいて若者が希望を失わず未来への抵抗を続けている様は、ネットを介して自然多発的に規模を拡大させました。しかしながら、デモにおいては非武力を是として国旗を掲げて行進するなど、催涙弾を顔めがけて撃ってくる治安部隊とは対照的な民主的デモを実施しています。散発的な武力騒動も発生していますが、ミレニアム世代のイラク人デモ参加者は目立った指導層が不在にも関わらず組織だったデモを展開しているのです。

最前列の元兵士たち

 治安部隊と真っ向から対峙する最前列で意見を訴える若者達は投石をしても、治安部隊からの執拗な発砲に屈せず丸腰で生活環境の改善を声高に叫んでいます。バグダッドのデモ参加者の場合、政府の中枢機関が集中しているグリーンゾーンと呼ばれる一角を目指して行進や座り込みを実施して意見を訴えています。対する治安部隊側はゴム弾や催涙弾をデモ参加者の顔面に向けて発射するなど、人命がどうなろうとお構いない姿勢でデモ隊鎮圧に取り掛かっています。

 その危険な状況下で存在感を目立たせているのは、かつてイスラム国掃討作戦に参加した民兵部隊「人民動員隊」の元兵士です。彼らの多くは人民動員隊という「職」を得ることで収入を得ていましたが、イスラム国の脅威が無くなると人民動員隊は解体されて「職」を失っています。デモに参加する元兵士も「仕事は必要」「国を守ることが大事」と口々に述べており、若年層がいかに国を憂いつつもまともな職が不足している現状を嘆いているか理解できます。

劇物処理班

 元兵士を中心として指揮を執るデモ隊最前列の一団の後方に続いて群衆に参加しているのは、催涙弾などが撃ち込まれた際に処理を行う劇物処理担当者たちです。大学生や化学知識を持つ頭のキレる若者が中心となって編成されているようで、治安部隊の発砲で被弾したデモ参加者をトゥクトゥクに乗せて後方の医療スタッフに託す役割も担っています。「マスクとグローブを付けて、飛んできた催涙弾を処理するのが私たちの役割」と語る参加者の話からは、危険な作業にも知識を持って仲間の安全を守る必要性があるほど治安部隊の弾圧が暴力的であることを臭わせます。

支援治療体制

 実弾も飛び交うデモ現場ではどれだけ気を付けていても被弾して負傷するデモ参加者が数多くいます。そうした負傷者を迅速に回収して、後方で待機する医療スタッフへ引き渡す役割を果たしているのが東南アジアでよく見かけるトゥクトゥクです。自動車よりも小回りに優れ、維持費も安いトゥクトゥクは今回のデモで多様な場面で活用されており、後述するように象徴的な存在として若いデモ参加者の足となっています。一方、負傷者を治療する体制は病院でデモ参加者が逮捕される可能性もあるので満足な状態とはいえず、野外に設置されたテントへ運ばれて応急措置を受けるデモ参加者が目立っています。

「トゥクトゥク革命」なる造語

負傷者をトゥクトゥクから降ろす
※SkyNewsより

 個々の経験や知識を活かし、役割分担しながら政権への不満をぶつけているミレニアム世代のイラク人ですが、その足として負傷者搬送だけでなく、都市内の移動、物資輸送など様々な場面で活躍しているのが自動三輪車のトゥクトゥクです。本来、中東地域で使われていなかったトゥクトゥクがなぜイラクのデモ運動で利用されているのでしょう。

 入手経路を探るとインドメーカーからの輸入品もありますが、多くは同じアラブ世界のエジプトから転入されたものです。2010年代初頭に発生したアラブの春の流れで発生したエジプト革命の末に独裁者ホスニー・ムバラク政権を打倒した際、首都カイロの街中を縦横無尽にデモ隊の足として活躍したのが東南アジアやインド経由で輸入されたトゥクトゥクでした。しかしエジプト革命後発足したアブドゥルワッハーブ・シーシ政権下でトゥクトゥク運転は免許制となったため、トゥクトゥクドライバーで生計を立てていた人々と政府の対立が激化しました。その過程で運転免許を保持せずドライバーを辞め、宝の持ち腐れとなり転売されたトゥクトゥクがイラクへ輸出されたケースがあるわけで、エジプト革命で活躍したトゥクトゥクがイラクで運用される状況が生まれたのです。

 こうして現在、イラクでデモに参加している当事者間では「トゥクトゥク革命」なる俗称が広まりつつあります。政治言論誌も雑誌名として「トゥクトゥク」を名乗っている点からも、アラブの春から続く中東の混乱から導入されたトゥクトゥクがいかにミレニアム世代のイラク人にとって象徴的な乗り物であるか理解できます。

首相辞任しても状況改善なし

 2カ月以上続く大規模デモを経て、イラク政府はシーア派重鎮宗教師からの要求でアブドゥルマフディー首相が辞任するまでに追い詰められています。それでも、デモ参加者をターゲットとして拉致した末に殺害するなど人権弾圧が続いており、非人道的な手法で市民の声を黙らせようとする姿勢にイラクの若者たちは怒りの声を叫び続けています。

 最も、イラクは産油国でありながらも海外勢力からの政治干渉から、第四次中東戦争が発生した1970年代以降政情が安定したことがありません。オイルマネーによって本来は財政的に余裕が持てる国家のはずなのに、欧米諸国の巨大企業に利権を握らせ続けた中高年世代にミレニアム世代のイラク人が怒りを顕わにするのも無理がないのです。また、古くから続くスンニ派とシーア派の対立だけでなく、政財界や宗教界の有力者が利権を独占している根本的な課題も非常に複雑な問題です。それでも、将来あるミレニアム世代のイラク人にとって既得権益まみれの権力者を打倒すべき対象として睨んでいるのです。