イギリス下院選挙で圧勝した保守党と一人負けした労働党

 イギリスの下院にあたる庶民院総選挙が2019年12月12日実施され、保守党が1987年選挙に迫る議席数を確保して大勝しました。注目を集めていたブレクジット党が保守党と事実上共闘したことで、EU離脱票の多くが保守党へ流れ込んだ格好です。対する労働党は大幅に議席を減らす大敗を喫しています。

ブレクジット党の候補者を立てない番狂わせ

 EU離脱(ブレクジット)を巡る論争はイギリス社会に分断を生み出しました。2016年に実施された国民投票でわずかにEU離脱賛成票が上回ると、円満なブレクジットを目指すテリーザ・メイ前首相が先頭に立ってEUの中心国家であるドイツやフランスとの交渉に臨んできました。

 ですが、栄光ある孤立を是とする保守党支持者の想いとは裏腹に北アイルランド国境におけるバックストップ問題や、EU残留を望む最大野党の労働党やスコットランド国民党などの反発もあってブレクジットの国会議論は進展せず、離脱期限とされた2019年3月29日までにEU離脱を実現できませんでした。5月末には欧州議会選挙で政権与党の保守党が大敗。メイ前首相が辞任すると、変わって新党首となったボリス・ジョンソン首相がEU離脱強硬派を集めた内閣を組閣して事態はさらに泥沼化し、労働党など野党も停滞する議論を打破するため10月29日夜に解散総選挙の実施を決定しました。言わば、与野党ともにこれ以上EU離脱について議論を進めることが出来ない諦めから下院の解散に踏み切ったのです。

 同時に2019年から本格始動して脚光を浴び、欧州議会選挙でも存在感を際立たせていたブレクジット党に期待を寄せる声も高まっていました。党首のナイジェル・ファラージ氏が率いるブレクジット党は献金問題が取り沙汰されているとはいえ、次の下院選挙が実施される際は保守党に正式な連携を拒否されたこともあって600人以上の候補を立てる方針を明かしており、国会を停滞させている二大政党に失望したEU離脱派の有権者の支持を集めていました。しかし、直前になってファラージ氏はEU離脱派の票が分散する点を懸念し、改選前に保守党が持っていた317選挙区において候補者を擁立しない考えを示したのです。党執行部の急な態度の変化に反発するブレクジット党候補者もいましたが、労働党などEU残留派政党のみが立候補する選挙区においては対立候補を立てる姿勢を崩しませんでした。一方、先の欧州議会選挙でEU離脱派票を吸収して党勢を広げていた自由民主党からは「保守党とブレクジット党が同じことが示された」とのコメントも噴出しており、存在感を示す好機と見て矢継ぎ早に保守党への批判を集中させました。

 ブレクジット党の立候補取りやめの衝撃は各党の選挙戦略に多大な影響を与えたことは疑う余地もありません。ファラージ氏の判断が党内のEU残留派議員の除名を進めていた保守党にとって追い風となった点は言うまでもなく、労働党や自由民主党をはじめとした野党もEU残留に向けた議論の障害として保守党を槍玉に挙げた訴えを繰り返すようになります。

保守党の圧勝

 ブレクジット党が形式的に保守党と選挙連携したことで下院議会選挙は事実上、早期ブレクジットを目指す保守党と、EU残留を強く望む労働党を筆頭とした野党勢力の一騎打ちとなる構図が明確となりました。加えて、第二次世界大戦後から続いてきた国民健康サービス(NHS)の制度改革も争点となっていましたが、両陣営ともブレクジット議論からの逆恨みでNHSに関わる根拠が示せない主張を持ち出し合い、選挙演説では互いに批判の応酬を繰り返しました。

 総選挙の投票率は67.3%となり、EU離脱の国民投票後に実施された2017年(68.7%)と拮抗したものの、政治に対するイギリス国民の失望は増大しています。特にイングランド北部の若者層は貧困に直面しており、古くから「レッドウォール」と呼ばれる労働党の支持基盤だった地域色に反して保守党が選挙戦で優位に立つ状況が生まれました。反して、グローバリズムを推進してきた富裕層が数多いロンドン中心部の選挙区では、保守党を支持していた層が労働党や自由民主党に支持政党を変えるなど、それまでの総選挙では考えられなかった有権者行動の変化が顕著となりました。また、保守党のEU離脱方針を受け入れられないスコットランド国民党やウェールズ党プライド・カムリなど、イングランドを支持基盤としない地域政党も低調な労働党を尻目に支持を拡大させました。

 結果、選挙は労働党の一人負けともいえる内容となります。ブレクジット党から票田を与えられ、労働党から選挙基盤を奪った保守党が365議席を獲得する大勝を収めました。対する労働党は議席を40以上減らす202議席となり、向こう10年間は政権奪取不可能だろうと見立てられるほどの敗北を喫したのです。保守党に選挙区を譲ったブレクジット党は1議席も獲得できませんでしたが、ブレクジット党執行部は80人以上の保守党議員を生み出せたことをよしとする態度を見せました。さらに、EU穏健右派の票を集められると躍起になっていた自由民主党もジョー・スウィンソン党首が落選する不運に見舞われましたが、総投票数だけ注目すると前回選挙より130万票以上伸ばしており、労働党を支持しない穏健右派の有権者が自由民主党を支持した事実が明示されました。地域政党の躍進も目覚ましく、スコットランド国民党は議席を35から48に大きく伸ばしました。特段、スコットランド国内では圧倒的な勝利を収めたスコットランド国民党は2014年に独立住民投票を実施させただけの発言力を持っており、ブレクジットが実現すれば2度目となるスコットランド独立選挙が実施される可能性も否定できない状況となりました。

 とはいえ、保守党は選挙前にEU残留派議員から党籍を奪うなど急速な極右化を進めている事実に批判も集まっています。前回選挙から67議席もの大躍進を遂げはしたものの、仮にブレクジットを実現しても下院議席のうち1/3以上はEU残留派が占めています。数の力で強引にEU離脱を実現させても、イギリス国内でしこりが残るのは必須です。

2020年1月31日にブレクジットか?

 選挙後まもなく、ジョンソン首相はEU離脱交渉を早期に片付ける楔として2020年末以降の移行期間延長を認めない方針を固めました。さらに議会でも21日、ジョンソン内閣発案のEU離脱法案が可決されました。ジョンソン首相は2度の延長の末、2020年1月31日までとされているEU離脱期限までに離脱協定の法制化を進めるつもりで、労働党内からは滞りなく離脱協定を進められる訳がないと反発の声が挙がっています。

 一方、イギリス経済の先行きを不安視して通貨ポンドの市場価値は低調なままです。ただでさえ2度の離脱期限延長によって「1英ポンド」=「1.2米ドル」代に突入していましたが、選挙終了後に「1英ポンド」=「1.3米ドル」まで微回復したもののブレクジット議論が急に進むと再び下落に転じています。下院選挙で状況が好転すると期待していた投資家たちも、再び合意なき離脱の可能性がちらつく動きを見せるイギリス国政に失望感を抱きはじめているのです。仮に離脱期限である1月31日までに合意が締結されなければ、間違いなくポンド安が進行してイギリス経済は大きなダメージを受けるでしょう。それを回避するため現在、保守党が中心となってEU離脱に関する議論を急ピッチで進めていますが、果たしてEU側が納得できる合意内容を締結できるのか。バックストップによるアイルランド島の関税問題を解決できるのか。不透明な状況は続きます。